仲間はずれゲームでの謎

白里りこ

仲間はずれゲームでの謎


 定期試験の一週間前、私たちは志乃しのの家で勉強会を開いていた。みんな、こたつの四辺にそれぞれ座って、お菓子とジュースを嗜みつつ、ノートや教科書を読んだり、書き取りをしたりしている。

 だが中学一年生の女子が四人も集まって、順調に勉強が進むはずもない。じきに飽き性の璃々りりが口火を切った。


「っていうかさ、みんな、先週のアニメ見た!? あれビックリしたんだけど!!」

「璃々、勉強中だよ」

 私がたしなめたが、璃々は聞かなかった。

「だってもう飽きたもん。まだ試験までは一週間もあるし。折角みんなで集まってるのに、これじゃつまんない」

「私も疲れた〜」

 沙羅さらも間延びした声でそう言ってこたつに顎を乗せた。

「もう……」

 私は困ってしまった。

「そうしたら、息抜きに一度ゲームでもやらない?」

 志乃がぱたんと教科書を閉じて、提案した。

「ゲーム?」

「そう。最近うちの部活で流行っているんだけど。『仲間はずれゲーム』って呼んでいて……」

「何か悲しいネーミングだね」

「ふふっ。雑談しながら進めていく推理ゲームなの。まず、ゲームマスターがプレイヤーにそれぞれ単語のお題を出す。三人中二人には同じお題、一人には違うお題を出すから、みんなで誰が『仲間はずれ』なのかを推理する。簡単でしょう?」

「それはつまり、自分のお題を他の人に教えたら駄目ということ?」

 私は確認した。志乃は頷いてみせた。

「もちろん。自分のお題をバラすのは反則。ただ、例えば自分のお題が『りんご』だったら、『このお題は果物だよね?』とみんなに確認を取ったりして、探り合いをするの。嘘ならいくらでもついてオーケー。無事に仲間はずれの人を当てられたら正解チームの勝ち。当てられなかったり票が割れたりしたら、仲間はずれの人の勝ち」

「ふーん。いいね。やってみたい!」

 璃々が食いついた。

「面白そう〜。私も賛成〜」

 沙羅が言った。

 私も頷いた。


「分かった。ありがとう」

 志乃はにっこりした。

「じゃあ私がゲームマスターをやるね」

 志乃は素早くスマホを操作した。

「みんな、スマホを見て」

 私は言う通りにして、志乃からのメッセージを読んだ。


 ──『太陽』。


 みんなが無言でメッセージを見たのを確認すると、志乃は再び口を開いた。

「では、タイマーで五分間計ります。それまでに推理して、最後に仲間はずれだと思う人をせーので指差してね」

「はーい」

 三人は声を揃えた。

「あっ……、危ない、忘れてた」

 志乃が慌てて付け加えた。

「もし仲間はずれの人が当てられちゃった場合でも、復活のチャンスがあるの。それは『正解のお題を言い当てること』。言い当てられちゃったら正解チームの負けだから、みんな、お題を悟られないように注意してね」

「はーい」

「じゃあ、始めるよ。用意、スタート」

「……」


 しばらく、沈黙が降りた。

 だが、しびれを切らした璃々がじきに「はいはいはーい!」と手を挙げた。

「これは、『光るもの』だよねっ!?」

「うん」

 私は恐る恐る頷いた。

「そうだね〜」

 沙羅は微笑んだ。

 光るもの。思いつくのは色々あるが……。

「……。それから、『空にあるもの』じゃない?」

 沙羅が意外と踏み込んだことを言った。ここまで言うと候補はかなり絞られる──「太陽」の他には「月」「星」それに「雷」くらいか。あとは「彗星」「惑星」とか……これは「星」のうちに含まれるかどうか。

「うんうん、空にあるね!」

 璃々は躊躇なく同意した。

「うん……。というか、宇宙にあるもの……『天体』、だね」

 私も同意し、付け加えて無難なことを言った。何か発言しないと疑われかねないと思ったのだ。

「そうだね」

「えっと……本当だ! そうだね」

 無事に二人の同意を得られたので、私は安堵した。

 光ることと空にあることが特徴のものなら、要するに天体なのはほぼ確定なので、私は特に情報を出していないも同然だった。強いて言うなら「雷」を切り捨てた。「雷」は落ちるものであって、「空にある」というのはどうにも不自然な表現だと思ったのだ。他にも「UFO」や「飛行機」などもあるが、いの一番に「光る」という特徴を挙げるほど光ってはいないので、これも切り捨てる。


