関係進展を狙って記憶喪失のふりをしたらバレてたけど幸せになったよ!

赤茄子橄

本文

ふむふむ、なるほどなるほどぉ。

記憶喪失になった幼馴染の女の子を甲斐甲斐しくお世話しているうちに恋愛感情が育まれて2人はゴールイン、かぁ。


この少女漫画の展開、とっても参考になりそう!


私もいい加減、ユキくんとの関係を進めたいからね。



「チサちゃん、そのマンガそんなに面白いの?」


「え? あ、うん、そうなんだよ、ユキくんも読む?」


「そっかぁ。うーん、そのうちね〜」



興味ありそうに質問してきたくせに、妙に適当なお返事を返すユキくん。

私の1つ年下の幼馴染で、いつでも誰に対しても優しい男の子、惑衣陽幸まどいはるゆきくん。


生まれたときからの幼馴染だから、今となってはもう18年来の関係。


理由とかきっかけとか、そんな大層なものはなくて、物心ついた頃には好きになってた彼。

なのにこの18年間、めぼしい進展もないまま、半ば家族みたいな関係に落ち着いてしまっている。



彼の傍にいるのはとても居心地がいい。


女の子みたいにきれいな肌。

切れ長で涼し気な目元。

輝くような黒くて細いショートヘアー。

細長いけど力強い指や、意外とがっしりした腕。


ご両親譲りなスペックの高さは、そういう見た目だけじゃなくて、精神的な部分とか認知的な部分も含まれてる。


誰に対しても公平で優しく接して、誰かを贔屓したりしない。

運動も勉強もできて、いろんな知識もあるのに、それをひけらかしたり自慢したりしない。


常に一所懸命で、みんなに慕われるカッコイイ男の子。

毎日のように女の子たちから告白されては、「君とは付き合えない」って断ってる、モテモテな男の子。


年上の私が甘えても、丁寧に面倒を見てくれる彼。



今日も私はユキくんの部屋で、彼のベッドに寝転がって漫画を読ませてもらってる。

ユキくんの部屋を訪れるための口実づくりとしてってのが本音なんだけど、私は漫画とか雑誌をユキくんの部屋の本棚に置かせてもらってる。


今読んでる漫画も、既刊は彼の本棚に並べさせてもらってるやつの、今日買ってきた最新刊。


ユキくんは少女漫画はあんまり読まないのに置かせてくれてる優しさ!


それなのに文句の一つも言わないどころか、甲斐甲斐しくお世話してくれる始末!


とまぁ、そんな感じで、ユキくんの近くにいるのはとても居心地がいい。



だけど、だからこそ、関係を進めたいっていうのはずっと思いつつも、この居心地のいい関係が壊れてしまって、部屋にも来れなくなっちゃったりしたら......。


以前、「どうして女の子たちからの告白を断るの?」って聞いてみたけど、「僕にその気持ちがないからかな。気持ちを送っても返してもらえないって関係は、悲しいもんね」なんて返されたことがあった。

だからもし、私も告白して、「君とは付き合えない」って断られちゃったら......。


そう思うと、なかなか踏み出す勇気が出ないで、何年もこのヌルい関係を続けるに至ってしまっている。



でも私だってちょっとは頑張ってるんだよ!?

今日だって、真っ赤な勝負下着を履いて、スカートは完全に捲れ上がらせて丸見えにしてベッドに寝転んでみてる!


もう夕方も過ぎて夜に差し掛かる時間なのに、花の大学1年生の女がこんな無防備な格好で男の子の部屋にいるんだよ!?

据え膳食わぬはなんとやらだよ!


......なのにユキくんはそんなのお構いなしにペンを走らせ続けてる。

そりゃあ今年受験なんだから、8月の今は受験勉強の一番の頑張り時だってのはわかるんだけどさぁ。



それにしてもあまりにも靡かなさすぎて涙出そうになるよ......。


こんなの完全脈なしで、ただのお姉ちゃんだと思われてるに決まってる......。

いや、もしかしたら年上の威厳すらなくって、妹みたいに思われちゃってるかもしれない......。


部屋のお掃除もお勉強も見てもらってるし、日によってはお料理とかも作ってもらったりして。

私的には必死でアプローチしてるつもりだけど、単なる世話の焼ける幼馴染って思われてるかもしれない。


っていうか考えてみたら、単にだらけた女がいるだけで、アプローチになってなかったかも。




記憶喪失からの、世話焼きからの、ラブラブ!

