第四話 神様の気紛れ
南波七海は苦学生だった。
毎日のようにバイトに明け暮れていた。
おかげで勉強時間がほとんど取れなかった。せっかく自由時間が多い大学生になったというのに、肝心の勉強よりもよほどバイトをしている有様だ。
入学したての頃は、現代思想の大家ウィラード・ヴァン・オーマン・クワインによる全体的知識論の新しい視座を学びたいと意気込んでいたのに、気づいたら、試験の点数も悪く、進振りにも失敗して、インド哲学科でよりにもよってウパニシャッド哲学を学んでいた……
そのせいか、最近では悟りまで開いて、ヨガフレイムを撃てるようになってしまったほどだ。これには七海も苦笑するしかなかった。
そんな七海ではあったが、人生でいきなり上空四万二千メートルに放り投げ出されることになるなんて微塵も思ってもいなかった。すでに落下速度は音速の域に達している。七海は真っ逆さまに「うーん」と腕を組んでいた。
七海はバリバリの文系なので、高校物理はもうほとんど忘れかけていた。だから、あと何分ほどで地上にぶつかるのか、計算出来ないのがとても悔しかった。
もっとも、残り時間が分かったとして、何が出来るというものでもないのだが、少なくとも最低限の心構えは取れる。辞世の句を詠むのもいいし、何なら衣服を全て脱いですっぽんぽんになった方がいっそ清々しいかもしれない……
「こんなことなら、きちんと物理学も勉強しておくべきだったわ」
七海がそんなことを呟いたときだ。
「では、その力を欲するか?」
ふいにどこかから神様っぽい声が聞こえてきた。
言うまでもなく、異世界転移でよくあるパターンのあれだ。
ちなみに、ここで七海がそれを神様だと認識できたのは、ウパニシャッド哲学を学んでいたからだ。死期を悟ったことで、意識の深淵たる真我にまで達することが出来たわけだ。
こうして現世においてブラフマンの域に到達したのも、七海がもともと聖女としての資質を有していたからに他ならない。
「そうね。計算していれば気も紛れるし……その力を欲するわ」
「いいだろう。ならば、くれてやる。
「……え?」
神様は何か勘違いしているようだった。
七海が欲したのは地上への到達時間が分かる程度の物理学の知識だ。
だが、神様が与えたのは、異世界最強の力(物理)だった――こうしてささやかなるボタンの掛け違いから、聖女(※物理最強)が誕生してしまった。
このとき、七海が地上に到達するまで一分を切っていた。
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