 志乃はにこにこして様子を見ていた。一人でだけ答えを知っている状況で、この腹の探り合いを見るのはなかなかに楽しかろう。


「宇宙って言うなら〜……『そこにヒトは行けると思う?』」


 沙羅が尋ねた。

 私は目を見開いた。

 これは……質問系で来たか。

 唯一ヒトの行ったことがある地球以外の天体、「月」。

 私か璃々のどちらかが「月」なのかどうか、沙羅は気になったのだろう。

 質問は相手の反応を探れる格好の機会を作り出すが、同時に自分のお題がバレる危険性も伴っている。「ヒトが行けるかどうか」、こんな問いを思いつく時点で、沙羅のお題は「月」である可能性がぐんと上がる。

 あとは「月」が正解か否かの問題があるが……つまり、璃々が「月」なら私が仲間はずれという結論になるが……。


「えっ、無理じゃない? 死ぬよ!」

 璃々は真っ先に言った。

 私はその言葉を聞いてから、安心してほっと溜息をついた。落ち着いた気持ちで、璃々の言葉を肯定する。

「そうだね、それにめちゃくちゃ時間がかかるよ」

「……だよね〜」

 沙羅は言った。


 璃々が「月」である可能性は消滅し、同時に「太陽」であることがほぼ確定した。私と璃々とが正解チームで、沙羅が仲間はずれの可能性が高い。ゆえに、私は沙羅を指差せば良い。

 沙羅はうまくやろうとして、墓穴を掘ったことになる。


 あとは璃々と沙羅が誰を指差すかにかかっている。


 まず前提として、二人には私のお題が何なのか……「月」なのか「太陽」なのか、はっきりとは分からないだろうということを念頭に置く。私はまだ当たり障りのないことや、相手に合わせたことしか言っていないからだ。沙羅に至っては、私や璃々が「星」である可能性も捨てきれていないはずである。


 それを踏まえて、璃々が素直に沙羅を指差してくれれば話は早い。璃々にとっては、少なくとも自分と違うお題を持っていそうな沙羅を選ぶことは、論理的に正しい。それは自分が正解チームであった場合に仲間はずれを言い当てることに繋がる。自分が仲間はずれの場合はどちらを選んでも構わないから、やっぱり璃々は自分が正解チームであることに賭けるのがいいと思う。

 そして沙羅はというと、恐らく璃々が自分を選ぶであろうことは頑張れば想像がつくはずだ。ならば少しでも「月」の可能性のある私に働きかけて、私に璃々を選ばせようとしつつ、もしもの時のためにもう一つのお題が「太陽」なのか「星」なのかを見極めようとするのが得策である。

 だがその策はうまくいかないだろう。私はもう答えが分かっていて、沙羅を指名することが決まっているからだ。……となると……。


 しばらく沈黙が続いた。「難しいねー」「そうだねー」などの無意味なやりとりがぽつぽつとなされる。しかし、やがて沙羅が動き出した。


「ねえ〜、璃々」

 沙羅は笑いかけた。

美希みきが怪しくない?」

「えっ」

 私は動揺して目を泳がせた。思っていたのと違う動きだ。

「えっ? 私は沙羅が怪しいかなと思ったんだけど!」

 璃々は驚いた様子で言った。

「でもほら見て、明らかに後ろめたそうな顔してる」

 沙羅が指摘した。そう、表情や態度などから真相を見極めたり相手を撹乱したりするのが、このゲームの賢いやり方なのだろう。そして私は今、明らかに動揺してしまった。沙羅はこの機を逃さなかった。

「それにさっきから美希は、当たり障りのないことしか言ってないな〜って思って。その場に合わせて同意してるだけで、詳しいことは言ってないもん。きっと知られたくないことがあって、わざと誤魔化してるんだよ。……美希は本当に、璃々の仲間なのかな〜?」