さっき読んだ漫画の展開にインスピレーションを得た私のアイデアは、こんな状況をひっくり返すきっかけになるかもしれない!


世話焼き自体はいつも通り変わらないけど、『私が頼れるのはあなたしかいませんよ』っていう状況設定は、もしかしたらユキくんの心を打つかもしれない!


もし全然だめだったとしても、冗談でしたってことで済ませばいいしね!


そうと決まれば今日は一旦家に帰って作戦を練るぞ〜!



「ユキくん! 私今日は帰るね!」


「えっ............早いね。何か用事?」


「うんっ、ちょっと野暮用だよ!」


「......そっか。それじゃあ送っていくよ」


「大丈夫だよっ。すぐそこだし。ユキくんはお勉強に集中しててほしいな」


「......そう?」


「うん、無理しすぎないでね♪ それじゃ、また明日ね。チュッ♡」



今日も最後にユキくんに投げキッスでアピールを欠かさないよ!

ユキくんまた勉強机に向かっちゃって顔を背けちゃったし、意味ないかもしれないけど..................。



*****



私の家はユキくんのお家から歩いて1分くらいのところにある。

だから外は暗いと言っても、本当にお見送りなんて必要ないくらいの距離なんだ。


私は自分の部屋に帰ってすぐ、デスクに向かってルーズリーフを1枚取り出す。

メモしながら作戦を練っていくためにね。



えっとぉ、まずは作戦の大まかな筋道を考えてみようかな。








よし、できた。

基本的にはこんな感じだよね。


=====

1、私、記憶喪失になる。

2、家族のことも何もかも忘れてしまった私をユキくんがものすごく心配する。

3、ユキくんとの姉弟みたいな関係も忘れてるから、どこかそっけない私にユキくんは普段と違う女らしさを感じる。

4、面倒を見てくれるユキくんのことだけは、心のどこかで覚えてるみたいな素振りを見せる。

5、ユキくんだけが私を支えられるんだって感じてもらって、使命感に燃えてもらう。

6、女らしさを感じてる無防備な私のお世話を焼き続けることでユキくんは発情する。

7、ユキくんは我慢できずに野性が爆発する。

8、ユキくんとの激しい行為の刺激で記憶を思い出す私。

9、記憶のない私を襲ったことで、ユキくんの弱みを握ったことにして、お付き合い開始。

10、イチャラブ。

=====


うん、こんな感じだ。完璧。


あとは途中でバレちゃったり、うまく実行できなかったときの場合も想定して、計画を練っていかないとね。



えっと、まず記憶喪失になるところだけど、これは実際に記憶を失ったりしたら計画どころじゃなくなっちゃうから、演技で記憶がないふりをするようにしなきゃだめね。


あとは、いつもと違う私を見せて、女らしさを感じてもらわないとね。

普段雑な話し方しちゃってるし、ここは丁寧語で話したりしたら、ドキッとしたりしてくれるかな?


か弱くてユキくんがいないと何もできずに不安になる、っていう展開に持っていかないといけないんだよね。


ほっといてもユキくんは過保護な子だから、めちゃめちゃに構ってくれるだろうけど、念には念を。

縋り付くような演技をするようにしないと。


けど、一番の問題は、ユキくんが発情してくれるかってところだよねぇ。

普通にしてたって、今までと同じように何でも無い感じでスルーされちゃう可能性が高い。


この作戦で大事なのは、か弱い私が唯一頼れるユキくんに縋り付くことで庇護欲を駆り立てるってこと。


中長期的な作戦になりそうだし、病院に連れて行かれちゃったりしたら面倒だしなぁ。

なんとかして病院には行かずに、自宅療養ってことにしてもらうようにしなきゃ。


うーん、これはパパたちにも協力してもらわないとだめかも。


私の気持ち、パパとママ、ユキくんのお父さんとお母さんには気づかれてるみたいだし、協力してくれるよね?



