第40話 想い

理由は分からないが、直感はそうだと告げていた。アースに魂の全てを預け、星魔法が終わった瞬間に返されたからかもしれない。


《最初に出会った時、私は怖かった。これから戦わなければならない未来を描いて、ベクトを巻き込むことに》


アースの感情がまるで語るように話しかけてくる。あの時のアースがどんなことを想い、歩んできたのかを知ってほしいのだと言うようだった。


場面は切り替わり、ダイガードの討伐した瞬間へと移る。空にある視点はガウトリアへと向けられていた。


《選択を迫る形だったけど、選んでくれた。パートナーとして嬉しかった。使って捨てるような人ではないとすぐに分かって、すごく心が弾んだ》


アースは専用の武装ではなかった。ベクトが拒否すればアースを捨てることもできたのだ。ディアイの知識に無く、半ばベクトが騙されるような形になったが……ベクトがそんな風にアースを見ていなかった事実は確かにあったのだ。


アースにはそれがたまらなく嬉しかった。辛い未来を描いて、それでも共に歩んでいける者なのだと思えたのだ。パートナーへ無償の信頼を向けなければならない機工種であっても、パートナーが信頼を向けてくれるかは分からない。それを考える必要も無くなった。


再び場面が切り替わる。探索者ギルドの前に座り、探索者を上空へ飛ばす遊びをしていた時だった。


《ガウトリアの人は優しかった。私が守ってきた人たちから、もっと共に永く生きていきたいというしるべを貰えた》


上空へ飛ばす視点だというのに、周囲の様子はとても和気あいあいとしていた。視点こそアースだから気づけないが……アースは笑っていた。心の底から楽し気な表情を浮かべていた。見えずとも、ベクトもそれを感じ取っていた。


場面が切り替わる、今度は遺跡に戻った時だった。視界の中にいるベクトは思い詰めたような表情を浮かべていた。


僕がアースの建造目的を知ろうとしていた時だ。アースに僕がどんな風に見えていたのかがよく分かる。不安にさせるような表情だった。


《再び遺跡に戻った時は恐怖があった。きっとベクトは私の本能を知ってしまう。そうしたら失望されるかもしれない、パートナー解消なんて絶対にされたくなかった》


アスエル・ミーアの建造目的を知った。自分自身の不甲斐なさを嘆いた。アースの信頼を足蹴にしていたことを後悔した。


それなのにアースの不安を知ろうともしなかった。当たり前に聞くべきことだというのに、頭にガツンと殴られたような衝撃が走ったようだった。


《私を知って、信頼を向けられて、どれだけ嬉しかったか。大声を上げて無邪気にはしゃぎたかった。でもベクトの邪魔になるから……我慢した》


場面が遺跡から出る時に変わっていた。あの時アースは……笑っていた。満面の笑みを浮かべていた。それだけでどれだけ救われたのか、アースは一言も口にしなかった。


胸が痛い。こんなに、こんなに想ってくれていたことに僕は何も返せていない。最期だと知っていても、無力感が募る。


再び場面が切り替わる。探索者ギルドの前であり、目の前にパンクがいた。


《パンクの時は……苦しかった。本能に抗いきれなくて、ベクトの親友を殺してしまった》


視界が少しだけ狭まる。目を伏せているのが分かる。パンクへ敵意を向けていた。


ノイズのような音が走り、瞬時に場面が切り替わる。半壊した姿が、空からの視点で見えていた。あの時は視えなかったが、アースの身体から腕が一本這い出ていた。それが誰のものなのか、分からないはずが無い。



《私自身も死ぬはずだった……ベクトの歩みに助けられて、生き長らえた》



視点も場所も切り替わり、パンクを倒した時のものへと変わった。一体化していたのだ、ベクトにも同じ視点の記憶があった。


ようやく力になれる。ベクトにはそうだったはずなのにアースは死ぬつもりだった。何も分かってなかったことに、俯いてしまいそうになる。


《だから、最期をベクトに選んでほしいとねだってしまった》


ガバッとベクトは顔を上げる。そうだ、あれが──あれが唯一アースが明確に頼ったときだった。


アースには、その葛藤に応えてくれたというたった一つの事実だけで十分だった。知ろうとしてくれなくても、頼られっぱなしでも……ただ頼りたい、縋ってしまいたいと願う時に、ベクトは応えてくれたのだ。


