第2話 あなたです

 その場にいた全員の目が綾に注がれた。本人は特に硬くなったところはなく、空の容器と両面テープを掲げた。

「最初に言っておきますが、焼きプリンを食べた人に悪意はなかったと思います」

「どうしてそんなことが言えるの?」

 由芽の当然の疑問に綾は穏やかな声で言った。

「但馬先生のテープの貼り方が独特でした。締め切りもあって急いでいたことがうかがえます」

 綾は手にした容器の胴体部分に両面テープを回す。

「見た通りで一周を超えました。縦に貼られていたことがわかります」

 誰もが話に引き込まれているのか。合間に言葉を挟む者はいなかった。

「テープの合わせ目は蓋の方ではなくて下になります。上にきていれば『但馬』と書かれたところがはっきりしたと思います」

「よくわかるわね」

「この部分はとても重要なので」

 言いながら両面テープを縦に巻き直した。

「このような状態になります」

 容器の底を一同に見せる。

 目にした大田原が真っ先に反応した。

「苗字が隠れていたのか」

「一部は見えているけどね」

 本田が容器の底を指差す。

 由芽は覗き込むような姿勢となった。

 全員の理解が浸透したところで綾は一人に目を向けた。

「見えている人偏が含まれた苗字は二人だけです。内の一人はアリバイがある但馬先生なので除外します。焼きプリンを食べた人は仁科さん、あなたです」

「そ、その、私は……」

 激しい動揺で声が震えた。周囲の視線に晒されて全身が萎むような猫背となった。

 綾は助け舟を出すかのように話の続きを始めた。

「仁科さんは自分の為に用意された物と勘違いしたのでしょう。手を付けたあとに気づいたと私は考えています。違いますか?」

「……はい、そうです。半分くらい食べた時に、剥がしたテープの苗字の全体が見えて」

「どうしてすぐに話してくれなかったのよ」

 由芽は仁科に詰め寄る。刺々しい状態ではなくなり、心配する気持ちが前面に出ていた。

「先生の、その、感情が激しくて……」

「確かに、そうですね。意中の相手を横から奪われたくらいの怒り方でした」

 鈴木の的確な表現に大田原が苦笑した。

「あの状態だと俺でも正直に言えないかもな」

「前に冷蔵庫にあった先生の生チョコを五個ほど食べたのは僕です」

 突然の本田の告白に由芽は目を剥いた。

「やっぱりか! なんか減りが早いと思ったんだよね!」

「もう時効ですよね?」

 やや頭を下げた本田は上目遣いとなり、媚びるような笑みで手を揉み始めた。

「もう、いいわ。仁科も許す。まあ、今回は私の貼り方に問題があるからなんだけど。皆を疑ったりして、本当にごめんなさい」

「先生は悪くないです。隠していたのは私なので。同じ物を買いに行こうと思ったのですが、どうしても時間が取れなくて……」

「そうでした。先生、仕事をしましょう」

 鈴木のきっぱりした一言で全員が自分の机に戻った。

 部外者の綾は晴れ晴れとした顔で宣言した。

「焼きプリン消失事件は無事に解決しました」

「さすがは名探偵だ」

 大田原はパソコンを起動させた状態で親指を立てる。

「最後はアシスタントの皆さんのチームプレイが光りました」

「僕の摘まみ食いの話のおかげで雰囲気が良くなったよね」

 耳にした由芽は薄目となって仰け反った。

「本田の給料から菓子代を差っ引くかな」

「先生、それは勘弁してくださいよ」

 本田の泣き言は他の者達の笑いを誘った。

「それでは皆さん、お仕事がんばってください」

「綾ちゃん、今度の集金の時に今回の埋め合わせをするからね」

「ありがとうございます。私も先生を魅了した焼きプリンを食べてみたいです」

「任せてよ。ちゃんと用意しておくから」

 由芽の腕白小僧を思わせる笑顔に綾は自然に目尻を下げた。


 早々に集金の仕事へ戻った。空が夕陽でほんのりと染まる前に全ての業務を終えた。

 定時もあって少し物足りなさを覚えるのか。小さな歩幅で帰路にく。

「探偵役、楽しかったなぁ」

 無事に解決した小さな事件を思い出し、綾は薄青い空に向かって微笑んだ。

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新聞の集金人、時々、名探偵 黒羽カラス @fullswing

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