よーしっ!

じゃあ、こんな感じでユキくんの弱みを握って、イチャラブロードを突き進むぞ〜!



*****



「ユキくん、おはよー! 今日も来たよ............!?」


ドテンッ、ゴンッ!


いったぁ! 思ってたより強くぶつけすぎた......。

でも、コレくらい思い切りいいほうが記憶喪失になるのが現実感帯びていいかも!


よしよし、気を失ったふり気を失ったふりっと。



「うわっ!? チサちゃん!? すっごい勢いで転んでぶつけたみたいだけど、大丈夫!?」



ユキくんが慌てて私の方に駆け寄ってくる。

うんうん、優しくて心配性なユキくんなら絶対そんな反応になるよね。


ちょっと心苦しいけど、しばらくは起きないで、頭を打った衝撃が凄かった感を演出しないとね。



「チサちゃん? チサちゃん!? ねぇチサちゃん、まじで大丈夫!?」


私の肩を優しくトントンって叩きながら意識を確認するユキくん。

ものすごく心配そうな声をあげてくれてる。


普段はある程度の緊急事態だったら落ち着き払って対処するユキくんがこんなにも取り乱してくれるなんて!

なんだか嬉しいなぁ♪


でも、あんまりやりすぎちゃうのはダメだよね。

そろそろ目を覚ますことにしよっと。



「はっ!?」


「あっ、チサちゃん! よかった、目が覚めたんだね。意識はハッキリしてる? まさかホントにこんなに強く打つだなんて......。痛いよね、すぐ氷嚢持ってくるからね!」



ドタドタと慌ただしく部屋を出ていくユキくん。

確かに結構ガッツリ後頭部打っちゃったし、普通に氷嚢はほしいかも。



1分くらいして、また慌ただしくユキくんが部屋に戻ってくる。



「チサちゃん、これで冷やして! きっとコブできちゃうよ。えっと、それよりも意識は大丈夫? この指の数は何本かわかる?」


「えっと、2本......」


「うん、よかった、視覚は大丈夫そうだね」



あまりにも矢継ぎ早に捲し立てるから、勢いに押されて私が予定してたセリフじゃなくて、普通に答えちゃった。


いけないいけない。

予定通りの流れに戻すぞ〜!



「えっと、コレ、ありがとうございます。それで............ごめんなさい、あなたは......どなたですか?」


「え?」



うっ。

そんな絶望したような目をされちゃったら心が痛むじゃん!


でも、負けないよっ。



「ここはどこなんでしょう......。なんで私はこんなところに......?」


「チサちゃん。冗談、だよね......?」


「チサちゃん......。それは、私の名前、ですか?」


「っ!?」



できる限り迫真のとぼけた演技を披露する私。

ユキくんの表情を見るに、完璧に信じてくれてる。


もともと人を疑うってことをあんまりしないユキくんだから、こんな突拍子もないことだって信じてくれる。

それに、今日まで何回も練習したんだからっ。


「チサちゃん。まじで言ってるの......? 笑えないよ......? 冗談だったら今すぐやめないと、チサちゃんが机の2段目に隠し持ってるオトナのオモチャ、没収しておじさんたちにチクるよ?」



!?!?!?!?!?

なんでユキくんがそれを知ってるの!?

愛用の独り慰めグッズたちのことを言ってるんだよね!?

私の部屋の机の引き出しの2重底の下に隠してるはずなのに!?


それを隠してるのをパパたちに知られるのは恥ずかしすぎる!

むしろ今バレるわけにはいかなくなっちゃったよ!?


