第39話 声の先
『ガガ……停止まで……百八十三秒……自壊ま……で……三百……秒……』
ダイグがクレーターそのものと変貌したその中心点、アスエル・ミーアの音声はそこから鳴っていた。ノイズのような音が混じり、かつての無機質な音すらマトモに聞こえない。
衝撃が終わると同時に十数メートル先にベクトは吹き飛ばされていた。
ダイグに衝撃が当たったため、ダイグの身体の半分程度の高さから落下したのだ。が、着地が上手くいかず右足へと衝撃が集中し、動かなくなっていた。その右足を庇いながら音の鳴る方へとベクトは急ぐ。
「アース!どこだ!」
砂ぼこりが立ち込める周囲へキョロキョロと目を向け大切な者をベクトは探す。使ったことのない聴覚強化の身体強化魔法を無意識で行使する程に、その意志は極まっていた。
そして数瞬の後にそれを掬い取った。ほんの微かな、息のような声を。
「ベク……ト……」
「アース!」
右足を庇いながら音の先へと歩みを向ける。幸いにも遠くなく、十数歩先の距離だった。
アースを視界に捉えたベクトは安堵と同時に、自らの唇を噛み締める。その姿が、もう助からないと分かってしまった。
再現の影響か身長はベクトと同じかそれより低い程になっていながら、見た目自体はは元に戻っていた。
だがその姿は半分だけとなった頭、両腕は無く、下半身も消し飛んでいた。上半身も左側は抉れ取られたかのようになっており、胸の中心も無くなっていた。
生きているのはアースが機工種だからであり、生身を持つ者は即死している跡だった。
「アース……」
ベクトは前のめりに倒れそうになりながらアースの目の前へと歩を進める。手が届くところまで着くと、膝が砕けたように座り込んだ。
そんなベクトを目印に遠くから駆け寄る二人の姿があった。砂ぼこりを風魔法で吹き飛ばし、レキサとデンダ親方が到着する。無残な光景を目にし、悲しみに二人は目を伏せた。
「これは……」
「威力に耐え切れなかった……。無理もねぇ、ただでさえパンクとの戦いの傷が治ってなかったんだ」
二人はアースがどうなるのか知らされていなかった。直感こそしていたが、いざ目の当たりにすると動けなくなるほどの精神的ショックが起きていた。
唯一動けるベクトは心のままに声を荒げる。
「アース!聞こえるかアース!」
アースの右の瞳に失われていた光が戻る。だが光は戻ったり消えたりと点滅を繰り返しており、いつ力尽きるかも分からない。
「無事……で……何よ……り……」
弱弱しい声、病人でさえこんな声は出ないだろう声色にベクトは涙を目に浮かべる。
「お前のお陰だ。ガウトリアも、みんな無事だ」
衝撃で城壁が無くなってこそいたが、確かにガウトリアは無事だった。ベクトは確認したわけではないが、アースの星魔法による衝撃がガウトリアへいかないよう調整されていたのは知っていた。アースを信じているからこその言葉だった。
「よかっ……た……」
安堵の声だと言葉から理解する。掠れた声が機工めいた音に変わりつつあり、感情すら届かなくさせて来ていた。アースの現状に合わせるようディアイも色が変色し、一気に摩耗が進んでいく。
『ガガ……停止まで……八十三秒……』
ガチャリという音と共にディアイがベクトの腕から外れ、地面へと落ちる。繋がりが切れたかのような感覚に、アースの命すら消えてしまったかのように錯覚してしまう。
ベクトの力無く垂れかけた手を止めたのは、アースの声だった。
「ベク……ト…………手を……」
「……手を?」
今のアースに手は無い。ならば言いたいことは一つだけだ。
「触れればいいんだな?」
アースの頬へと手を伸ばす。指先が当たると同時にアースの身体が光り始めた。周囲に光が満ち、光景が変わっていく。
驚きはなかった。アースが何かをしたいのは分かっていたのだ、伝えたい何かがあると手を伸ばした。その光景が、目の前にあった。
五十メートル程の上の視点から、ベクト自身を見下ろすような光景だ。周囲の様子は遺跡の、アースとベクトが出会った場所だった。
「アースの……記憶?」
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