「それは……確かに……」

 璃々が納得しかけたので、私は慌てた。このまま璃々が流されてしまっては、まんまと私に票が集まってしまう。そうしたら璃々もろとも負けだ。それは避けたい。

「あのっ、私は仲間はずれじゃないよ! 私も……沙羅が怪しいと思う!」

「ほら〜、また、璃々の意見に合わせるようなことしか言ってない」

「そ、そうじゃなくて私は本当に……」

「うえー! 分からなくなってきちゃった! 美希、嘘ついてるの!? ついてないの!?」

「ついてない」

「わーん! 本当かどうか分からないよー!」


 ふふふ、と志乃が笑っている。私たちは見事に面白がられている。してやられた感が強い。

 それにしても、と私は思った。

 沙羅の行動は謎だ。

 私に矛先を向けるばかりで、お題を探ろうともしない。

 志乃も沙羅もにこにこして……否、にやにやして私と璃々を見ている。

 何なんだ一体。


「でも待ってよ……。私と沙羅は、違うお題だと思ったんだった」

 璃々が急に冷静になった。

「……」

 沙羅は笑みを崩さない。

「ってことは、美希のお題次第では私が仲間はずれかもしれない……? ううん、でも……そしたら……あっ」

 璃々は私を見た。

「美希、さっきはどうして沙羅が怪しいって言ったの? 私に合わせたの?」

「ち、違うよ。私と璃々が正解チームで、沙羅が仲間はずれだと思ったから……」

 私はそのまんまのことを言ったが、それで璃々には充分なようだった。

「ほら!」

 璃々は沙羅を見つめた。

「美希じゃなくて沙羅が嘘つきじゃない!?」

「ええ〜そうかなあ〜。今のは美希が私を陥れようとして、咄嗟に嘘をついたんじゃない?」

「ええっ!? そうなの!?」

「つ、ついてない、嘘なんかついてないよ」

「うぎゃー! 本当に分からなくなってきた!」


 その時、ピピピピピとタイマーが鳴った。五分が経過していた。


「それでは話し合いは終わり」

 志乃が言った。

「投票の時間です。みんな、誰にするか決めた?」

「決めたよ」

「決めた〜」

「ん〜、う〜、決めたっ!」

「分かった。じゃあ行くよ。せーの!」

 志乃は言った。ビシッと三人はそれぞれ人差し指を出す。


 私は、沙羅に。

 沙羅は、私に。

 璃々は、沙羅に。


「投票の結果は沙羅だね」

 志乃は言って、少し間を置いた。

「……当たり〜! 仲間はずれは沙羅でした! ここで沙羅にチャンスが与えられます。正解のお題は何でしょう?」

 私と璃々は固唾を飲んで沙羅を見守った。沙羅はあっさりとこう言った。

「『太陽』かな〜」

「当たり〜!! ということで、結果は、沙羅の一人勝ちです!」

 志乃は沙羅に拍手を送った。


「あー! 負けた!」

 私は床に手をついて天井を仰いだ。

「わー、こんな感じなんだー!」

 璃々はこたつの中で足をばたつかせた。

「『ヒトが行けるかどうか』なんて聞くから、沙羅のお題は『月』だと思ったんだけどなー!」

「そうだよ〜」

 沙羅はのんびりとジュースを一口飲んだ。

「でも『行ける』でも『行けない』でもなく『行ったら死ぬ』って璃々が言ったから、もう一つのお題は『太陽』だと思ったんだ〜」

「どういうこと?」

 私は顔を上げた。沙羅は何でもないことのように言う。

「お題が『星』とかの太陽以外の恒星なら、死ぬ云々以前にまず距離的に無理だから、真っ先に『行けない』という答えになってもおかしくないよね〜。でも璃々は『行けないこともないが死ぬので無理だ』とも取れる答え方で即答した。それなら『太陽』かな〜って。実際に技術的に太陽に行けるのかどうかは知らないけど、他の星よりは太陽っぽいな〜って。あ、因みに『惑星』とかも少しは考えたけど、璃々の話しっぷりから見てそれは無いなと思ったよ」

「あの短時間でそこまで考えてたの?」

 璃々は呆れ返っていた。


「で、でも」

 私はもう一つ疑問に思っていたことを尋ねた。

「なんでさっきは私が怪しいって言ったの?」

「それは、璃々に美希を選んで欲しかったからだよ」

「それは分かるけど……私に璃々を選ばせようとしなかったのは何故? 私が『月』の可能性も残っていたのに……」

「ああ、だって……」

 沙羅はおかしそうに言った。

「美希ったら、璃々が『太陽』だと分かった途端に、すごく安心したみたいな顔で溜息をついていたから。あっ私が仲間はずれだな〜ってすぐに分かったよ」

「……」

 私はちょっと恥ずかしくなって黙った。私はそんなに分かりやすかっただろうか……。

「だからどっちかを丸め込む必要があって。それなら璃々がやりやすいと思ったんだ〜」

「ええーっ、何それーっ」

 璃々が声を上げる。


「すごい、すごい」

 志乃が改めて拍手を送った。

「いやー、見ていても楽しかったよ。みんな顔でも言葉でもガンガン情報を出しちゃうからヒヤヒヤしたけど、何とかなるもんだね!」

 私はむくれて志乃を睨んだ。

「次はもっとポーカーフェイスでやるから!」

「う〜ん、美希には無理じゃないかな〜?」

 沙羅が言った。

「私も次はみんなの顔もっとよく見てみようっと!」

 璃々も言った。

「次かぁ」

 志乃は苦笑した。

「じゃあ一時間後に二回戦をやろうか」

「一時間後?」

 私は首を傾げかけて、「あ」と言った。志乃は吹き出した。

「お忘れかもしれないけど、今は勉強中だからね。ゲームは息抜き」

 そうだった。これは勉強会の集まりであった。

「うえー、また勉強かぁ」

 璃々がつまらなさそうにぼやいた。

「まあまあ、二回戦を楽しみに、もう少し頑張りましょう」

 志乃は言って、こたつの上に教科書を広げ直したのだった。


おわり

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