隠し場所はそのうち変えておこう......。



ともかく今は何食わぬ顔で演技を続行しないと。


「なんのことです? 私は何か隠してるんですか? というかあなたはどうして私の隠してるものをご存知なんですか?」


「ふーん......そっか......」



ふっふっふっ。

どうやらユキくんは信じてくれてるみたい。


私はばっちりいつもとは違う丁寧な喋り方を継続できてて、完璧なポーカーフェイスのおかげでさっきのユキくんの言葉への動揺も悟られてはいないらしい。


奇しくも、私が絶対に知られたくないはずの情報をチラつかされて、そのことへの反応が芳しくなかったってことが、ユキくんから信用を勝ち取るきっかけになったのかな。


なんでアレの場所知ってるのかは、気になるけど......。


チョロいユキくんも可愛いよ!

これはもう私が勝ちを貰ったようなもんだね♪



「えっと......?」


精一杯とぼけた返しをしてみる。

いかにも状況が把握できてませんよっていう顔。


私のその表情をみて、ユキくんもきゅっと口元を引き締めてから、小さく口を開く。


「......しょうがないか。両想いだし、ちょっとくらいワガママしても、いいよね」


「?」



ユキくんがはぁっとため息をついて、ぼそっと呟いた。

何がしょうがないのかな?

その後なんて言ったのかな? 聞き逃しちゃった......。



っていうか今更気づいたけど、今日のユキくんのお部屋、なんだかいい香りがするなぁ。

アロマか何かかな?


ユキくんの次の言葉を待つ間、部屋の中を見渡してみると、普段とちょっと様子が違ってることに気づいた。


いつもユキくんのいい香りがするけど、今日のはいつもと違う感じ。

なんだか頭がちょっとボーッとするような、そんな素敵な匂いがする。


部屋も全体的に薄暗くて、部屋の真ん中にはキャンドルの火が揺らめいてる。


あ、この匂いの元はあのキャンドルかな?

あの火をずっと見てたら余計にボーッとしてきちゃう。



このユキくんの第一声が、これからの私の行動を左右するんだ。

彼がどんな言葉をかけてくれるかは私の方から完全に制御はできないから、いくつかのパターンを想定して準備しておくしかできなかった。


まぁユキくんのことだから、私の現状を少しでも正確に伝えようとしてくれるって感じだろうとは思うけど。



「落ち着いて聞いてくださいね。僕は惑衣陽幸まどいはるゆきと言います。それで、あなたの名前は秤知咲兎はかりちさとさん、と言います。先程コケて、そこのベッドの角で強く頭を打って倒れてしまったかと思ったら、今の状況になりました。どうやらあなたは記憶喪失になっているみたいなんです......」



ほらね。


私を諭すみたいに穏やかながらしっかりとした声で状況説明。

ユキくんも焦ってるだろうに、その焦りを私に悟らせないように平静を装ってくれてるのかな。


ユキくんのお父さんである惑衣篝まどいかがりさんは救急救命士をされていて、そのお父さんに習って、ユキくんも緊急事態への対応にわりと慣れてる。

だからいつも、学校とか外で突然の事態に遭遇しても、落ち着いて対処してるし、身体的な部分だけじゃなくて、被害者の精神的なケアにも注意を払うことができるんだ。


素敵。

早く抱かれたいなぁ。



だけど......。

ふぅ......ステイクールよ。


ここで取り乱してしまっては元の木阿弥。

ユキくんの次の出方を観察して、私達のイチャラブ街道に向けた最善手を取るんだ!



............それにしても、ユキくんの声がいつも以上に艶っぽく感じる気がするなぁ。

声を聞いてるだけで、余計にボーッとしてきちゃう。


ちゃんと集中しないとね。



「そうなのですね......。すみません、何も思い出せないみたいです......」


さぁ、ユキくん。次はなんて返してくれるの!?










「やっぱりそうなんですね......。では、僕とチサちゃん......あなたがラブラブな恋人同士だった、ということも、忘れてしまったんですね......」


「......え?」




..............................ん?

今なんて言った?


「今の記憶のないあなたにこんなことをお伝えしても、余計に混乱してしまうだけかもしれないのですが、チサちゃんの熱烈なラブコールに僕が押し負ける形でお付き合いを始めることになったんです」



「はへ?」


え、ユキくん?

