忘れ得ぬ愛の詩集

ぺんぺん草のすけ

第1話 忘れ得ぬ愛の詩集

「あなたが、A君を殺したんですね」

 私の目の前に座るちょっと間の抜けたような刑事が念を押すように口を開いた。

 ココは、地元警察の中にある取調室。

 私は今、一人の少年を殺した容疑で取り調べを受けていた。


「D多良目たらめさん、黙ってないで、答えてくださいよ」

 私の名前は、D多良目たらめD

 夫と娘Iアイの三人家族。

 だった……


「あなたは、CじまC子先生もA君と同じように殺そうとしたんですよね」

 CじまC子、Iアイの担任だった女である。

 私は、このC子も殺そうとしていた。

 だが、C子の部屋に突然駆けつけた警察官たちによって、それは直前で阻止されてしまったのだ。


「……誰がたれこんだのよ……一体、どこの誰がたれこんだのよ! アンタ! 言いなさいよ!」 

「D多良目たらめさん、落ち着いてください。名は明かせませんがあなたの事をすごく心配している人からの電話です」


 ――すごく心配している人?

 この刑事はバカか?

 個人が特定されるような重要なことを簡単に漏らすとは……

 口から発せられる言葉とは裏腹に、私の心の中はびっくりするほど冷静であった。


「どこの誰よ……殺してやる……そいつも、殺してやるから……」

「D多良目たらめさん、イジメられていた娘さんの弔いのつもりですか?」


「そうよ! 悪い! 誰もIアイの言うことに耳を傾けてくれなかったじゃない! Iアイの叫びを誰も聞こうとしなかったじゃない!」

「それは、親であるあなたも同じなのでは……」

「だからよ! だから、今、私があの子の代わりに復讐をしているのよ!」


「で、Cじま先生も殺そうとした……」

「それの何が悪いのよ! あいつらが、Iアイにしたことに比べれば、それでも足りないぐらいだわ!」


「A君にも、死んだら悲しむ家族がいるんですよ! 親だったら分かるでしょ! それぐらい!」 

Iアイにも家族がいたのよ! 私や夫がいたのよ! 私たちはどうでもいいの?」

「そうは言っていません……」

「なら、なぜ、あいつらは、へらへらと生きているのよ? 罪も償いもせず、平然と笑いながら生きていられるのよ?」


 娘のIアイが死んで以来、私はずっと自宅の部屋にこもっていた。

 薄暗い部屋の片隅には屈託のない笑顔で微笑むIアイの遺影と遺骨がひっそりと置かれていた。

 毎日のように遺影の前で泣き崩れる私を夫はいつもごつごつした手で抱きしめてくれた。


「忘れよう……もう……忘れよう……」

 涙を必死でこらえる夫は絞り出すようにいつもつぶやいた。

 しかし、その言葉を聞くたびに私は夫の大きな手を振り払った。


「どうしてIアイの事を忘れられるっていうのよ!」

「俺だって……俺だって……」


「あなたはいつもそう! Iアイの事を私に押し付けて知らん顔! 私はいつも一人だった!」

「だけど、このままでは、君壊れてしまう……」

「なによ今さら!」


「俺は……Iアイを失った上に君も失うのは……いや……だ」

「私にはIアイしかいなかったの!」

 泣き叫ぶ私は、いつものようにドアから外へと飛び出していた。


 外に飛び出した私は気が付くといつもここに立っていた。

 私の目の前には灰色の空の下に無機質な壁が無情にもそそり立っている。

 この壁の上から、Iアイは飛び降りたのだ。

 そう、ここはIアイが死んだ校舎の前。

 私は、気づくといつもここで灰色の空を見上げていた。


「D多良目たらめさん……授業中です……お引き取りを……」

 迷惑そうな声をかけてきたのはCじまC子であった。

 よほど校舎を見上げる私が鬱陶しかったのだろう。

 私が立っていると、いつも決まって彼女がすぐさま声をかけに現れたのだった。


 私はC子を睨みつける。

 ――こいつもIアイの声を全く聞かなかった奴だ。

 それどころか、いじめはなかったと隠ぺいした張本人である。

 ――こいつのせいで……

 ――こいつのせいで……


 ふと何かを感じた私は、校舎の二階に目をやった。

 そこはIアイが通っていたクラスがあった場所。

 その教室の窓から生徒たちが私の様子を面白そうに見下ろしてるのが見えた。

 おそらく担任のC子が授業そっちのけで教室から飛び出していったことで、また私がココに来ていることに気が付いたようなのだ。

 窓越しに騒ぐそんな生徒たちの中に忘れえない顔が二つ、他の生徒たちと同じようニヤニヤと笑い私を指さしていた。

 A君とB君だ。


 あの二人は、Iアイをイジメていた張本人。

 Iアイの涙で滲んだ遺書の中に名指しまでされていたやつらである。

 よほど悔しかったのだろう。

 紙が破ける程、彼らの名前を何度も何度も重ね書きしていたのだ。


 教室からのぞくA君とB君は、私の事を「また来やがったよ」とまるでバカにするかのような笑みを浮かべていた。

