第38話 最終武装 大英雄の力

無機質な音が響く。アースではない、アスエル・ミーアの声だ。パンクの時と同じようにただあるべき事項だけを伝えていた。


『現在最終武装使用時、自壊の恐れあり。使用は推奨しない』


アースが言っていた事項も、同様に。アスエル・ミーアが言った言葉に間違いはない、分かっていたことだ。


専用武装となっているアースから伝わる感情も、悲しみと……喜びなのだ。僕の選択は、間違っていなかった。


頭の中でそう思いながらも、ベクトの表情は悲しげなままだった。苦しみの中の選択なのだ。間違いでなくとも、感情が間違いだと叫ぶのは仕方のないことだった。


自らを責める昂る感情を抑えたのは、アースの声だった。


〈ベクト……ありがとう〉


何の迷いもなく向けられた感謝の言葉。間違いなどではない、アースの肯定が迷いの感情を消していく。


「……僕は、アースの意志に応えただけだよ」


ベクトは笑う。僕はアースが示した問いに答えただけだと、アースのが望む道へ歩んだだけなのだと。だからこそ望むことは一つだけだ。


「ちゃんと……帰ってこいよ?」


ベクトはアースへと身体を明け渡す。ベクトが中心となる専用武装だが、アースが身体を扱うこともできるのだ。


ベクトが扱った時のアースと同じように、ベクトは意識だけとなり、同時にアースが身体を扱う意識へと切り替わる。その表情は、泣きじゃくる子供のようだった。


「……あなたが……ぐすっ……パートナーで……良かった」


十数秒程涙を流した後、アースは両手で涙を振り払う。時間が迫ってきており、これ以上浸れなかったのだった。


「最終武装発動」


両の手の平を胸の前に合わせ、祈るように自らへ魔力を収束させていく。姿形が見えなくなる程の多量の魔力がアースの中へと周囲から取り込まれていく。さながら太陽が一つ増えたかのようだった。


太陽が光りを纏い、姿形を二メートルもない女性の姿に変えて顕現する。その耳は尖り、色白な姿──純粋なエルフの姿をしていた。



「かつての大英雄の力を……この身に再現」



天地を揺るがすアスエル・ミーアの最終武装。それは旧時代、あらゆる災害獣を打倒した大英雄の力を自らが使用することだった。


数十の災害が同時に襲ってすら全てを対処しきり打倒した大英雄。ダイグを討伐するには過剰とすら言える戦力だった。


「大英雄顕現。災害を支配した大英雄エルフ、天帝エル・アーラス」


ダイガードを討伐した時の剣が展開、小さく圧縮され、今のアースになぞらえた丈の長さまで縮む。ただのエルフが剣を一本背負っただけ、それこそが旧時代に存在した二人の大英雄の見姿が一つ。一本の刃で全てを斬り裂き、敵対する全てを斬り伏せた英雄の姿。


「全てを断ち切り、一つを残し一つを無に帰す一閃」


一瞬でガウトリアの南西城壁近く、レキサとデンダの目の前まで転移する。二人が突如現れた見慣れない姿に驚くのを背に、アースは腰の鞘に納めたような構えをとる。


目をカッと見開き、アースは大英雄エル・アーラスの得意技を放つ。それは、居合のようにただ横一文字に斬り裂くだけの技だった。



「白刃一閃」



ただの一閃、アースが放った一撃はダイグが上下に斬り裂いた。黒の地平線が二つに別たれ、遠くの空色の地平線が姿を現す。


さらにそれだけではない、別たれた上側が無数の白刃一閃によって斬り裂かれていく。渾身の一撃で地平線に届く斬撃を放ち二つに別ち、同時に複製した無数の刃で片方を粉々になるまで斬り続ける。これこそが大英雄エル・アーラスが得意とした技、白刃一閃だった。


完全に再現した一撃だったが、アースはアスエル・ミーアであって大英雄エル・アーラスではない。大英雄の強過ぎる力に、耐えられていなかった。


〈アース……っ!。……止め……うぅ……あと、少しだっ!〉


斬撃を放った右腕と軸とした左足がサラサラと砂になって散っていく。

パンクの散り際にも似た現象に、アースの中にいるベクトは泣き叫ぶ。だがアースの意志を尊重した少しの叱咤に、アースは微笑む。


「次で、最期です」


再びアースは魔力を収束させていく。太陽のような魔力収束は先ほど行ったものとは違い、どこか振り絞る閃光のようにも見えた。ほぼ一瞬で閃光が消え、エルフの姿も同時に消える。代わりにいたのは、小柄なドワーフの女性の姿だった。


「大英雄顕現。災害を超えし神の妻、地帝ルーナ・アス」


ダイグがメキメキと消えた上側を再生させていく。だがあまりの破壊力にまるで再生が追い付いていなかった。巨大な蜘蛛の足が地面に落ちていく様すら見えている。既に戦いの決着はついているようなものだった。


「ベクト、覚えておきなさい。彼女の力は土魔法の極致と、身体強化の極致を合わせた力。つまりあなたが辿り着く未来の力です」


アースは容赦しない。このままでもダイグが何を齎すか分かっているのだ。たとえその身朽ちて果てようとも、歩みを止めることは無い。


風魔法を駆使し空へと超高速で飛翔していくアース。今から放つ魔法の一端だ、この魔法は事前に上空に飛ばなければ使えない魔法なのだ。


さっきまで剣だった武器が槌の形へと変わっていく。その柄は今の身長の倍はあるものであり、頭も身長程はある特注の形状をしていた。


背に担ぎ、アースは自らの身体に魔力を集中させる。誰もが使う、身体強化の魔法だ。


アースから一筋の涙が流れる。これで最期だと、分かっていた。



「全てを砕け。星魔法──コメット」



魔法名を口にし、槌の色が土色から金色へと変貌する。そしてアースは──流星と化した。


自らを流星と化し、身体強化を限界まで行使し、星が落下する程の衝撃を込めた槌を振り下ろす。隕石にも似た魔法だった。


ただその威力は桁違いだ。十数メートルのクレーターなどでは済まない。文字通り、星をも砕く大災害クラスの破壊を齎す。


ダイグが流星の落下の衝撃に呑まれていく。半分となった身体に、一片残らず粉々にする破壊力を持った衝撃が走った。

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