何言ってるの?


「えぇ、わかっています。今のあなたがいつものチサちゃんでないことは。いつもなら、チサちゃんは僕の部屋に入るなり発情するのを止められずにすぐにキスをおねだりしてくるような人でしたから......」


「え? え?」



ちょっとユキくんが何を言ってるのかわからないよ?

え? 私たち、恋人だった?


私が発情するのを止められなかった? キスをおねだりしてた?

いや確かに発情はしてたけど、キスのおねだりはしたことないよ?


あ、いや、投げキッスはしてたけども。



「あ、そうだ! もしかしたら、あのときと同じ告白をしてくれたら、記憶が戻る可能性があるかもしれませんっ。なにせ僕ら2人にとって凄く衝撃的なイベントでしたから......」


「あ......え?」



ほんとにユキくん、何言ってるの?

私、告白したことないよ?


いや......告白したことあったかも......?

いやいや、やっぱり無いから!


え、私いまユキくんの言葉に流されて、本当にそんなことがあった気にならなかった!?

気のせいだよね......?



「ち、ちなみに、私はどんな言葉で告白したんですか?」


「それはもう熱烈なものでした。『私の心も身体も全部をあげるから、ユキくんを私にください!』ってすごい勢いでお願いしてきたんです。さすがに押し負けてしまいましたよ」





....................................まさかユキくん、私が記憶を失ってるのを良いことに、有る事無い事吹き込もうとしてる?


しかもその内容が、『私達がお付き合いしてた』なんて内容だなんて。

さらには告白は私からしただなんて。


これはもしかして脈ありまくりなのでは!?


まだ確定じゃないけど、可能性は十分じゃないかな。

なら後は、ユキくんから告白してもらって、確実にイチャラブするんだ。


当初の予定とは大きく違うけど、ユキくんに告白させられるなら構わない!


けど、ちゃんと上下関係はしっかりさせておかないといけないよね。

私から、みっともなく無様にお願いするみたいに告白するなんてわけにはいかないよっ。


そうだ、私が今、記憶喪失は嘘でしたってネタばらししたら、「なんでユキくんは私にそんな嘘吹き込んだの?」って問い詰める展開になるんじゃない?

そしたらユキくんは素直に謝って、私への好意を認めるしかなくなるよねっ!


......いや待て、待つんだ秤知咲兎はかりちさと

もう少しユキくんを泳がせるんだっ。


それで、言い訳のしようもなくなったところで、とどめを刺すっ!

これだ!


よし、そうと決まれば......。



........................っていうか、さっきからちょっとまずいな......。

本格的に意識がぼーっとしてきた......。


もしかして頭強く打ちすぎた......?

いやいや、そういう感じじゃないな......。



まぁいいや、しばらくユキくんの茶番に付き合ってあげよう♪

でも私からは告白なんてせずに......。



「そうだったんですね......。ですが、すみません。今の私はあなたのことを存じ上げておりません......。ですから私からあなたに告白のようなことをするのはちょっと......」


「............ふーん。まぁ、そうきますよね」



ユキくんは一瞬何か言いたそうな目を向けてきたけど、すぐに笑顔を取り繕う。


「あぁ、それならもしかしたら思い出話をすれば、思い出せるかもしれませんね!」



ふーん? そういう話に持っていくんだ?

いいでしょう! お手並み拝見といきましょう。


それにしてもユキくんってば、なかなか病院に行こうとか切り出さないわね。

普段ならちょっとした風邪とかでもすぐ病院に連れて行こうとするくせに。


わざわざ用意した、病院に行くことを勧められた場合の対策会話集も役に立たないじゃない。


ま、いいか。

もうしばらくユキくんのお可愛い会話に付き合ってあげる。


年上のお姉さんにお任せなさい♡



「あぁ、それは良いかもしれませんね。もしよければ聞かせてもらえますか?」


「そうですねぇ。では僕とチサちゃんの初体験の話とかどうでしょうか」


「は、初体験......?」


「えぇ、初めての性行為ってことですね。インパクトが強い思い出の方が、記憶への刺激になるかもしれませんから」



!?


