第29話 ︎︎始まりの神
昼食を終えた後、俺とキーナはまた応接室で向き合った。朝とは違って、キーナは落ち着いている。
俺は改めて問いかけた。
「で、ファナタスについてだけど、神話とかあるの?」
そんな問いに、キーナは頷き、口を開く。
「まず初めに、大地と空があり、神がこの地に降り立った時には深い闇に覆われていた。神は嘆いて天に手をかざすと、闇が集まり雨雲となって大地を潤し、広大な海を形成して小さな生命が誕生したわ。神は大地に種を撒き、草花が芽吹き、世界に色が広がっていった。恵みを得た世界はまさに楽園よ。海には魚や珊瑚が、大地には昆虫や大小の動物が、空には鳥やドラゴンが飛び交った」
つらつらと述べられる声に俺は意識を集中する。だけど、次第にキーナの表情が曇っていく。
「……でも、順調に見えた世界創世に、ひとつの綻びが現れたの。それは初め形を持たない影だった。小さく、それでいて濃い闇。神は気付けなかったわ。だって世界規模の管理をしていたのだもの。その間に、大地の隅に落ちた影は徐々に大きくなっていった」
ひとつ息をつくと、顔を上げ俺を見据える。
「その闇はやがて力を持ち、魔王となった。それが原初の魔王、闇集いしファーザイオよ。その体は人ならざる者。醜く這いずる巨大なスライムのようだったと聖書には記されているわ」
そしてまた、俯きスカートをきつく握りしめた。
「魔王の支配する世界は荒廃し、死が蔓延る地へと変貌していったの。そこへ神が一滴の光を落とすと、その光は波紋となって広がり、悪しき者達を討ち滅ぼした。それが勇者の始まりだと言われているわ。そして、世界に光が満ち、命が再び芽吹いていった。けど、魔王は邪念によって生み出される存在よ。命が増えるほどに、邪念もまた増えていくわ。凝り固まった邪念は魔王を生み、勇者が降臨する。そうしてこの世界は回ってきたの」
キーナの話を聞いて、俺は首を捻った。
「邪念が魔王になる? ︎︎じゃあ、原初の魔王って何だ。その頃はまだ人間がいなかったって事だろ? ︎︎何が魔王を生んだんだ?」
そう聞くと、キーナはスカートを握りしめ、ぽつりと呟く。
「……神よ」
その一言に、俺は呆気に取られた。馬鹿みたいに口を半開きにしたまま、ポケっとキーナを見つめる。
「え、神? ︎︎神の邪念……? ︎︎なんだそれ。神と言えば全知全能の存在だろ。俺を捨てた天使もそう言ってたぞ」
しかし、キーナの顔色は芳しくない。
「ファナタスの創造神はまだ若い神とされているわ。この世界と同じような世界が幾つもあって、それぞれ神が創り上げるの。でも、ファナタスの創造神……アマノマコトノカミは若いが故に、この世界を創るのに苦戦した。長い年月をかけ、何度も生き物を創り、何度も滅んだわ。それを繰り返すうちに、神の御心は疲弊していったの。その苦悩が魔王を生んだ。それを平定するために、勇者もまた生まれた」
あー、古事記でもそうだな。伊邪那美が先に声をかけて産まれた神は
そして、この蛭児の後にアハシラという神が生まれるが、蛭児と共に神には数えられないらしい。そうして幾度かの失敗を経て、島国となる神々が生まれるわけだ。
聞いた感じ、ファナタスは唯一神みたいだし、ワンオペで大変だったのかな?
でも、それより重大な情報が出た。
アマノマコトノカミ。
これ、日本の神に通じる名前じゃないか?
俺はグッと顔を近付け、キーナに問う。
「アマノマコトノカミ。それが、お前達の神の名か」
険しい表情の俺を、キーナは少し怯えながら頷いた。
「え、ええ。創世神話の始まりの神よ」
その言葉に、俺は俯き考え込んだ。
そんな俺を不審に思ったんだろう、キーナが声を潜める。
「何、どうかしたの……?」
顔を上げて青い瞳を見つめると、しっかりと視線が交わされる。意を決して俺は口を開いた。
「お前の神は、俺の国の神と同一の系列かもしれない」
キーナの肩が、ビクリと跳ねる。その瞳はまるで、俺を化け物でも見るかのように、驚愕の色を濃くした。そして、漏れる震えた声。
「どういう……事……?」
チートなんざクソくらえ!! 文月 澪 @key-sikio
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