その3

 継続は力なりと、昔の偉い人は言った。前世では縁遠い言葉だったけれど、こうして八年も続けてみて、ようやくこの意味を知る。


「まぁ、及第点はやれるな」


 高校入学まであと数日、推薦という最強カードで春休みは稽古三昧。そして完膚なきまで負かされた直後という場面なのだが、ふと聞こえてきた言葉に思わず飛び起きてしまった。


「師匠、もう一回。もう一回言ってください」


「うるせぇな、及第点って言ったんだよ」


「つまり免許皆伝ってことですか!?」


「なるほど。もうひと試合やりてぇようだな」


 鯉口を切る音が嫌に大きく響いた気がした。すぐ様「すみませんでした」と頭を下げ、命だけはと心の中で手をすり合わせる。わざとらしい舌打ちの後、師匠は「いいか」と言葉を続けた。


「お前さんの言う期日まで一ヶ月を切ったんだ。流石に及第点をやらないと間に合わん」


「え、逆算方式なんですか、これ」


 バトル漫画でよくある、決戦前夜に完成するパターンではないのか。いや、そんなぎりぎりに出来ても実際困るのだが。


 そう言った意味でも耳を疑ってしまった訳だけれど、そこはやはり、さすが師匠と言うべきなのか。考えあっての“合格”らしい。


「だからこれからは、対銃撃戦を想定した戦い方を教える。良かったな」


 ──そう。継続は力なりと、昔の偉い人は言った。この人から及第点を貰えるだけで、弟子としては喜ぶべきことなのだろう。ましてや新技を提供してもらえるのだから、これ以上ない幸せと捉えるべきかも知れない。が、冷静に考えてみてほしい。それは、


「それは普通、一ヶ月で詰め込むことじゃないでしょう……!」


「本当に決戦前夜に完成させやがりましたよ、あの人!!」インカムの向こう側目掛け、今まで溜め込んできた想いの丈(という名の文句)を叫ぶ。その度に肋骨が悲鳴を上げていたのだが、恐ろしいことに、その痛みに慣れ始めている自分が居た。いっそマゾヒズムに目覚めた方が己のためかも知れない。


『いや、周は元々マゾだと思うよ。それが肉体的でないってだけで』


「……あの。インカム越しでも心を読むの、止めてもらっていいですかね?」


 返事の代わりに『あはは』と、間延びした笑い声が耳朶じだに響いた。案の定まったく反省していない様子だが、これも最早お約束のやり取り。私もそれ以上は追及せず、特大の溜め息をマイクに吐きかけた。


『これでも一応、拾う言葉は選んでる方だよ。無差別に聞いてたら、ボクだって疲れるし』


「なら、私の突っ込み疲れも勘定に入れてください。戦い前にする会話じゃないでしょう、これ」


『確かに、向坂さんのことでもう手一杯みたいだからね。最初からボクの出る幕は無かった訳だ』


 最初も何も、私の心配なんて端からしていないでしょうに。心なんぞ読めなくても、もう三年の付き合いになるのだ。それくらいの信頼は在って然るべきだと、胸の中に零しておく。『周も言うようになったね』と、無線の声は至極楽しそうに弾んでいた。


『さて。そろそろ出番だけど、最上階までの道のりは覚えたかい?』


「最初に警備室、次に集会場。それから幹部室に行って、最後にタナトスの部屋……ですよね」


『よく出来ました。基本的に一本道だから、迷うことはないと思うけど』


「私は大丈夫ですよ、館内図のデータもありますし。それより、問題はあなたの方です。ちゃんとんですか?」


『勿論、きちんと向かわせるとも。そこは安心してほしいな』


『うちの国に労働基準法は適用されないよ』と、せめて深夜手当くらいは出してあげてほしい。まぁ、出勤させている側がよく言うよという話なのだけれども。


 未成年の深夜徘徊に銃刀法違反、おまけに境内けいだい建物襲撃と、世界を救うためには一体どれほどの前科を捧げれば良いのか。これも創作物あるあるだと思うが、罪悪感に負けてはいけないのも、また“あるある”なのだろう。ここで前世の人格を出してはいけない。


 気持ちを切り替えるべく、深呼吸と共に大きく伸びをする。同時に『覚悟は決まった?』と、どこかで問われたようなセリフが聞こえた。既視感を覚えるのはRPGをやりすぎた所為だろうか。……いや、違うな。


「覚悟なら疾うの昔に決まってます。オタクに二言はありません」


 途中、大幅な計画変更を余儀なくされたものの、準備自体は八年と一ヶ月前から始まっていたのだ。ここで折れたら過去の自分、主に一ヶ月前の私に顔向けできない。


「でも、死にそうになったら鬼コールしますね! その時はどうにかこうにか助けてください」


 弱気でいるつもりは毛頭ないのだが、相手が相手なので、さすがに逃げ道くらいは用意させてほしい。そんな心の内でも読んだのか、彼は『分かった』とだけ返した。


「……そろそろ切ります。ここからは手筈通りにお願いしますよ」


『周こそ気を付けてね。ここで失敗したら、それだけで世界は終わるんだから』


『じゃあね』と最後に言い添えて、通信は容赦なく切れてしまった。何だかとんでもない置き土産を貰った気もするが、このくらいの緊張感は持っておけと、多分そういうことなのだろう。


 貰ったスマートウォッチ操作し、タイマーをセットする。改めて、今回のミッションを確認しておこう。


 制限時間は今から一時間。まずは警備室に行き、館内のシステムをハッキング。それから集会場に居る教徒たちを避難させ、幹部室を制圧。そこからお姫様を誘拐し、タナトスの部屋でを迎え撃つ。


 サポートがあるとは言え、実働部隊は私一人。「手筈通りはどっちだか」と、遅まきながら毒を吐く。──それでももう、やるしかないのだ。


 気合を入れ直すべく、差した刀にそっと手を添える。


「……よし。行くか」


 打倒、カルト教団。邪魔する鬱要素はすべて、ハッピーエンドの錆にしてくれよう。

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転生先が鬱ゲーの世界らしいのですが、ハピエン厨なのでラブコメにしても構いませんか? 七芝夕雨 @you-748

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