「そっ! ........................んなことまでしていたのですか......私達は」


あっぶない。

危うく全力で「そんなわけないでしょ!」って否定しちゃうところだった。


お付き合いもしてなかったのに、そんなことシてるわけないじゃない!

私は早くシてほしかったのに、そんな素振りを見せてもくれなかったユキくんのせいなんだからね!


それにしても、なるほどね。

そういう攻め方をしてくるわけか。


これはボロを出してしまいそうだわ。


だけど、ふふっ。ユキくんってば。

記憶喪失とか信じて、どんどん私に弱みを見せてることにも気づかずに。

そっかそっかぁ。私との初体験の妄想までしてるんだね?


可愛いなぁ。


これならユキくんから告白されるなんて楽勝かも♪

元々の予定では何日もかけてから使うはずだった作戦だけど、もういけるよね。


「えっと、そういったはしたないお話はちょっと......。ですけど......もしよければ、あなたから私への愛をお伝えいただけませんか? 本当に愛し合っていたのなら、普段から囁かれる愛だけでも、十分にインパクトはあると思うんです」



名付けて、流れでユキくんに愛の言葉を囁くようにお願いしてしまう作戦!


これでユキくんは逃げ場なしっ。

まさかユキくんがこんな嘘情報を私に渡してくるなんて思ってなかったから、ちょっと予定してたセリフとは違うけど!


もとは、記憶を失った(設定の)私が、何もわからないことに不安になって、その頃には両思いになっているはずの唯一助けてくれるユキくんに「私のこと、好き?」って聞くっていうプランだった。

けど、今の展開はそれよりもずっと良好な流れだと思う。


すっごく自然だもんね。


ふふっ、さぁユキくん、どう出る?



「............なるほど..................そうですね、それはいい案かもしれません」



勝った!

録音も開始!


これでユキくんが私に愛の言葉を囁いた瞬間、ネタばらし!

それで自分がしてしまった恥ずかしい告白に悶えてるユキくんに、「ユキくんってば、そんなに私のこと好きだったのぉ? 仕方ないなぁ」って止めを刺すんだ!




「秤知咲兎さん」


「は、はいっ」


ちょっと声裏返っちゃった!

でも、え、これ、本気!?


ユキくんの表情、めちゃくちゃ真面目だし!


あにゃ〜、かっこい〜よぉ。

好き好き。


「僕はいつもチサちゃんのこと、愛してるよ」


「わ、私もっ!」


「え?」


「あっ」


しまった!

嬉しすぎて、つい素でお返事しちゃった!


でももういいやっ!


ここでネタばらししちゃおう!

ユキくんから告白してもらえて両思いだってわかったし、録音もできたし、あとはこれをユキくんの弱みとして昇華するだけだ!


と思ってたんだけど。



パンッ。


......?


突然ユキくんが手を叩いて音を鳴らした。



パクパク。


..................!?


あれっ!?

口を開いても声が出せない!?

身体も言うことをきかない!


「ふぅ。ちゃんと催眠状態になってくれたみたいだね」



......ユキくん?

催眠って......?



もしかして催眠って、パパがやってるやつ?


私のパパは催眠療法っていう心理療法の専門家で、心に傷を追った人とか、スポーツなんかのメンタルトレーニングとか、勇気が出ない人とかのケアをしてる。

ユキくんのお父さんも昔、私のパパにそういう技術を習ったことがあるっていうのは聞いたことあるけど............まさかユキくんもなの?



「うん、効いてそうだね。......今まではチサちゃんに催眠なんてかけたくないから控えてたんだけどさ......。なんかチサちゃん、そろそろネタバラシしちゃいそうな雰囲気だったからね。ここで過度に上下関係みたいなの作られるのはあんまし望むところじゃないからさ。申し訳ないけど、余計なことをしゃべれなくさせてもらったよ」


な、何を言ってるの......?


