第2話 離れし恋心

私は一瞬固まってしまった。


凛お姉ちゃんの言っていることがちっとも理解できなかった。

恋心を持つも、その恋心は表に出してはいけないと思い続けた2年間。恋心を隠していたとしても、凛お姉ちゃんと一緒にいることは楽しかった。そして、そんな日が続くのが当たり前だと思っていた。私の隣にはいつも凛お姉ちゃんがいたから。


「えっ、、、。どういうこと。」


「私は叶えたい夢があるの。だから島から出る。そして都会の高校に行ってくる。三者面談で島外の高校を受ける方向で決めたんだ。」


凛お姉ちゃんは淡々と言う。寂しさとか悲しさとか、そんな含蓄は全く含まれていないような口調だった。そんな様子の凛お姉ちゃんを見るたびに、私はどんどん様々な感情が渦巻いてくる。凛お姉ちゃんの瞳は寂しさも、悲しみも、喜びも、そんな材料がなく、無垢なもの。淡々と輝いていないものだった。

そんな渦巻いたドロドロとした感情から逃げるべく、気がついたら、走って、凛お姉ちゃんの家から出てしまった。


「え、ちょっ、心菜?」


急に家から出る私に困惑した様子の凛お姉ちゃん。そんな困惑から漏れ出た声は、私の凛お姉ちゃんの家の扉を閉める音にかき消された。

私はそんな声も聞こえぬまま、一心不乱に走り出した。

11月だけどまだ半袖が必要なほどの暑さだった。走ると徐々に汗ばんでくる。

それでも家まで走った。まるで、凛お姉ちゃんを避けているかのように、、、。


家に帰り着いたら私はすぐ家のベッドに潜り込んで、泣きじゃくってしまった。中学校に上がったのに、本質的な幼さというのは変わっていなかった。中学校に上がっても、涙というのは滝のように込み上げてくるものなんだ。

これまで凛お姉ちゃんがずっと一緒にいて、これからも一緒にいるものだとずっと思っていた。そんな凛お姉ちゃんが、島外の高校に行ってしまうというのもとても悲しい。

でも、私が泣いたのは、家を飛び出したのはそんな理由だけではなかった。

凛お姉ちゃんの淡々とした物言いだった。まるで、私と離れるのが寂しくないと言うかの如く。それが一番悲しかった。

私は凛お姉ちゃんのことが大好きだけど、凛お姉ちゃんは全くそうではない。私のことなんて何とも思っていないという事実を突きつけられた気がしたからだ。

布団に潜り込み、真っ先に感じるのは太陽の匂い、そして温もりだった。この温もりが凛お姉ちゃんを想像させる。


ーだから恋は苦しかったんだー


自分がどれだけ相手を愛していても、愛されている保証はどこにもない。愛されていない、大切に思われていないことが分かった瞬間、とてつもない苦しみが蝕んでしまう。

いつか直面する苦しみだったんだ。それが凛お姉ちゃんを好きになってから2年間、直面しなかったのが奇跡と思えるくらいに。


ー私は凛お姉ちゃんに必要とされていないー


いつしか、この思いはこんな論理にまで飛躍していった。悲しさが暴走し、いつしかこんな思いにまで発展した。もしかすると、いつものように凛お姉ちゃんと一緒に遊んだり帰ったりすることは、凛お姉ちゃんにとって迷惑だったのかもしれない。

だったら私の取るべき行動は一つだけ。 ー凛お姉ちゃんに関わらないことー だ。

凛お姉ちゃんはそんなことは求めてないのかと思うたびに辛くなる。というより、私の自己保身のためかもしれない。凛お姉ちゃんと親密に接して、求められていないことがさらに浮き彫りになるのが、、その時のショックを避けるためにもという意味も込められているのかもしれない。生まれて初めて、布団に潜り込み、こんな思考を繰り返す私の面倒臭さに気づいた。

そして私の意識は泣き疲れからか、闇へと沈んでいった。




あれから、私は凛お姉ちゃんと距離を取った。というより、「三者面談して、より一層受験勉強しないといけないと思ったから朝早く学校に行くね。」と凛お姉ちゃんが言っていた気がする。いつもなら、「私も早起きする。」と言っただろうが、凛お姉ちゃんの島外に行く発言で呆気に取られて、ロクな返事ができなかったのだろう。


さすがに沖縄に近い南の島といっても11月になれば、半袖だと朝は少し肌寒くなる。

そして見渡す限り、収穫を終えた畑が広がっていた。道路の右も左もそういう景色だ。

つくづく、何もないと実感する。凛お姉ちゃんが島外に行きたいというのも一理ある。こんな箱庭で暮らしていたら息がつまるだろう。

ハンバーガーチェーンはもちろん、大手コンビニチェーンもないんだから。この島は。

こんな何もない景色を彩ってくれたのは、凛お姉ちゃんと一緒に登校した日々なんだなと、一人でいつもの通学路を通り実感する。


けれども、勝手に感情が昂り逃げ出した私が凛お姉ちゃんに合わせる顔がないと思い続け、凛お姉ちゃんも私に接する余裕もなくなったのだろう。学区制度のせいで、島外の高校を受けると不利になる。確か、凛お姉ちゃんの志望する高校は、学区外からだと9割は入試で取らないと合格は厳しいと聞いたことがある。

そりゃ、この冬に向かう季節は私を置いて勉強に専念しなければならないわな。と自分を納得させた。凛お姉ちゃんとは関わるべきではないと思いながら、凛お姉ちゃんを求めているこの矛盾を感じたのと同時に。


凛お姉ちゃんは勉強に専念したいと思っているだろうし、凛お姉ちゃんからのお誘いもなかったので凛お姉ちゃんの家に行くこともなかった。どこか誘ってほしいと思った節はあっただろうけど。あれから、校内で凛お姉ちゃんとすれ違っても話かけることも、話しかけられることもなかった。そりゃそうだ。凛お姉ちゃんも急に逃げ出されたら、反応に困るんだから。

私も同様だ。受験勉強で忙しいという理由でお誘いを断られるだろうとも、私は今は凛お姉ちゃんにとっても邪魔な存在と勝手に解釈したがために話かけることもなかったのだ。


そんなこんなで凛お姉ちゃんと疎遠な冬を越して3月になった。公立高校入試3日前で凛お姉ちゃんが受験しに島を離れるために船に乗る前日のことだった。

その日の放課後、私はいつものように、殺風景でのどかな畑が広がる通学路を一人で歩いていた。春になり、上着を着ていると少し汗ばむ陽気となった。

私は背後から体重を感じた。そして温かみをも感じた。抱きしめられている気がして身体の自由がきかない。なんとかして振り返ると、凛お姉ちゃんの姿がそこにいた。

凛お姉ちゃんに抱きしめられたんだ。


「心菜成分がずっと不足したから補給してる。」


凛お姉ちゃんはそんなことを呟きながら私を抱きしめていた。








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