アイドルくんとの恋は前途多難!?

あいむ

アイドルくんとの恋は前途多難!?

「はぁ、やっぱり優真くんかっこいいなぁ~…。」

「なーに見てんの?」

ベンチに掛けて雑誌を見てため息をついていたら、雑誌を覗き込むように声をかけられた。

「ゆゆ、優真くん!」

「バカ、声が大きいよ。」

そう言ってシーっと合図する。

「ご、ごめん…。」

「いいよ。こっちこそ驚かせてごめんね。で、何見てたの?」

ニコリと微笑んで、優真くんは言った。

「優真くん!やっぱりかっこいいなぁって思って。」

惚れ惚れと雑誌を見つめる。

「本物がここにいるのに、雑誌に夢中?」

優真くんは拗ねたようにそう言った。

「もちろん、本物の優真くんもかっこいいと思ってるよ!」

すかさずフォローを入れる。

優真くんは、有名雑誌に載っちゃうアイドルで、そして、私の彼氏だ。

このことは、家族にも友達にも、誰にも秘密。

「ほんとに?」

「ほんとほんと!ねえ、今日はどこに行く?」

「うーん…そうだなぁ…」

今日は待ちに待った月1回のデートの日。

だけど、私たちが付き合ってることがバレたら大変だから、人が多いところには行けない。

「近くの河川敷散歩するのはどう?しばらく歩いたところにちっちゃい公園があるから、そこでゆっくりしよ。」

「うん。」

今日のデートも、人目を避けて河川敷に決まり。

正直、水族館とか、遊園地とか、映画とか、ショッピングモールとか…そういう定番なデートをしてみたいとも思うけど、そういうわけにもいかない。

学校も優真くんの仕事も休みの日に、こうしてゆっくり散歩しておしゃべりするのが精一杯だ。


「優真くんのことは大好きだけど、こう…なんというか…もどかしいなぁ。」

デートから帰ってきて、ベッドに体を預けながらぽつりとつぶやく。

誰にも秘密だから、人目を避けなきゃいけないし、友達に話すこともできない。

友達が彼氏に話をしてると自分も話たいとうずうずしてしまう。私だって惚気けたい!優真くんのことを素敵な彼氏だって自慢したい!だけどそれは叶わぬ願いだ。

「はぁ。」

思わずため息をついてしまう。

でも、こうして付き合えていることも、そもそも優真くんが私を好きになってくれたことも嘘みたいに奇跡的な話だ。

「優真くんと同じクラスになって、優真くんが私のことを好きになってくれなかったら付き合えてなかったんだもんなぁ…。」

なぜか特別美人でもない私を優真くんが好きになってくれて告白してくれたのだ。

そんな奇跡が起きなければ、優真くんは私にとって文字通り遠い世界の人だった。

「優真くんの彼女ってだけで十分すごいことだよね。そうなんだけど…」

欲を言えば、優真くんがいかに素敵な彼氏か惚気けたい。アイドルじゃない優真くんも言うまでもなく素敵な人だし、彼氏としても申し分ないのだ。

「はぁ。」

またため息をつく。

「舞ー、ご飯よー。」

モヤモヤと悩んでいると、下の階にいるお母さんから声がかかった。

「はーい。」

返事をして起き上がり、夕飯をとるためにリビングへと向かった。


――翌日。

学校に登校すると、一通の手紙が下駄箱に入っていた。

〈坂下舞さん

 放課後、屋上で待ってます。〉

手紙にはそれだけが書いてあった。

宛名は間違いなく私だが、誰からかは書いてない。

筆跡から察するに、男子が書いたものだろう。

「なんだろう…。」

その日、私は一日中妙にソワソワしながら過ごした。

友達に話しかけられてもどこか上の空。授業も全く集中できなかった。

ラブレター?まさかそんなわけない。だけど、それ以外に誰が何のためにこんな手紙を靴箱に入れるんだろう。

そんなことを考えながら一日過ごして、ついに、放課後がやってきた。

「屋上かぁ…なんだろう…」

少し不安な気持ちを抱えながら屋上に行くと、一人の男子生徒がすでにいた。

「あのぅ…」

声を掛けると、その男子は振り返った。

その男子が誰かを気付いて驚く。

「佐々木くん…?」

友達が多く、よくクラスの中心にいるイメージがある佐々木くんだった。

男女問わず友達が多いことは見ていて知っていたが、そんなに話したことはなかった。

「びっくり、したよね。」

佐々木くんはそう照れくさそうに言った。

驚かないわけがない。とっさに返事が出来ず、こくりと頷いた。

「その…下駄箱に手紙なんてベタだし、屋上なんかに呼び出されたから察しがついてるかもしれないけどさ…俺、坂下さんのことが好きなんだ。よかったら、付き合ってくれないかな?」

