最終話 羽成義之
「あれ、社長はどこへ行ったんだ?」
ここは都内某所にある工務店の事務所。多くの従業員が社内を忙しなく駆け回っている。そんな中、スーツ姿の男が書類を抱えてやってきた。
「社長は外出されました。何だか急用が出来たとか」
男の前で淡々と語るのはスーツ姿の秘書らしき女性。彼女は淡々と語りながらタブレットを操作し、何やらスケジュールを確認しているようだ。
「また外出かぁ。用地取得に行政手続きと人事異動、それに助成金申請......こちとら山ほど稟議書を抱えて忙しいってのに!」
男の表情から焦りの様子は容易に窺える。話の脈絡から、彼はさしずめ総務部長といったところか。
「社長は自由人ですから。先日もエキスポで風力発電に魅せられたと仰り、我が社でも風力発電事業に着手すると豪語していましたから」
男の権幕にも一切動じず、彼女は毅然とした態度を見せている。可憐な容姿に反して彼女は肝が据わっているようだ。
「あぁ、もうすぐ会議が始まる! 急がないと!!」
男は踵を返すようにその場を立ち去った。時折腕の隙間から書類が零れ落ちたりもしていたが、女は淡々とそれを見つめていた。
「それにしても、社長は一体どこへ行かれたのでしょうか。社長のスケジュールなら二六時中の全てを把握するなど容易だったのですが、今回ばかりは私にも皆目見当がつきませんね」
女は溜息交じりに呟く。社長とはいえ、一人の人物の全てを把握しているのは少々やり過ぎではないだろうか?
――その頃、某がとある山道を邁進していた。そこは鬱蒼とした道で、昼にも拘わらず陽光が遮られているため視界もあまり良くない。加えて人気も感じられず、浮世離れした風景はある意味で異界を想起させるほどだ。
「念願の馬野古道にようやく訪れることが出来た。なるほど、これならあの世に続いていても不思議じゃねえなぁ」
心なしか某の目は据わっているように見受けられる。それにしても、某の目的は何なのだろうか?
『ニャァァァッ!!』
森の奥から何やら雄叫びが聞こえて来た。山道の風景も相まって不気味さが一層際立っている。
「ネコか? こんなところへ何しに来たんだ?」
某よ、今一度我が身を顧みるといい。それに、その声はネコのように可愛げがあるようにも思えない。
『ワンワン!』
某が呟いている傍から、そいつは突如雄叫びとともに物陰から飛び出してきた! ネコだったりイヌだったりした声の主の正体や如何に!?
「うわぁっっっ!」
驚きのあまり某は思わず仰け反り転倒。芸人も顔負けの盛大な転倒ぷりは、傍から見ると臀部を骨折していないかと若干心配になる。
「何だハトか、驚かせやがって」
某は物陰から飛び出したそれをハトだと勘違いしているが、実は白色個体(アルビノ)のカラスである。先述の通りアルビノはその見た目から外敵に狙われやすく、自然界での生存確率は非常に低い。故に成体は希少であることから、古来より神格化されてきた経緯がある。
『オホホホ~オ~ホホホ~♪』
カラスはご機嫌なのか、よく分からない鼻歌を口ずさみながら飛んでいく。というより、鼻歌を口ずさむ白カラスはいろんな意味で外敵に目立つ気もするが?
「オホホホ~オ~ホホホ~♪」
よく分からない歌だが、しかしながら耳障りがいい。某は白カラスに釣られて思わず鼻歌を口ずさむ。
某は白カラスの鼻歌に任せて山道を歩んでいく。傍から見ると、某が白カラスに先導されているような格好だ。
「隅田の華を届けに行くよ♪ 今日か明日かと宵の夢~♪」
某は白カラスの鼻歌へ勝手に歌詞をつけてしまう始末。某にとって鼻歌はよほど心地よいものなのだろう。
某は長い道のりを邁進する。山を越え谷を越え、時折滝や巌を横切りながら。果て無し当てなし、笑い話にもならないような永遠にも近い時間を。
「オホホホ~オ~ホホホ~♪」
白カラスは依然として鼻歌を口ずさみ続けている。薄気味悪い背景に陽気な歌と純白の躯体がコントラストを描き、その神々しさをより引き立たせている。
「手を振る影にもう会えないよ♪ 何をくよくよ明日も月夜~♪」
一方、某の口ずさむ背中はどことなく物悲しい。某は胸中の悲しみを吐露するように言葉を紡ぎ、口ずさんでいるのが見て取れる。それもまた、白カラスの陽気さと相反して陰陽のコントラストを描いている。
長い道山の先にあったのは果て無い石段、それは天にも通じるほどに高く思える。だが、白カラスは降り立つことなく石段の上空を飛んでいく。
「......!」
某は石段の果てに何かを見た。遥か遠くで霞んで見えるけれど、某へ手を振る誰かなのは確かだった。
「お母さんですか......?」
某は昂り、堪え切れずに涙した。
のりことりょうたの離島暮らし みそささぎ @misosazame
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