番号非通知

王生らてぃ

本文

『……もしもし?』



 三度のコール音のあと、少し戸惑ったような声が聞こえる。



「もしもし……レイ?」

『え、あの……すみません、どなたでしょうか』

「わたしだよ。菜摘」



 はっ、と息を呑む声が聞こえた。



『な、菜摘……?』

「うん……久しぶり」

『びっくりしたぁ。ど、どうしたの、突然? ていうか、電話番号……』

「おばさんに教えてもらったの。ごめんね、勝手に聞き出して」

『そういえば、声……』

「え?」

『声。菜摘の声……なつかしいなぁ。ぜんぜん変わってないね』



 ほんとうは電話で聞こえる声は、本人の声ではなくて、会話を中継する電話局が変換する「本人っぽい声」だという話を聞いたことがある。だから、レイに聞こえている声はわたしの声じゃないし、わたしに聞こえてくる声はレイ本人の声じゃない。よく似た機械の声だ。

 ……とは、言わないでおく。昔みたいに,また理屈っぽいとか、馬鹿正直の頭でっかちとか、からかわれちゃうからだ。そのうち、どんどん昔のことを思い出して、ぷっ、と思わず吹き出してしまった。



『どうしたの?』

「なんでもない」

『でも、なんでいきなり電話……』

「理由がなきゃ,電話しちゃダメなの?」

『そんなことないけど……』



 電話の向こうのレイは戸惑っているようだ。そりゃ、何年も話もしていない昔の親友から、急に電話がかかってきたら,戸惑うだろうな。



『直接、会いにきてくれればいいのに……』



 小さな声でレイが呟くのがはっきりと聞こえた。



「わたしだって、ほんとうは会いたいよ。直接」

『うん』

「でも、なかなか会いに行けないからさ。たまにしか……」

『え……?』

「どうしたの?」

『たまに……会いにきてるの?』

「うん。たまに……」



 レイの声は震えている。

 嬉しいな。驚いてくれたかな。それとも、少し意地悪だったかもしれない。



「だけど、なかなかレイと直接話したりできなかったから……おばさんに電話番号、聞いたの。ごめんね、勝手なことして。でも、よかったぁ。思い切ってかけてみて……」

『うん……』

「怒らせちゃった?」

『ううん、怒ってない。ただ、驚いただけだよ。だって、まさか、菜摘から電話がかかってくるなんて、思ってなかったから……』

「あはは。だよね」



 ざーっと、雨のようなノイズが走る。



「あ……ごめん、ちょっと電波、悪いね。またかけ直していい?」

『また?』

「うん、また……」

『うん……いいよ。いつでも』

「ありがとう。もう、夜遅いよね。おやすみ」

『おやすみ……』






 その日以来、レイに電話がつながることはなかった。

 おばさんに聞いてみたら、レイは携帯を解約して新しい番号に変えたらしい。家族にも内緒にしていて、おばさんから番号を聞き出すことはできなかった。



 困ったな。

 レイの部屋には内側から鍵がかけられていて、入ることができない。

 わたしが電話をかけられるタイミングは限られている。この間は,ようやく繋がったことが嬉しくて、つい伝え損ねてしまったけれど、わたしは一言レイちゃんに言いたいだけなのだ。伝えたいだけなのだ。



 あの時のこと、怒ってないよ。

 レイちゃんのこと、大好きだよ。

 レイちゃんがあの雨の日、わたしを車道に突き飛ばしたの、わざとじゃないんだよね、わかってるからね、って。

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