 あの笑み……Iアイの事をイジメていたというのに、全く反省していないのだろうか……

 いや、おそらく、イジメていたという認識すらないのかもしれない。

 どうして、Iアイだけが苦しんだの……

 どうして、Iアイだけが死ななければならなかったの……


 殺したい……

 こいつら全員殺したい……

 殺してやりたい……


 いや……


 殺す……

 殺す……

 殺してやる……

 きっと、殺してやる……


 待ってて……Iアイちゃん

 お母さんが、ちゃんと、全員、殺してあげるからね……


 ピンポーン

「Aさん、メガゾンからのお届け物でーす」

「はいはい! やっと来やがったよ! おせえんだよ!」

 ガチャリ

 バチン!


「A君……やっと起きた?」

 どうやら、Aは何か電気ショックのようなものを受けて今まで失神していたようだった。

 しかも、口にはさるぐつわを巻かれているせいで声すら出せない様子。

「うーーーウーーーー」

 咄嗟にAは体を動かそうとしたが動かない。

 裸にされたAの手足はベッドの上で大の字に固定され、胴体はしっかりと何重にもロープで固定されていたのであった。


「A君も大人だね……ここまで、おばさん一人で運ぶの大変だったのよ」

「うーーーウーーーー」

 大きく見開かれたAの目は、不安のせいかぎょろぎょろとせわしなく動き回っていた。

 どうやら未だにこの状況が理解できてないようである。


「これからIアイがされたことをあなたにします。それが平等ってものでしょ」

 そう言うと、私はビンから取り出したミミズをAの鼻の穴に無理やり突っ込んだ。

 だけどミミズも生き物。

 吹きつけられる鼻息を嫌がって穴から必死にもがいて出て来ようとするのである。

 それを私は折りそこなった割り箸を使って穴の奥へと深く深く押し込んだ。

 それも勢いよく、グッサリと!


「あら、ちょっと強すぎたかしら……まぁいいわ」

 上向くAの鼻の穴にみるみる赤き汁が満たされたかと思うと、頬に向かってトクトクと溢れ出していた。


「はい、次はゴキブリ。これをあなたの大切なところに入れます。って、男の子の大切な穴は小さすぎて無理かな?」

 と言い終わると、私はAの腹にナイフを突き刺した。


「ごgぉおぉお!」

 悲鳴にならない悲鳴を上げるA。

 目からは大粒の涙がこぼれ落ちていた。


 しかし、私はそんなAの様子を気にすることもなく、突きさしたナイフを下腹部へと一気に引き下した。

 ナイフの後を追って、腹の上に一条の赤き線が浮かび上がってくる。

 線は次第に太さを増していくと、Aの体の下に広がる純白のシーツを赤く染め上げ始めた。


「ハイ! だから、おばさんは、こっちの穴に入れちゃいます!」

 私はビンから取り出したゴキブリを握りしめると、ナイフで切り裂いた肉の裂け目へと力任せに突っ込んだ。


「これであなたも赤ちゃんを身ごもりました。ゴキブリの赤ちゃんをね❤」

 突っ込んだ手に内蔵を通してAの体温が伝わってくる。

 ――この子の体は温かい……でも、もうIアイは……


 忘れもしないあの日、Iアイの体は横たわり冷たかった。

 死臭漂う霊安室。

 やけに空気はヒンヤリとしていた。

 きっとそのせいなのだろう……

 私は固くなったIアイの手を取り、何度も何度も自分の手でこすり合わせた。

Iアイちゃん……寒くない……」

 しかし、何度こすっても、Iアイの手のぬくもりはすぐに冷めていく……

 抱きかかえIアイの頬に自分の頬を合わせても冷たいまま……

 もう、二度とあの温もりは帰ってこない……

 もう二度と……

 霊安室に私の嗚咽だけが静かに響いていた。


「やめてくれよ……おばさん……」

 暴れたせいでさるぐつわが緩んだのか、Aの口から言葉がもれた。

Iアイも、そういったんじゃない?」

 私は、ニコニコと微笑みながら彼の目にナイフを突き立てた。


「A君も、もう大人なんだから、やったらダメなことぐらいわかるよね?」

 必死にうなずくAは失禁していた。

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

「うん? 謝る相手が違うんじゃないかな?」

Iアイさん……ごめんなさい……もう、二度としませんから許してください……」

「そうか……A君はちゃんと反省できるんだ……」

「はい、反省しています……だから……だから……」

「でもね、もう、Iアイはもうこの世にいないの」

 !?

 私はナイフをAの首へと突き立てた。

 それも何度も何度も。

 ナイフを握る力がなくなるまで何度も何度も繰り返した。


 きっと私は幸せそうな顔をしていたに違いない。

 これで、天国に行ったIアイはA君から謝ってもらえるんだから。

 でも、よくよく考えるとA君って天国に行けるのかしら?