「ホントはチサちゃんの計画を逆に利用させてもらって、チサちゃんの方から告白してもらうように誘導しちゃおうかな〜なんて考えてたんだけどね。流石に僕がズルすぎるからさ、告白ぐらい自分ですることにしました」


ま、まさか......。

ユキくん、知ってたの!?



「チサちゃんの作戦ノートのおかげで両想いだってわかっちゃってたし、これ以上チサちゃんに関係を進めさせてもらうってのは、ちょっと漢らしくないかなって」


うそうそっ、あれ見たの!?

シュレッダーにかけてゴミ箱に捨てたのに!


まさかとは思うけど、繋ぎ合わせて読んだってこと!?

パパたちがユキくんに告げ口するはず無いし......。


「あ、意識は残ってて聞こえてるんだよね。きっと混乱してるよね」


混乱してる!

だから、しゃべらせてー!


っていうか、両想いだって!

やっぱりそうだったんだ!


さっきのは本気告白だったんだ!

嬉しいなぁ。


けど、なんで私は今、口を閉じられてるんだろ......。



「チサちゃん、僕が昔から色々アプローチしてるのに、いつもいつも僕を弟みたいに扱ってきたよね。思春期の男子の部屋のベッドでパンツ丸出しで寝転んだり、下着を僕に洗わせたり、他にもいろいろ挑発するようなことしてきたり。あれに僕がどれだけモヤモヤさせられてきたことか......」


......?


「昔からさ、僕は年下だし、チサちゃんにとって、僕はただの弟だからそんなことができるんだろうなって思ってたんだ。だから告白とかできなくてさ。漢らしくないでしょ? でもチサちゃんと一緒、今の関係にすら戻れなくなるかもしれないって思ったら恐くてさ」



そっか、ユキくんも一緒だったんだ......。


「僕のアプローチに気づかないし、愛情を返してもらえないのは寂しかったよ。好きでもない人の身の回りのお世話、あんなにする人、ほんとにいると思ってたの? ちょっとイラッとしたから、今回はちょっとだけイタズラしちゃおうかなって思ってさ」


そ、それだって、ユキくんも一緒じゃない!

私のアプローチを悉くスルーして!

私だって寂しい思いしてきたんだよ!?


それに、ユキくんなら困ってる人だったら、誰彼構わずお世話しちゃってもおかしくないもん!

私のせいじゃないもん!


っていうか、いたずらって!?



「ねぇ、チサちゃん」


ビクッ。


「記憶喪失のふりまでして、僕に好きって言ってもらいたいほど、僕のこと、大好きだったの?」


!!!



ニヤニヤと口元を緩めて、声を出せない私の顔を覗き込んでくるユキくん。


「僕はわざと演技にノッてあげたのに、チサちゃんはどーっしても僕にわせたかったみたいで、頑張って演技してたねぇ」


う、うぅ......。

全部バレた上で、あの反応してたんだ......。


私ピエロじゃん......。

は、恥ずかしいよぉ。



「でもさ、家族まで巻き込んでさ。記憶喪失のふりして僕を騙して、僕から告白させようなんて、チサちゃんはちょっとずるすぎない?」


そこまでバレてたんだ......。


確かに私、ずるいこと企んでたけど!

知ってたなら言ってくれたらよかったのに!


私、恥のかき損だよ!


「ははは、言ってほしかったって思ってるのかな。でも、これくらいの意趣返し、許してくれるよね? それとも、100年の恋も冷めちゃった? すごい目してるし、顔も赤くなってて、可愛いよ」



いやいや、別に好きな気持ちが変わったりはしないけどさぁ......。

わかってくれてるならもうやめようよ、ね?


これ以上イジメないで......?


懇願するような目でユキくんに訴えかけてみる。


表情だけは変えられるけど、身体の方は言うことを聞かないままだし、声も出せない。

早く声を出せるようにして弁解させてほしい。



「早く催眠解いてって感じかな? まだだよ。あ、とりあえず、チサちゃん、僕とお付き合いしてくれるってことでいいのかな?」


コクコクッ。


良いに決まってるよ!

