第3話 聖なる12個の白珠

その晩、魔法学校ではパーティーが開かれた。

実に100年ぶりの召喚の儀式成功と召喚師の誕生。

人々は盛り上がり、他人事だが大盛況である。

その一方で、難しい顔をする7人の人間と、一応は召喚獣であるブチ切れ状態の大男が学校の応接室に居た。


その顔ぶれを紹介すると、魔法学校の校長であるジェイソン・オーブと教頭のテレシア・マイナス、担任の先生であるエミー・ワイズ。

そして成功者のアユミ・ロードスター、その両親である父トーマス・ロードスターと母ナタリア・ロードスター、召喚獣であるらしい勝男。

さらには魔法関係事項を管轄する魔法安全企画部から派遣されていた審議官、召喚の儀式にも参加していた30歳後半の女性1人である。

要は、勝男が召喚獣として正しき存在なのかを審議しているのだ。


「姿形も人間ですし、おまけに言葉も喋っていますからね。

これが、果たして魔獣ですか?」


小さなレンズの眼鏡を掛けた審議官カーラ・エンカウンターが、胡散臭げ気な顔をして質問した。


「しかし、公衆の面前でアンバー・ハルクを素手で殴り殺していますし、なによりもアユミ・ロードスターとも召喚の印も結べた訳ですから。

戦士職あたりのB級冒険者でも、素手で殴り殺すのは無理かと。」


校長のジェイソン・オーブが必死に弁明するが、カーラの言葉は冷たいものだった。


「B級は無理でも、A級……、いや、これも無理そうですね。

いや……、S級あたりなら可能ではないですか?

300年前の大魔王ギルファーが起こした騒乱の際に、勇者が魔獣を殴り殺したとの記録もあったはず。

まさか、どこからか連れて来て不正をおこなったとかは無いでしょうね?」


「それは無理でしょう。

だいたい、この国にS級なんて3人しかいないじゃないですか!」


「だったら、他国のS級戦士ではないのですか?

髪の色も、不思議なことに黒色じゃないですか。

これは十分に、他国の人間だとの証明になると思いますが。」


カーラは特別美人ではないが整った顔をしていた分だけ、眼鏡の奥から睨まれると少し凄みがある。

担任のエミー・ワイズが、恐る恐る手を挙げ発言を求めた。


「しかし、それでは印が出現し結べたということ自体が、おかしくならないですか?」


だが、続くカーラの言葉は辛辣だった。


「だから、その印自体も不正だったのではないかと聞いているのです!」


もう完全に不正だと決めつけている、そう皆が思った時にテレシア・マイナスが発言した。


「不正だと仰るなら、アユミ・ロードスターと対戦しアンバー・ハルクを召喚に成功したアルフレッド・ジーニアスに、もう一度召喚させれば良いのではないのですか?

彼が、もう一度成功したなら、不正が明らかになるわけですから!」


こうしてアルフレッド・ジーニアスは、この場に呼び出され、この事態の説明を聞かされた。


アユミが召喚に成功し印を結んだ今、彼にも起こりうる危険についてであった。

不正で無かった場合、召喚資格を失った状態であるアルフレッド・ジーニアスが召喚を起した場合、いまだ理由が解明されていない不逆性の法則から魔力が一気に吸い取られ一時的に体調不良になってしまう。

勿論、次の日には魔法容量も回復し始めるが、それでも身体的にも精神的にも害はあった。

要は、数日間寝込むことになる。


聞き終えると、すぐさまアルフレッドは狂喜し承諾した。

もう一度降って湧いたチャンスができた、ということもある。

大きな理由として、アルフレッドには、アユミが不正しているとしか思えなかった。

だいたい、普通の人間がアンバー・ハルクを素手で殴り殺した事実が信じられなかったのだ。


すぐに詠唱を始めたが、自分の考えが間違いだった事を思い知らされる結果となる。

急激に気力と体力が奪われ意識が昏倒し始め、立っていられなくなった。


「すみません……、これ以上は無理です。」


顔色を真青にしたアルフレッドが、エミーに支えられ部屋から出て行くはめになってしまった。


「どうですか、これでもアユミ・ロードスターが不正をしたと仰るおつもりか?」


強気な顔になったジェイソンが詰め寄るが、カーラが逆に切り替えして来た。


「では、この者は一体何者なのですか?

こんな魔獣は見た事も聞いた事もありません。」


そう言われては、ジェイソンも同じだった。

彼も見た事も聞いた事も無いのは同じだったから。

だが、普通の人間がアンバー・ハルクを殴り殺すなど不可能に思えた。

見たところS級の冒険者でもなさそうだ。


それに何だ?この男は背中に何かしらの絵を描いているではないか!

これは呪いか、それとも魔法陣の一種か何かを表すものなのだろうか?


そんな一部始終を見ていた勝男がブチ切れ始めた!


「おい婆!なんか文句あんのやったら俺に直接言えや!」


「だから、お前は何者なのだと聞いているのです。」


「おう俺か!俺は猫神一家の幹部、杉森勝男だ! よう覚えておけよ!」


「その猫神一家って? それは悪の組織か何かですか!?」


「アホか!? 猫神一家は博徒系の任侠集団じゃあああああ!」


トーマスとエリスは、しまった・・・・・・という顔をする。

今の状況を、いまだ正確に勝男は理解していないのだ。

とっさにアユミが前に出て、カーラに今思いついたかのような嘘を並べ始めた。


「カーラ様、実は召喚している際に聞こえていたのです。

この者は、もしかしたら異世界の魔人かも知れません!」


『異世界』という奇妙な言葉を聞いて、カーラが身を乗り出した!


