最終話「そして、風が吹いて」
あの
戦のために収穫した作物のほとんどは食い物にならず、侍たちも命を落としたことで村人は気落ちしたが——「生きているだけで恵まれている」というギサクの言葉で、徐々に立ち直る者が出てきた。
カシラに声をかける者は誰もいなかった。朝から晩まで働き続け、縫い付けられた口の隙間から無理やり食事を流し込むという有り様だ。「かわいそうだよ」とワカが訴えても、ギサクは首を縦に振らなかった。
「
ワカはうつむく外なく、イヅがそっと彼の背をさすった。
「それはそれとしてワカ、お前に頼みたいことがある」
「なに?」
「カシラの代わりに、お前が〈町〉に出て売りに行ってほしい。イヅと一緒にな」
「いいけど、何を売るの?」
「まさか
ギサクは首を横に振った。
「そんなことをすれば、間違いなく〈
「……確かに、あの戦で生き残りがいたとしたら、すぐに噂が広まるわね」
「そう。だからこそ、お前たちに頼むのだ」
ワカはすぐには返事せず、口を結んでいた。「ワカ」とイヅが呼びかけるが、彼の視線はまっすぐギサクに注がれている。
「爺様。考えてることがあるんだけど」
「それは?」
「〈星石〉を全部捨てるってのは、どうかな?」
ギサクの眉が跳ね上がり、イヅも目を見開いた。
「あれがあるから戦が起こるんでしょ。だったらそんなもの、全部捨ててしまえばいいじゃない」
「しかしそれでは、お主の〈からくり〉が動かせんぞ」
「別にいいよ。〈
「……むぅ」
ギサクはあごをつまみ、しばらく考え込んで――「いや」
「〈星石〉があってもなくても、この先この村が襲われるという可能性はある。〈からくり〉が
「…………」
「すまん、ワカ。お前の提案は呑めん」
ギサクの言葉を噛み締めるように、「わかった」
「……すまんな、ワカ」
それには応えず、ワカは戸口から外へと、さっさと出ていった。「ワカ、待って!」とイヅが追いかけていく。
静寂が訪れた家屋の中心でギサクは手を組み、それを額に押し当てる。そして「んん……」と悔恨のこもった唸り声を漏らした。
〇
「ねぇ、おばあ」
「なんだい、ワカ」
「これでよかったのかな?」
「どうかねぇ……」
ワカは己の家の中で、イヅと共にハツの容態を見ていた。ハツの肌は土気色になっており、咳の頻度も多くなっている。その度に
だが、なおもハツは言葉を紡ぐ。
「ワカ。あんたは、この
「みんなが死ななければ、って思ってた」
「それは無理な話ってものだよ、ワカ。戦なんだ。死んで、殺して、殺されての繰り返し。どんなに腕の立つ人でも、ふとした拍子に頭を射抜かれるかもしれない。誰も死なないで済む戦なんて、ありはしないのさ。……イヅ、あんただってそう思うだろう?」
「……うん。ワカ、おばあの言う通りよ」
ワカは己の手と、それに重なるハツの手を見つめた。
「しかし、残念だねぇ……」
「何が? おばあ」
「せめてお礼の一言でも言わせてほしかったねぇ。まったく、夜更けに出かけてしまうなんて、ちょっと薄情じゃないかい」
笑い声を立てかけ——むせるように咳をする。とっさに身を浮かしかけた二人に、ハツは「大丈夫さ」と震える声音で言った。
「行ってしまったものは仕方ない。それに、あんたたちが代わりにお礼を言ってくれたんだろう?」
「うん」
「それなら、いいんだ……」
ハツの手がワカから離れ、胸の前に重ねた。「なんだか、眠いねぇ」とぼやくように言い、瞼が閉じられていく。
「ワカ。……よくお聞き」
「うん」
「世の中には変わるものと変わらないものとがあって、戦を経験すれば誰だって変わってしまうものなんだ。わかるね?」
「うん」
「でもね、変わらないでいるものもあるのさ。戦を経験しても、ワカはワカのままだった。それがあたしにゃ嬉しくてね」
「おばあ。でも、ぼくは……」
さっ、とイヅの手がワカを制した。言わなくていい、と首を振って伝えている。
その様子を知ってか知らずか、ハツは静かに寝息を立て始めた。ゆっくりと胸が上下するのを、ワカとイヅはただ見つめていた。
〇
〈
ワカの〈地走〉も修理が終わり、背部の筒も刀も取り払った。盾も元通り、両肩に一枚ずつ。それに引っかけるように布袋が垂れ下がっていた。
「じゃ、みんな。行ってくるね」
村の入り口で振り返り、操縦席からワカは手を振った。もはや〈からくり〉に見慣れたらしい村人たちが、「行ってこーい!」と声を張り上げる。
「しっかり売ってこい!」
「なんかうまいもん、買ってきてくれよ!」
「イヅ、〈町〉には髪飾りあるんでしょ!? ついででいいから、見てきて!」
「あー、はいはい! わかったわよ!」
ぷりぷりと怒鳴り返したイヅは、今やワカの膝の上に乗っていた。村人たちからからかわれることはあったが、「しょうがないじゃない。〈地走〉の手の上って、ゴツゴツしてて座れたもんじゃないのよ!」と誤魔化し半分ではっきり言ったら、納得してしまった。
村人たちからの声を受けながら、〈地走〉の向きを変える。そのまま足裏の車輪を回転し——声が急速に遠ざかっていった。
いくつも山を越えた先に〈町〉はある――が、村が見えるか見えないかという位置で、ワカは〈地走〉を止めた。
「ワカ?」
彼の片目は、四つの塚がある場所に向いている。そのことに気づいたイヅは、何も言わずに彼の目の先を追った。
風が吹いている。塚の隣に差した旗も、生き生きとはためいていることだろう。
村を守り抜いた七人の侍は今やどこにもおらず、しかし確かに存在している。
「行こっか、イヅ」
「そうね」
ワカは再び〈地走〉を走らせ――もう振り返ることはなかった。
単眼のワカ 寿 丸 @kotobuki222
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