あぁ、これからユキくんとのラブラブ生活が始まるんだぁ!



「ははっ、やったね。それでなんだけどね? せっかくチサちゃんがいい感じで催眠にかかってくれてるみたいだから、ついでにちょっとばかし欲望を開放してもらおうかと思ってるんだ」


え?


「いや、だってさ、いっつも僕の部屋でパンツ見せびらかしてきたのって、襲われても良いって意思表示だったんだよね? 僕とシたいってことだったんでしょ? あのノート見て漸く気づけたよ。だからさ、チサちゃんの中のそのイヤラシい感情を解き放ってあげたら、チサちゃんと一気に進展できるかなぁって思ってね」


なっ!?

待ってよ、そんなことしたら、私、自制できなくなって、いやらしいことを自分からお願いしちゃったりしちゃう!


やだやだ、私は大人な大学生でユキくんは性欲真っ盛りの高校生なんだから!

ユキくんが抑えきれないパトスを私にぶつけてきて、あくまで私はそれを受け入れるっていう、大人な対応をしたいの!


私から求めるなんて、そんなの完全敗北じゃん!

わざわざユキくんに告白させた意味ないじゃんか!



「あー、嫌そうな顔してるねー。でもさ、告白は僕からしたし、そっちはチサちゃんからってことでも、いいよね?」


やだやだ!


お願いだから、ちょっとまってー!

せめて話せるようにしてー!



私のそんな懇願の念の篭もった視線は華麗にスルーされてしまい、『パンッ』とユキくんの手を叩く声が耳を打つ。


あっ。

きっとこれ、さっき言ってた欲望を開放させられる催眠の合図だ......。



......うわっ、私の手が勝手に服を脱がせてる!?


ユキくんが私の身体に興味を持ってくれてたのは嬉しけど、こんなのヤだよ!

ハジメテのときは、もっといいムードで、電気を消して見られないようにしてからって思ってたのに!


って、私止まって!

あぁ、もうスカートまで脱いじゃった!


だめ、ブラを外さないで!


あー............ショーツだけになっちゃった......。

お願いだからやめてよ、ユキくんっ。


思わず睨みつけてみる。


「そんな怖い顔されても、僕はそんなに何もしてないよ。服を脱ぎ続けてるのだって、チサちゃんが心の中ではそういうことを望んでるってだけだよ」



何言ってるのよ、私にえっちなことさせようと、無理矢理脱がせてるくせに!


「チサちゃん、催眠術って別にそんなに便利なものじゃないんだ。思い通りに言うことを聞かせたりなんてできないんだよ。せいぜい、相手が心の底で望んでることを引き出して、その感情をちょっと増幅してあげるくらい」


そ、そういえばパパも同じようなこと言ってたなぁ。

って、待ってよ。


「後は、今チサちゃんにしてるみたいに、口をつぐませるくらいかな。それも環境をしっかり整えないと上手くできないんだよ。この部屋に置いてるキャンドルとかもそれ用ね」


そっか......ユキくんは私を仕留めるために、最初からばっちり準備キメてたんだ......。


っていうか、ユキくんの望んだ通りの動きをしてるわけじゃないってことは、私......。



「自分の気持ちに、嘘つかないでいいんだよ?」


嘘......。ヤだヤだ。それじゃ私、ユキくんの前で脱ぎたがってる、ただの淫乱な子じゃない!


あ、だめ、パンツまで......。




..................脱いじゃった。



あぁ......私ってば、膝をついて、三つ指ついて............。



「大好きです。私のハジメテ、もらってください」



あ、声出せた......。


「僕も愛してます。こちらこそ、よろしくおねがいします」



うぅ......。



記憶喪失のふりはバレてて恥ずかしかったし、計画も完全にご破産だけど......。

まぁでも、ユキくんが告白してくれて嬉しかったし、私は今から催眠のせいで純潔を失っちゃうみたいだけど、それも大好きな人とだからいっか!




「あ、チサちゃんの持ってるオトナのオモチャも使ってみる?」


「それはやめてー!」

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