それだけで十分だった。アスエル・ミーアの、アースが生きる価値こそが、それだった。



《あんまりにも歩みが早いベクトが、眩しかった》



光の雪がポツポツと降ってくる。景色を埋め尽くす雪は暖かく、どこか悲しくさせる冷たさを持っていた。



《離れたくない。嫌だ、ずっと一緒にいたい》



アースの本音が、出したかった心の声が漏れ出る。ベクトに言葉で伝えられなかった想いが、記憶を通して二人の間へ届けられた。




《死にたく、ない》




涙を流して嗚咽を繰り返したような声。何度も何度も繰り返したような声が、届けたかった人へと届く。


ベクトは泣いていた。アースに応えられたことに嬉しく、そして別れなければならない現実をぶつけられた悲しみに耐えられず、声もあげずに涙を流していた。


《言葉に出せなかった。目で示すしかなかった。こんな感情をぶつけたくなかった》


目に映る光の雪には選択を迫るアースの姿があった。落ちていく雪は一瞬だけしか見えず、しかし悲しい表情をしたアースが見えていた。


ベクトだけではない、アースも苦しかったのだ。苦渋の決断だったのだ。したくないのにせねばならない、胸の内では嫌だと叫びながらベクトに瞳だけで訴えたのだ。


《でも間違いじゃなかった。ベクトは受け入れてくれた。歩みを止めずに、私の誇れるパートナーとして》


言葉にならない叫びがベクトから上がる。言葉にできない不器用なパートナー同士だった。


それでも、二人には同じように誇れる者同士だった。二人ともが、自分にはもったいない程のパートナーだと思っていたのだ。


言葉にせずともそれだけは通じ合っていた。すれ違おうとも、言葉にできなくても、傷つけようとも、相棒こそ誇りである絶対の信頼だけは同じだった。



《最期と分かっているから、涙が止まらなかった》



ベクトが身体を移した瞬間が雪に見える。ベクトにはもう意識だけしか残っておらず、身体は動かせず視界共有くらいしかできていなかった時だ。


目の前にダイグという災害がいる、敵がいるというのに泣くなどあり得ない行為だ。けれど分かってしまう。信頼を築いたからこそ目前の別れが余りにも辛い。


光の雪が降り止み、大きな一つの光球が少しずつ視界へと映る。それはどことなくディローにも似た形をしていた。違うのは……暖かな色をしており、ベクトが誰よりも知っている魔力を纏っていることだった。


「アー……ス……」



《ベクトがパートナーで私は幸せでした》



涙が止まらない。そんなことを言いたいのは僕だと声にならない叫びを上げるベクト。嗚咽すら混じりながらも、顔だけは光球へと向けられていた。




《ありがとう》




周囲が光りに満ち溢れ、景色が光りに包まれていく。


気づけば、元のクレーター跡地に戻っていた。アースへと触れている手が、ベクトを現実へと引き戻していく。


降れている手がフルフルと震え頬から離れ、握り込まれる。ベクトはそのまま両腕を肘からアースの顔の横に叩きつけた。想いが耐え切れず、考えもされないまま感情の雄叫びが上がる。



「バッカ野郎!!!」



自分だけ言いたいだけ言って、僕に何も言わせず往かせてやるものか!!!言いたいことなんて山ほどある!一日二日で終わらないくらいにはあるんだよ!


「僕は決めたんだ!」


最期だなんて言わせない!失ってたまるか!お前を、アースを、失ったとしても、失ったとしてもだ!


「お前を失っても、また見つけるんだって!」


機工だって言うのなら!直せることだってできるはずだ!


「僕はドカタだ、探索者だ!復旧することと、未知を探し出すことが全てだ!」


壊した物を直すことと、未知を見つけ出すことこそが僕の本懐だ!お前が壊れるなら!未知のものが無ければいけないというのなら!



「お前を再び作るとか、直せる遺跡があるはずだろ!?」



専用の遺跡なんてものがあるんだ、無い訳がない!生まれが、建造施設があるなら再生施設だってあってもおかしくないんだ!


「絶対に見つける!必ず見つけ出してやる!」


決意なんてものじゃない、使命だ。やらなければ僕が僕でなくなる、アースと共に生きた時間を僕が続けなくて何がパートナーだ!


「だから……だからっ……!」


……もう声が……感情が、続かない。言いたいことは山ほどあるのに!感情が溢れ出て何もかもを塗り潰してっ……!



「それまでの間だけ……っ!。…っ、…間だけ……お別れ……っだ…!」



少しの間だけ、待っててくれ。別れても絶対に見つけ出して……会いに行くから。




「……あり……が…………と…………ぅ……」




最期の時──アースは笑っていた。使命を果たしたかのように意識の糸が切れ、微笑みながらパートナーの腕の中で機能を停止した。



『機能……停止……自壊……か……い……し』



ベクトの腕の中にいたアースは、幸せそうな表情を浮かべて魔力の粒子へと変わっていく。空へ散っていく姿は、天へと魂が登っていくようだった。

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