最終話 その日、聖女が落ちてきて
「それでは、いったん停戦だ」
魔王の言葉に、勇者田中は何度も首肯した。
きっと魔王もトイレに行きたいに違いないと、勇者田中はかえって親近感を覚えたほどだ。
そして、急いで勇者田中は近くの岩陰に隠れた。
もちろん、野糞をする為だ。現代日本出身の田中からすると、紙も何もないところで排泄するなどありえないことだったが、何といってもここは異世界――水魔法と風魔法を器用に使ってウォシュレットにすることも可能なのだ。
まさに勇者としての腕の見せ所といってもいい。
それはさておき、そんな岩陰に隠れてどうするんだと、さすがに魔王は訝しんだ。
だが、魔王はやれやれと首を横に振ってみせた。おそらく勇者は何かしらの秘奥義を宙に放つつもりなのだろう。秘奥義だから他者には見せられないといったところか。魔王はそう好意的に解釈することにした。
次いで、魔王自身も宙に両手を掲げた。
魔王のもつ最大火力の必殺技を放つことで、上空の存在を消し去ろうとしたのだ。
「では、いくぞ。勇者よ!」
多分に魔王は息を合わせて、共に技を放とうと狙っていた。
もっとも、当然のことながら勇者田中はというと、いくって何ぞ、と首を傾げた。
それから、勇者田中もまた好意的に解釈することにした。おそらく魔王は何か音の出る魔法でも放つことで、勇者田中の汚い音をわざわざ消してくれようと努めてくれるのだろう。そんなわけで勇者田中の中で魔王に対する好感度は爆上がりした。
何にせよ、こうして放たれたわけだ――
勇者田中のうんこと、魔王の必殺技である
ちなみにこの放たれた邪神必殺煉獄波は、上空にいた聖女こと七海を突き抜けて、成層圏はもちろん、中間圏から熱圏まで超えて外気圏を出てから、さらに宇宙空間を一気に進んで、幾つかの恒星をぶち壊しまくって、最終的には外宇宙にまで届いて外なる神の一体を屠ったところでやっと止まったわけなのだが……
さほどの威力にも関わらず、七海は聖女(※物理最強)のワンパンでもって穴を開けていた。
そして、いわば逆噴射の要領で七海の急激な減速に繋がり、さながら「バルス!」によって壊れる天空の城の映画の最初のワンシーンみたいに、ゆる、ゆる、と七海は魔王の両手にぽとんと下りてきた。
次の瞬間、魔王と七海は互いに目を合わせた。
目と目が合ったらミラクルなんて言葉を七海は全くもって信じていなかったが、このとき、二人はたしかに恋に落ちてしまった。ぶっちゃけると、単なる吊り橋効果である。
勇者田中とは違って、七海はお腹を痛くするタイプではなかった――
「好きです」
魔王もさすがに魔族の頂点に立つだけあって包容力は抜群だった――
「あ、はい。お願いします」
こうして数日後には、聖女と魔王は結託して、可笑しな召喚を行った王国を滅ぼしにかかるわけだが、その先鋒をなぜか魔王軍筆頭となった勇者田中が果たしたことはあまり知られていない。
ついでに言うと、ウパニシャッドという言葉の語源は「近くに座す」だそうだが、聖女こと南波七海はいつまでも魔王のそばに寄り添ったという。
その日、聖女が落ちてきて――結局、世界は七海によって全て支配されることになったのだった。
(了)
―――――
お読みいただき、ありがとうございました。
スカイダイビングに関する描写について、「レッドブル・ストラトス」で検索すると、成層圏からのダイビング・ドキュメンタリー動画が見られます。結構すごいです。
タイトルからも分かる通り、古橋秀之さんの『ある日、爆弾が落ちてきて』(メディアワークス文庫)をオマージュした作品になります。
何はともあれ、七海と魔王よろしく、今後もお付き合いいただけましたら幸いです。
その日、聖女が落ちてきて 一路傍 @bluffmanaspati
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