図書館員の憂鬱

あまたろう

本編

 私が図書館員としてアルバイトを始めてから6ヶ月になる。


 そんなに長いわけではないが、これだけ働いているとたまに不思議なことにも遭遇する。

 基本的に毎日館内を見回って、本棚が乱れていないか、ゴミが落ちていないかは確認しているが、何度か同じ本が通路に落ちていることがあるのだ。


 『群像冒険譚』という本だった。


 2回目まではさほど気にならなかったが、この6か月で実に4回、通路に落ちているのを片づけた記憶がある。

 普段はそんなに通路に本が落ちていることなどないだけに、さすがにこれだけ同じ本が落ちていれば嫌でも気になる。

「ん、そうなの? あんまり見回りなんかしてないからわからないや」

 同じ図書館で働いている同僚は役に立たない。

「で、今日また拾ったんだけど、この本」

「なになに、『群像冒険譚』か。で、読んだの? これ」

 そういえば読んでないな。……というか、貸出履歴を見ても、この本はこの図書館に蔵書されてからまだ一度も借りられていない。

「え、こわ。じゃあ何でそんな頻繁に通路に落ちてるわけ? 勝手に本棚から抜け出したとか?」

 本を開こうとして、とたんに背筋が寒くなるのを感じた。そんな怖いこと言わないでよ。

「ごめんごめん、まあそんなわけないじゃん。本の装丁が歪んでて、ちょっとの振動でも落ちやすいとかじゃないの?」

 なるほど、それは一理ある。役に立たない発言は撤回しよう。

 再び本を手に取り、パラパラとめくってみる。

 群像、というだけあって、確かに何人もの視点から物語が作られている。……が、登場人物が多すぎる。しかも、どれも最初の村から出てすぐに敵にやられてしまっている。

 冒頭こそ何やら物々しいシーンから始まってはいるが、こんな調子では最後にもう一度この登場人物たちが活躍するとか、何かの伏線になっているとかという線は考えにくい。なんだこの本は。

「なんかつまんなそう」

 同僚に言われ、私も途中をすっ飛ばして最後の方だけ読んでみる。

「最後も同じ調子だよ。最後の登場人物が何か途中のボスみたいのと戦ってるところで本が終わってる」

「え? じゃあ続きがあるってことかな」

 スマホで検索してみたが、『群像冒険譚』という本はヒットしなかった。「群像」も「冒険譚」もよくある単語なので、検索の海に沈んでしまってるのかな。

「そういえば変な本だねこれ。著者の名前も印刷会社の名前も書いてない。いつ発売されたのかもわかんないね」

 確かに同僚の言う通りだった。タイトルと本文のページしか存在しない。

「だんだん本格的に怖くなってきた」

 とりあえず本は元あった棚に返し、この日は家に帰った。


 次の朝出勤すると、同僚が最近にしては珍しい開館前の来客に対応していた。

 何やら、昨日「図書館に行く」と言って家を出てから帰ってきていない子がいるという保護者のようだった。

 さすがの同僚でも、本棚は見なくとも人が館内に残っているかどうか確認することには手を抜かないので、昨日の閉館時点では人は残っていなかったとはっきり伝えた。

 そうですか、と保護者は肩を落として帰っていったが、私はその行方不明の子の名前を聞いて背筋が凍った。

 慌てて昨日の本を取りに走り、確認する。

 そこにははっきりと、行方不明の子の名前で冒険が始まっていた。

 しかも、昨日時点ではボスと戦っていたところで終わっていたはずの物語に新しいページが追加され、さらなる冒険に出かけたという内容で終わっている。


 ……うん、いや、まさかね。


 通路に落ちていたのは、うっかり本を開いてそのまま本に吸い込まれたから、ということは考えられないだろうか。

 そんなはずはない、と自分に言い聞かせる。

 それならなぜ私は吸い込まれないのか、という話になるが、もしかしたら今冒険してる子がゲームオーバーになってしまった場合、新たな冒険者をこの本が求めるようになり、そのタイミングでもし私がこの本を開いてしまったら……。


 ……。


 私は登場人物全員の名前をメモして、その本をそっと棚に戻した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

図書館員の憂鬱 あまたろう @amataro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