 あと二人……


 次の日、私はB君を探した。

 だけど、B君はいなかった。

 B君の家の新聞受けには1週間分の新聞が溜まっていた。

 どうやら、家族とでも旅行に出ているらしい。


 なら、先に担任のC子を済ませてしまおう。

 だけど、私は失敗した。

 同じようにC子を殺そうとしたとき、警察が踏み込んできてしまったのだ。


「あと二人も残っているのよ……あと二人も!」

「奥さん……二人も殺したら死刑ですよ……それでもいいんですか?」

Iアイがいないこの世に何の未練があるのよ!」

「娘さんが、復讐を望んでいるとでも思っているんですか?」

「思っているわよ! あの遺書を読んでみなさいよ!」


 がちゃり

 取調室のドアが開き、慌てたようすで別の刑事が中へと駆けこんできた。

 目の前の間の抜けた刑事の耳に手を当て何か報告をしている。

 それを聞く顔色がどんどんと険しくなっていくのがよく分かった。

 どうやら、何か重大なことがあったようである。


「D多良目たらめさん、1週間前の7月28日はどちらにいました?」


 意味が分からない私は黙ったままだった。


「旦那さんの実家がある○○町の廃工場知ってます?」

 ――忘れる訳がない……

 その場所はIアイが最初に自殺を図ったところだ……

 ただその時は、夫が早く見つけてくれて事なきを得た。


 この自殺未遂で娘へのイジメに気づいた私達は当然、学校を問い詰めた。

 しかし、学校はイジメの事実を認めない。

 それどころか、組織だって隠蔽しはじめたのだ。


 それ以来、娘は学校に行かなくなって部屋に引きこもった。

 だけど、それでもよかった……

 ……娘が生きてくれていれば、ただ、それだけで良かった……

 あんな学校に行かずとも、世の中には学校など他にもいくらでもあるのだから……


 しかし、陰湿なイジメは部屋に引きこもり逃げる娘すらも追い詰めていたのだ。


 死後にみた娘の携帯。

 そこには、とある掲示板の閲覧履歴が残っていた。

 その掲示板には娘の顔がはっきりとわかる写真とともに悪意にまみれた文章がびっしりと書きこまれていた。


 鼻からミミズを食べる女!

 只今、ゴキブリ出産中!


 もはや娘への嘲笑は、学校だけにとどまっていなかったのだ……


「B君、知ってますよね?」

「ええ」


 目の前の刑事は続けた。

「○○町の廃工場でB君も遺体で発見されました」


 !?

 一瞬、叫びそうになった私は、ぐっとその声を呑み込んだ。


 ――どういうこと? だけど……B君が死んだ事は嬉しい知らせだ。ただできることなら、私の手で殺したかったけど……

 私は黙ったままほほえみ返した。


「アンタ! まさか! B君まで、殺していたのか⁉」

 !?

 どうやら間抜けのコイツは、私がB君を殺害したと思っているらしい。


 まぁ、いずれ殺すつもりだったから、それでも構わないのだが……

 しかし、一体だれがB君を殺したのだろう……

 ふと気になった私は、間抜けな刑事にカマをかけてみた。


「プレゼントは気に入っていただけました?」

「ゴキブリの事か! B君のケツの穴に詰め込まれたゴキブリの事か!」


 ゴキブリ? ゴキブリをお尻の穴に突っ込まれていたの?

 それはまるで男の子にゴキブリを出産させるかのようではないか。

 そう、それはまさしくIアイがされた事と同じ事……


 そうか……

 そうだったのか……


 その瞬間、私は全て分かった。

 私の事をたれ込んだ人物。

 そして、B君を殺害した人物。


 あぁ、私は愛されていたんだ……

 そして、Iアイのことも私以上に愛していたんだ……

 おそらく、今の私以上に心が壊れてしまっていたのだろう……


 なら、今の私ができることはただ一つ。

 こいつらの目をできるだけ長く今の私に釘付けすることだけなのだ。

 そう、残る一人が片付くまで……


 微笑む私は口を開いた。

「ハイ……私がB君を殺しました……」

 しかし、なぜだか微笑む目から涙がとめどもなくこぼれ落ちてしまうのだ。

 ……ありがとう……そして、気づいてあげられずに、ごめんなさい……


 ピンポーン

「Cじまさん、メガゾンからのお届けモノです」


 そんな男の声に、鉄製のドアがけだるそうな音を立てながら開いていった。

 中から顔を出す女はさらに不機嫌な様子。


「ちょっと、アンタ分かってる? いま私、警察の病院から帰ってきたところで大変なのよ………」


 だが、男は我かんせず。

 ゴツゴツした手でもった受書をC子へと突き出した。


「こちらに受け取りのサインをお願いします」

「何これ? 私、頼んだ覚えは無いんだけど? 中身なに?」

「えーっと、詩集みたいですよ」

「『忘れ得ぬの詩集』? なんか……超くさいんですけど! ハハハ!」

「……えぇ、決して忘れられない程……でも、これからあなたも、と同じように死臭を放つことになるんですから……」


 バチン!

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