「異世界とは、どういうことですか?」


「はい、彼の背中を見て下さい!これ絵ではなく皮膚ですよ!」


「まさか、絵を描いているのではないのですか?」


「じゃあ、濡らしたタオルで拭いてみましょう。」


アユミが嫌がる勝男の背中をタオルで拭くが、絵は落ちるどころか益々鮮やかになるだけ。


「なるほど、確かに皮膚ですね。

しかし改めて見ると芸術ですね、これは。」


やはりカーラは審議官なんて難しい職に着いているから、芸術関係にも精通していたのだろう。

トーマスとナタリアは、笑いそうになったが耐えた。

前の世界では和彫りの刺青は、ある種の芸術であったからだ。

そもそも、この世界に和彫りの刺青なんて文化も無ければ、そういった鮮やかに彫る技術も無い。

似たものとして、顔面や腕に黒い線みたいなのを化粧している性質の悪そうなのが居る程度だったから、よけいに芸術だと思えたのだろう。


「では仕方ありません、これで解決しましょう。」


もう、自分では判断がつかないと思ったのだろう。

カバンから、拳2つ分の大きさの水晶玉を取り出し呪文を唱え始めた。

これは、いわゆる『占い』というのである。

一応魔力は使うが、魔法と位置付けられてはいない。

こういう厄介で分別が着かない事態に使用される、謂わば判断材料として用いられるものであった。


暫らくして、水晶玉に森らしきものが浮かび上がって来た。


「この近くに森、かなり大きな森がありますか?」


ジェイソンが、ここから西に70km行った所にある『ムートンの森』ではないか?と答えると、水晶玉がピカっと光った。


「そこで間違いなさそうですね。

それから光……、いや聖なる白珠の玉が見えます。

12個……、間違いなく12個あります。」


占いが終わったのか、カーラが少し疲れた顔をしてアユミに告げた。


「アユミ、明日にでもムートンの森に行き、聖なる白珠12個を探し出しなさい。

その神々しさ、私に示しなさい。

そうすれば、召喚師と貴女を認めましょう。」


「ちょっと待って下さい!」


ジェイソンとテレシアが焦った顔してカーラに意を唱え始めた。


「ムートンの森は、最近住み着いたキャスパリーグの縄張りになっています。

殺されはしなかったと聞いていますが、B級冒険者達3パーティーが集まっても勝てなかったキャスパリーグがいるんですよ。

そんな場所に、12歳の子供が1人で行くなんて。」


キャスパリーグとは怪猫、鋭い爪と牙を持つ体長3Mを超える魔獣である。

先のムートン森の主と呼ばれ、人間の街々にも被害をもたらし続けていた魔獣フェンリルを倒した危険な魔獣であった。

しかし不思議なことに、それからは人間には被害が出ていない。

唯一被害が出たのは、巧妙目当てに勝手に縄張りに侵入した冒険者達だけである。

だから迷惑としか言いようがなかったが、一応は賞金を懸かっていた。


「そこにいるのが、アユミの召喚獣ですよね。

だから、アンバー・ハルクを殴り殺せたのでしょ。

召喚獣なのだから主と共に行くのは、当然ですよね?」


「アンバー・ハルクなんて比にもならない、キャスパリーグの縄張りですよ!」


「お告げで出たのですから、仕方ありませんね。」


「しかし……、ほらお父さん、お母さんも何か言って下さい!」


テレシアがトーマスとナタリアに助けを求めるが2人とも素知らぬ顔している。

トーマスは別の何かを考え、ナタリアに至っては髪の毛の枝毛処理に忙しそうだ。


「お2人とも、娘さんが危ない目に合うんですよ!」


当然と言ったようにトーマスが答えた。


「どうせ勝男さんも行くんでしょ、じゃあ大丈夫ですよ。」


面倒臭そうにナタリアも答えた。


「アユミ、勝男さんに任せてムートンの森に着いたら昼寝でもしてなさい。」


アユミを含めた4人が2人の言い草に唖然とする中で、勝男1人が吠えだした!


「おい正二、美津子!

お前ら、何を人任せにしようとしてるんじゃあ!」


「勝男さん、ちょっとこっちへ!」


トーマスが少し離れた位置に連れ出し、勝男の耳に向け何やら囁きだした。

勝男が、あっ!という顔してから頷き、アユミに真剣な顔をして言う。


「おいアユミ!

今からすぐ行くぞ、準備せえや!」


そう勝男が言うと、トーマスとナタリアは腹を抱えて笑い出し、もっと4人を唖然とさせた。


そしてトーマスが、カーラに確認を求めた。


「えーと、冒険ギルドにアユミを登録させてからでもいいですか?」


「それは問題ありませんが、どうしてですか?」


「せっかく行くのに、そのキャスパリーグも狩ってきた方がいいでしょ。

賞金も懸かっているから!」


娘の心配どころか金の計算をしていたのだ。

苦笑いしか出ないカーラだったが、一応自分の責務と遂行するため言った。


「では10日後、また来ますので、それまでには聖なる白珠の玉を手に入れて下さい!」


「聖なる白珠って!」


またトーマスとナタリアが腹を抱えて笑い出し、さらに4人を唖然とさせた。






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私が呼び出した召喚獣は『ヤクザ』でした。異世界でも『極道』をやっていくらしいです。 伊津吼鵣 @mirajino700

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