第3話 ウソでも好きとか言えねーわ。

「珍しくボロが出たな、ウソツキ王子?」

 本当に眠っている間に昼休みになったらしく、物音で目を覚ましたら購買の袋を下げた藍沢クンに見下ろされている。

「お前のせいじゃん」

「ナイス助け舟だったろ」

 今度こそ本当の八つ当たりを意に介した様子もなく、隣に座って、勝手に昼食を食べ始める。今日はお気に入りの焼きそばパンが買えたらしい。

 俺の中はまだどろどろのぐちゃぐちゃなのに、藍沢クンは平然としているからムカついて勝手に袋の中のジュースを漁って飲む。それでもまだ怒らないところに更にムカついた。余裕かよ。

「いっそほんとに付き合っちゃう?」

 言ってみたら何故か泣きそうだった。意味が分からない。食べる手を止めて、藍沢クンは何故か俺の頭を撫でる。焼きそばの欠片つけんのやめてくんね、と言ったらちげーよ馬鹿、と怒られた。今日の藍沢クンは沸点が意味わからないところにある。俺の涙腺とおんなじ。

「俺、ケッコー上手く生きてきたんだよ」

 いじめっ子に正面から立ち向かったりしなくなったし。親の金で人になんかすんのもやめたし。顔がいいのはどうしたらいいかわかんねーから、とりあえず馬鹿っぽいこと言って、王子とか王様とか、そういうあだ名が付かないように立ち回ってきたし。

 なるべく周りの空気を乱さぬように。

 なるべく誰かを刺激しないように。

「空気みてーに、生きてきたわけ」

 そうしないと、どうやら自分は人間に擬態できないらしいから。

「お前のせいで台無し」

 何故か滲んだ視界で睨む。馬鹿だなって言いたげな顔で、藍沢クンは笑った。甘やかすみたいなその表情が気に食わなかった。

「さっきだって。ウソでもいいから話にのって、ノリ良く告白とかしちゃって、お前に盛大に振られて」

 言葉を吐きながら、なんでか頬が濡れている。雨でも降ってんのかと思って空を見たら、いつも通り眩しいから、あぁ、これは涙かと、やっと気が付いた。

「そういうのが、正解だって、知ってたんだけどな」

 泣いていることを認めたら、あっけなく声が震えた。子供みたいでみっともなくて嫌だった。藍沢クンの手がゆっくりと髪の上をなぞっていく。

「俺、お前には、ウソでも好きとか言えねーわ」

 言いながら、泣いている理由に気が付く。馬鹿みたいだ。藍沢クンとの関係にウソを持ち込みたくなかったとか。この透明でからりと晴れた晴天みたいな関係を濁したくなかったとか。

「ははっ。純情かよ」

 馬鹿にするみたいに笑う藍沢クンが、ムカついたから、焼きそばパンを掴む手に噛みついた。うわっ、いってぇ! と大きな声で怒られたけれど、知ったことじゃない。

「なんだよ、お前、意味わかんねえ。凹んでたんじゃねーのかよ」

 ため息を吐いて傷口を舐める藍沢クンに、笑い返して、言葉を吐いた。

「凹んでたけど、まーいっかと思って」

 明日から、教室に居場所がなくても。

 きっと、藍沢クンは今日も昨日も明日も、変わらずそこで俺の軽口に付き合ってくれるだろうから。

 あぁ、やっぱり、今日の俺はどこか馬鹿になっているらしい。



 嫌いだと言ってもそこに居て、露骨に顔をしかめても気まずくならない、この、乾いた相互依存の関係性に、寿命をほんの三分くらい延ばされているような気がするなんて。

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今日も、寿命が三分延びました。 甲池 幸 @k__n_ike

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