そう、まっすぐ見つめて言われた。

「えっと…」

言い淀む。だって、私は優真くんと付き合ってる。でも、それを言うわけにはいかない。

「返事、すぐじゃなくてもいいから!その…考えてみて!俺と付き合うこと!それじゃ!」

そう言うと佐々木くんは足早に屋上を去っていった。

「え!?ちょっと…!」

引き止める間もなく佐々木くんが去ってしまい、私は立ちつくした。

「考えてみても何も…」

私には優真くんがいるのに。

そう、心の中で言う。

だけど、心のどこかで考えてしまった。

芸能人じゃない佐々木くんと付き合えば、もう隠れて付き合わなくていいかもしれない。


『――ぃちゃん?…舞ちゃん、聞いてる?』

「え、あ、ごめん!ボーっとしてた!」

『もう…大丈夫?体調悪いとか?』

「ううん!大丈夫!」

いけない。優真くんと電話中だった。

だけど、放課後から何度も考えてしまう。

隠れて付き合わなくてよくなれば、デートだって好きなところに行けるし、友達にも彼氏のこと話せるし、寂しい思いしたりモヤモヤしたりしないで済む。

もう友達に好きな人いないか聞かれても誤魔化さなくていいし、デートに行くことを友達と遊んでくるって家族に嘘をつかなくてもいい。

今悩んでいることが解消される。

でも…私が好きなのは…

『舞ちゃん、今日はもう電話切ろっか。』

「え?どうして?」

優真くんは夜も仕事で忙しいことが多い。電話で切るのだって貴重な時間だ。

『なんだか上の空みたいだし。疲れてるんじゃない?今日はゆっくり休みなよ。』

「でも…」

『大丈夫。また時間作って電話するから。またね。』

そう言って電話は切れた。

優真くんの方がきっと忙しくて疲れてるはずなのに…。

「はぁ…もう嫌になっちゃう…。」

こんなことでモヤモヤ悩んでしまう自分も、そのせいで優真くんに気を遣わせてしまう自分にもうんざりしてしまう。

ベッドにうずくまる。

「もう、どうしたらいいんだろう…。」


それから数日経っても私はモヤモヤしていた。

佐々木くんの告白の返事もできないまま、このモヤモヤをどうしたらいいのか悩んでいた。

放課後、帰り道、ぼーっとしながら家へと向かう。

どうしてもモヤモヤと考えてしまう。

「私…好きなんじゃなかったのかな…」

優真くんのこと、と心の中で付け足す。

付き合ってることに対してモヤモヤと悩んでいるうちに本当に好きなのかすら分からなくなってきてしまっていた。

「舞ちゃん。」

ぼんやりと帰っていると、声を掛けられた。

この声は、優真くんだ。

「優真くん?なんでこんなところに…。」

「舞ちゃん最近ずっと上の空でしょ?だから心配で、待ち伏せしちゃった。ごめんね。」

優真くんは申し訳なさそうに言った。申し訳ないのは私の方だ。

「そんな、謝らないで。でも、大丈夫なの?誰かに見られたら…。」

「大丈夫。人目がないことちゃんと確認してるから。」

確かに、運良く周りには人がいなかった。

「それに、ちゃんと変装グッズ持ってきてるしね!」

ニコリと微笑んで帽子や眼鏡などを見せてくれた。

そしてそれらを身に着ける。

「途中まで一緒に帰ろう。」

優真くんにそう言われ、途中まで一緒に帰ることになった。

「優真くん、ごめんね。心配かけちゃって…。」

「なに言ってんの。僕は舞ちゃんの彼氏なんだから、心配するのは当たり前でしょ?」

その言葉に素直に嬉しくなる。

「うん…。ありがとう。」

「どういたしまして。それより、最近どうしたの?なにか悩み事?」

「それは…」

聞かれても、なんと答えたらいいか分からない。

言い淀んでいると、優真くんが先に話した。

「佐々木くんに告白されたこと?」

「え!?」

なんで知ってるのという様子の私に、優真くんはクスリと笑って返す。

「佐々木くんが友達に話してるの偶然聞いたんだ。舞ちゃんに告白したって。」

「そう…だったんだ…。」

なんと返していいか分からず、ただ返事だけをしてしまう。

「舞ちゃんは、僕と別れて佐々木くんと付き合いたい?」

「それは…」

なんて言っていいか分からない。たしかに、最近モヤモヤと悩んで苦しかった。だけど、優真くんと別れたいわけじゃない。でも、どう伝えればいいんだろう…。

優真くんは立ち止まると、私の方を向いて言った。

「僕はね、別れる気はないよ。僕はアイドルだから、舞ちゃんにいっぱい我慢させてると思う。だからって、舞ちゃんを手離す気はない。舞ちゃんが別れたいって言っても、ごめんね、僕はずっと一緒にいたいんだ。だからお願い。これからも僕とずっと一緒にいて。」

真剣なまなざしに告白されたあの日のことを思い出す。

あの時も、優真くんは同じ真剣なまなざしをして私に告白してくれた。

そうだ。その真剣に見つめるそのまなざしにときめいたのだ。そのまなざしが私に向けられていることがとても嬉しかった。

「うん…私も、ずっと優真くんと一緒にいたい。」

その瞬間、私の悩みは嘘のように吹き飛んだ。

優真くんがこんなに真剣にずっと一緒にいたいと思ってくれているなら、私が悩んでいたことなんて、些細な事だ。

優真くんがこんなにも想ってくれているなら、会えない時間も秘密にしなきゃいけないことも乗り越えられる。そんな気がする。

そんな勇気が、湧いてきた。そんな気がした。

「ありがとう、優真くん。」

私の悩みなんて、優真くんはお見通しだったのかもしれない。

「どういたしまして。」

優真くんはそれ以上何も聞かずに、ただ一言そう返した。

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