理想のホラー展開を全力サポート『四谷ホラー・クリエイト事務所(株)』

だらすく

四谷ホラー・クリエイト事務所の平均的な一日(密着ドキュメンタリー風)

朝早くから仕事場へと移動する車が一台。

日は上っているのにヘッドライトをつけながら、霧が立ち込める郊外の森深くへと入っていく。

元々不動産業に勤めていたという山村 秀夫やまむら ひでおさん、四十五歳。

今は関東を中心に、幽霊屋敷や洋館など、会社で使用する場所のレンタル交渉を行っている。


仕事について尋ねると、

「海外も含めたいろんな場所を飛び回るので、(身体)きついでしょ?とか大変だねーって言われることが結構多いんですが、それほど大変と感じたことはないですね。ただ、やっぱり移動が多いので、最初は休憩入れるのが分からなくて、慢性的なエコノミー症候群になってましたね」


都内のマンションから海外の離島まで。使えそうな物件の情報を手に入れると、すぐさま現地に赴き、交渉する仕事。


「普通、不動産っていうのは日当たりが良いとか、見晴らしが良いとか、交通の便が良いのを人は探しますよね? でもうちの会社は真逆。人が住みやすい環境からかけ離れている方がいいんです。もちろん、普通の一軒家などもありますが、やはり、需要はそっちに偏るので。嵐のときに道が寸断されるとか、倒木一本で通行止めになってしまうような場所が多いので、たまに自分が引っかかったりしますね。(笑)」


この日、向かったのはG県のとある屋敷。幹線道路から大きく外れ、舗装されていない森と山しか無い道を一時間以上走った場所にある、まさに”陸の孤島“だ。


森の奥にある、ありし日は美しかったであろう白い板張りの洋館。しかし、外装は全体が傷み、窓は木の板で閉じられている。


「霧が立ち込めやすいとか、木々で周りが閉ざされているとかはいいですね。所有者の方によると、最低限の手入れしか出来ていないとのことでしたが、思っていたよりかなりしっかりしています」


間取りが書かれた印刷された紙を片手に、柱を軽く叩きながら語る彼の表情は真剣そのものだ。


「ほぼそのまま行けますね。ただこの間取りに無かった荷物用のエレベーター、正常に動くのか確認してから、専門家に電話してみようかな。間取りから仮設定はされるのですが、やはりこういう書面では分からない部分があるので」


—————————————


三枝 光さいぐ ひかりさん、二十八歳。

建築士の資格を持ち、女性建築家の視点から依頼に合わせて家屋を“改造”する。先ほど、山村さんが専門家と表現したのは彼女のことだ。


「どうしたいという要望に対して、発想力で戦っているという意識があって、いつももっと良くできないかーって考えてますね。仕事が終わった後に、めちゃくちゃ良いアイデアが浮かぶのがしょっちゅうで……それを減らしていきたいですね」


使わない扉の封鎖一つでもこだわりが止まらない。


「鍵を付けるのは簡単なんですけど、やっぱり演出で誤魔化したいですね。無意識で入れない扉だと理解させる。ドアノブが壊されていたり、壁にかかっている大きな絵が扉の前で倒れてるとか」


自社製造のフラッシュライト用充電池。何本をどこに置くのか、配置は彼女の担当だ。


「電池の容量が自由で簡単に設定できるようになったとき、涙出そうなぐらい嬉しかったですねー。変態ですよ。数パターンしかなかったときは、多めで対応してたので! 物件で(適切な電池容量や数が)全く違うんですよ。詰まない程度に、電池切れ間近! をどうすれば実現できるか。腕の見せ所ですねー」


山村さんからの電話があると、早速パソコンに向かった。モニターに映る色のついていない屋敷。間取りから作成された3Dモデルだ。電話を元に、細かい“ズレ”を直していく。


「暗号とかアイテム、仕掛けを設置すると勝手に最短のルートを設定してくれるんですよ、こいつ。私より賢いやつです」


—————————————


薬部 一郎やこぶ いちろうさん、三十八歳。

ギミックや暗号の考案を担当する彼がこの会社を起こしてからもうすぐ十年。

その道のりは決して平坦なものではなかった。


「こういうホラーの演出をする人はちょくちょく各地でいたんですよ。ある意味では、それをビジネスというか商売としてやっていけるまでにまとめたのが僕ですね」


山村さんや三枝さんと密に連絡を取り合い、依頼者の理想に合わせたホラー演出を組み立てていく。


「目指しているのは、ギミックとか暗号とか場所とか状況とか、それ全部がキラーや起こっていることの根本に繋がっているというスッキリまとまったやつなんですけど、なかなか上手くいきませんね。まとまっていると不気味さとかおどろおどろしい感じからどうしても離れていく。自分のプライドが折れない程度に依頼者に寄り添っていきたいですね」


この日も会社に訪れていた依頼者と綿密な話し合いが行われる。

取材班が一時間ほど待機していると、和やかな雰囲気で依頼者は帰途についた。


「いつもこうとは限りませんけど、今回は順調ですね。何事もないといいのですが……」


—————————————


その日はなんとも慌ただしかった。


「押さえていた家屋に問題があって……どうするかな……」


どうやら仕事で使う建物に異常事態が発生したようだ。

携帯電話を急いで取ると、会社の外にいる山村さんに繋ぐ。


「もしもし、あの物件だけど、うん、やっぱり使えないって、うん、あーあれか、うん、ちょっといけるか確認してみるわ、うん、なんか思いついたらメッセージに送ってくれ」


電話を終えると分厚いフォルダを引っ張り出し、代替の物件の情報を確認しているようだ。


物件の仮押さえが上手くいくと、別室にいた三枝さんを呼び出す。


「部屋の数が少ないから、このギミックを少し変えて……あとは大体そのまま行けるかな? なんか問題があったら電話して」


やってみますというと三枝さんはメモとともに個室へと入っていく。


「急ぎです。時間がないので、今いる人間だけでセッティングします。いやー大変です」


事務所に最低限の人数を残すと、大型の自動車で押さえた物件へと向かう。四谷の事務所から一時間ほど車を走らせた場所だ。


「こういうときの為に、最低限の資材はあるんですけどね。残りは買い出しのやつにお願いしています」


三枝さんからデータを受け取り、コンビニで印刷すると、ボールペンで各々の担当に丸を入れ配布する。

薬部さんは全体の装飾を行うようだ。大きな木製の十字架と大量のろうそくが詰まった袋を物件の物置から出してくると、書面通りに配置していく。


この日の作業は、太陽が一番高い場所から沈むまで続いた。


—————————————


一週間後、事務所で依頼者と歓談する薬部さんの姿があった。


「なんとか間に合わせて成功させることができました。まだやることはありますが、息を整えるぐらいはできそうです」


薬部さんにこの仕事のやりがいについて尋ねた。


「依頼者のやりたかったことが達成されて、喜んでいただけると、やっぱりこちらも嬉しいですよね。生涯の節目というか、人生の集大成として行いたいなにかしらの依頼を受けているので、手は抜けないし、抜いたら失礼でしょ? 僕たちにとっては一つの案件ですけど、依頼者にとっては最初で最後、そして最大の出来事。それを忘れないように、全員に言い聞かせてます(笑)」


今日も世界に、薬部さんが作り出した悲鳴が鳴り響いている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

理想のホラー展開を全力サポート『四谷ホラー・クリエイト事務所(株)』 だらすく @darask

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