エピローグ

第41話 魔法機工 アスエル・ミーア

あれから三年が過ぎた。


探索者となったベクトは一心不乱に遺跡を探していた。身体の強度強化は探索者でも随一の実力となり、土魔法も壁を作る以外の多様な使い方を使えるようになっていた。


隕石も数発なら落とせる程の魔力を持ち、対災害獣の戦力としてガウトリア最大。防衛戦力としてベクトに安心が持てたのか、ガウトリアも少しずつだが土地を拡大しつつあった。


事実、災害獣はダイグを最後に三年間現れることはなかった。例年ガウトリアを通り道にしている災害獣ですら近づくことはなかった。


「はぁ……」


探索者ギルドでテーブルに突っ伏して溜息をつく。三年の時間は余りにも濃密な時間を過ごしてきたベクトには、途轍もなく永い時間に感じられていた。


何せアースと過ごした期間は一か月も無かったのだ。使命に駆られて行動した三年と比較すれば、時間の密度に天と地ほどの差があった。


コップが二つ、テーブルにガンという音と共に置かれる。ベクトの前の席にはダーウェの姿があった。


「たまには気分転換してこい」


コップを口につけ、ダーウェは一言呟く。


ベクトは基本的に探索者としては一人で動く。他の探索者とは情報こそ連携しているものの、アースのことを知っている者が多いが故に、話しかける人は極めて少なかった。


「でも……いや、そうですね。一日くらいならアースも許してくれるかな……」


ベクトは常にアースへの使命に囚われていた。リリアンや親方、レキサにダーウェといった親しい者達は敢えて何も言わなかった。もしそれを失った時、ベクトは間違いなく避難場所を襲うからだ。


かつてアースのいた遺跡の場所は分かっている。それでもそこへ行こうとしないのはガウトリアへの被害も大きくなるからだ。ベクトがアースと共に守ったガウトリアだからこそ、ベクトが襲うことは無い。アースへの想いがベクトをガウトリアへ引き留めているのだ。


「そういえば親方から連絡来てたぞ。ダイガードの破壊跡が完全修復したらしい」


事務的な連絡だけをしてダーウェは立ち上がり、ギルドの奥へ消えていく。ベクトもコップの水を一気に飲み、ギルドから外へと出た。


「気分転換……か」


空を仰ぎ一言呟く。空の上にはアースはいないと分かっているのに、最期の光景が、最期の笑顔が、余りにも目に焼き付いて離れない。


「……ダイガードの地割れ、直ったか。行ってみるかな」


独り言を口に出し、三年前とは比較にならない速さで歩き始める。探索者基準となった歩く速度は、一般人から見て全力疾走してるものよりも速い。移動にかかる時間は三十分とかからなかった。


目に見えるのは地割れの跡。かつて城壁があった場所は今やただの裏道でしかない。町の拡張に呑まれ、邪魔だからと壁は無くなったのだ。


「この亀裂……まだ完全に直ってない。親方の仕業か?」


ほんの一ミリ程度の亀裂を目にし、ベクトは知らず知らずのうちに口角が上がっていた。


かつてはベクトにより壁が作られ、ダイガードが壊し、アースとの出会いのきっかけを作った場所は、今はもう修復された他の道と変わらない場所になっていた。



だがそれでも、ベクトにとっては特別な場所だ。全ての始まりこそが、ここなのだから。



「仕方ないな」


土魔法で一ミリもない亀裂を修復していく。土魔法の上位魔法である大地魔法も使えるようになっていたが、この程度の小ささであれば土魔法の方が有効だった。


「……ん?」


一ミリの亀裂は下に下にと伸びていた。亀裂がどこまで走っているかを確認しなければ埋めることもできないため、土魔法の範囲を少しずつ伸ばしていく。


集中して作業するか、そう思った時──大地から音が鳴った。


「地っ割……!」


ちょうど人一人落ちる程度の亀裂だ。ごく小規模の地割れであり、余程運が悪く無ければ犠牲者一人も出ないものだった。


ベクトが地割れに落ちていく。だが探索者となった今、ガウトリアの外に出るようになったベクトには日常的とすら言えるような出来事でしかなかった。


「ふっ!」


遠隔で土魔法を使用、地上へと伸縮自在の特性を持つロープを土で作成する。手元と地上を一瞬で紐づけ落下を止める。


問題なく落下は止まり、目を少しだけ閉じふぅと一息をつく。街中でも気が抜けないなと胸に戒め、目を開く。そこにあったのは──


「っ!」



──いつの日か目にした、光るコケのある洞窟だった。



知っている、この場所の何もかもを知っている。歩けば少しの土とその下が石畳のようになっていることも、コケは淡く光るが多く増える方へ行けば十分な程の光量を持つことも。


そして……光るコケが最も集まる場所に、巨人族すら超える大きな扉があることも。


「……」


言葉にならない感情が胸を走る。もしかしたら、あり得ない可能性だが、一つの可能性を考えたことは三年の間に幾度となくあった。


扉の目の前に立ち、開けと願いつつ手を伸ばす。



すり抜ける。



「……ああ」


知っている。そうなると分かっていて手を伸ばした。一度この身を以て体験したことが、再び目の前で行われている。ベクトの目には涙が浮かんでいた。


一つの可能性……魔法とは意志が大事なのだ。かつてアースはベクトにそう告げた。意志を乗せた魔法でパンクを、ダイグを倒したのだ。意志が乗せられていない正面衝突であれば、まず間違いなく負けていた相手をして。


「……」


暗闇の中を歩く。暗視の魔法も使えるようになっていたが、そんなものは必要なかった。この場所の知識は、文字通り頭に叩き込まれたのだから。三年前に付けていたリストバンドが教えてくれていた。


足がコツンと壁にぶつかる。それが何か、ベクトには分かっていた。


「……ふふっ」


暗闇に手を伸ばし、段差……台座の上へと身体を動かす。かつての自分自身が目に見えるようだった。


微かな可能性として足りない頭で考えた。意志が魔法に影響をするならば、魔法で作られたアースならば、意志を、死にたくないと泣くほどの意志を持ったアースならば、もしかしたら……。


三年もの間ずっと考え、しかし現れなかった。諦めていた。自身で探すしかないと愚直に進んできた。その答えが、これだ。


いつかのように周囲の風景が変わっていく。変わった先に、変わらない彼女はいた。




「おかえり、アース」

「ただいま、ベクト」




五十メートルの巨体、ベクトの理想の容姿。魔法機工アスエル・ミーアのアース。変わらない笑顔が、目の前にあった。

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魔法機工アスエル・ミーア @burning_hawk

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