土曜日はマサおじちゃんと一緒に

佐倉島こみかん

創太とマサおじちゃん

「お兄ちゃん、急にごめんね! 祥太郎さん急な出張になっちゃって、でももう私も出席って返事出してたし友人代表で挨拶しなきゃだし、祥太郎さんのお母さんも旅行だし、お母さんも職場の人の急な葬儀だっていうし、ほんと、助かった!」

「いや、構わん。遅れるとまずいだろう、早く行け」

 紺のパーティードレスと白いダウンコートに身を包んだ6つ年下の妹のあずさは、親友の結婚式に出席するため玄関で慌ただしく言った。

 四十路を目前にしても未だ独身かつ自由の利く作家業であるところの俺は、5歳の甥の面倒を見るピンチヒッターとして妹の家へ召喚された次第だ。

「ありがとう! お昼は冷蔵庫に作り置きがあるから適当に食べさせて! お兄ちゃんもキッチンにあるものは何でも飲み食いしてくれていいから! 創太、大人しいけど集中すると時間忘れてレゴ作ったり図鑑読みふけったりするから、ご飯時には声掛けてあげてね」

「分かってる」

 甥の創太は母親の出立にもあまり興味を示さず、既に俺が手土産に持ってきた海の生き物図鑑をリビングの床に広げて嬉々として読みふけっていた。

「創ちゃ~ん、お母さんもう行くからね~! おじちゃんの言うことよく聞くのよ~!」

「……はぁい」

 リビングの炬燵に潜って図鑑を広げている創太にあずさが声をかけるが、創太は生返事だ。

「ほらもう、これだから。大丈夫だと思うけど、もし私がいないってびっくりしたら説明よろしくね。退屈し始めたら、動画配信サイトのアニマルチャンネル見せるといいから」

「分かってる。ほら、いい加減出ないと」

 別に面倒を見に来るのはこれが初めてでもないのに、やはり心配は尽きないのか、喋り倒すあずさへ時計を指して言った。

「ああ、もうこんな時間! じゃあ行ってきます! 創太のことよろしくね!」

 朗らかな声と共に玄関のドアを出ると、カツコツとヒールの軽快な足音が遠ざかっていく。

「はあ、せわしないヤツだな……」

 母に似てよく喋る妹の相手をすると少し疲れる。

 今日は居ないが、エンジニアをしている義弟の祥太郎くんは、眼鏡を掛けて細身の物静かな男で、よく喋る妹の話をニコニコしながら聞いているタイプだ。

 正反対な気質なのに、よくこんな騒がしい妹と結婚してくれたと思う。

 性格が父親似らしい創太は、あのよく喋りよく動く妹の息子とは思えない程、大人しい。

「創太、お前の母ちゃん、もう出掛けたぞ。図鑑、面白いか」

「うん」

 リビングに戻って、図鑑に釘付けになっている創太に問えば、生返事が返ってきた。

「そうか」

 手土産を気に入ってもらえたことに満足を覚える。

「おじちゃんは、ちょっと仕事してるけどいいか」

「うん」

 持ってきたノートパソコンを立ち上げて問えば、創太は首を縦に振った。

 俺もあまり沢山喋る方ではないし、特別、子供が得意というわけでもない。

 変に構うより好きにさせておいた方がお互いのためだろうと、創太が視界に入る位置の炬燵に腰を据えて、連載の執筆の続きに取りかかった。

 それから三十分ほどしただろうか。

「マサおじちゃん、ずかん、ありがとう」

 図鑑を読み終わったらしき創太が、それを大事そうに抱えて俺の隣にやってきた。

 お礼の言える良い子である。

「おう、どういたしまして。面白かったか?」

「おもしろかった!」

 目をキラキラさせて言う創太に、顔がほころんだ。

 特段子供好きというわけではないが、やはり身内は可愛い。

「そりゃ良かった。おじちゃんはコーヒー淹れるけど、お前も何か飲むか?」

「のむ。ミロがいい」

「分かった」

 のそりと炬燵から出てキッチンに向かえば、創太は図鑑を炬燵に置いて、俺についてきた。

「ちょっと掴まっててくれ」

「わあ!」

 足元をウロチョロされると蹴飛ばしてしまいそうなので、ひょいと抱えて肩車をしてやる。

 すると、大人しい甥の驚いたような歓声が上がった。

 俺は無駄に大きく育ってしまって身長が203cmあるので、さぞや視界が高いことだろう。

 創太は同じ歳の子どもの中ではどちらかというと小柄だそうで、身長が101cmと聞いている。

 自分の半分以下の大きさしかない子供は完全に視界に入らなくて危ないのだ。こうしておくのが安全である。

 電気ケトルに水を入れて湯を沸かす間に、マグカップと牛乳を出して、ミロの準備をする。

「マサおじちゃん、ずかんにいきもののおおきさがかいてあったんだよ。マサおじちゃんとシャチだとどっちが大きい?」

 創太は俺の頭につかまりながら無邪気に尋ねてくる。

 創太にとって俺が身近な生物で一番大きいのだろう。

「え? シャチかあ。サイズ知らねえけど、あれ結構デカイよなあ」

 俺は首を捻りながら、創太のプラスチック製のマグカップにミロの粉を入れた。

「6~8メートルってかいてあった」

「よく覚えてんな。そりゃシャチの方がデカい。おじちゃんは大体2メートルだ」

「2メートル」

 俺が説明すれば、創太はオウム返しに呟く。

「シャチは、おじちゃんが3人から4人分くらいの大きさってことだ」

「そんなにおっきいの……!?」

 ミロに牛乳を淹れて混ぜながら言えば、創太は驚いたように言った。

「おじちゃんもそんなにデカいとは知らなかった。創太のおかげで一つ賢くなったな」

 笑いながら言えば、頭上でふふっと嬉しそうに笑う声が聞こえた。

 俺はマグカップへ一人用のコーヒーフィルターをセットして、中挽きのコーヒー豆を入れる。

 勝手知ったる妹の家だ。

 そうするうちに湯が沸いたので、コーヒー豆へ注ぐ。

 創太は俺の頭越しに、じっとその様子を見ているようだった。

「いいにおい」

「そうだな」

 立ち昇るコーヒーの香りに、創太はぽつりと言うので、俺はそれに頷いた。

 同意が得られて嬉しいのか、創太は頭につかまる手にぎゅっと力を込める。

 俺は別に子供に愛想がいい方でもないが、創太は妙に俺の事を気に入っているらしかった。

 可愛い甥っ子はこの性格だから、構い倒してくる祖父母より、適度に相打ちを打つ程度の俺の方が気が合うのかもしれない。

「よし。ほら、もう下りろ」

「うん。マサおじちゃんは、ぎゅうにゅうも、おさとうも、いれないの?」

 淹れ終わったコーヒー豆をフィルターごと三角コーナーに捨て、肩車していた創太を床に下ろせば、創太は不思議そうに聞いてきた。

「おじちゃんは何も入れないんだ」

「おかあさんはね、ぎゅうにゅうと、おさとうをいれるんだよ。おとうさんは、おさとうだけ」

「へえ、そうなのか。おじちゃんはそのまま飲むのが好きなんだ」

 創太が説明してくるので、子供ってのは意外とよく見てるもんだと感心する。

 妹が甘党なのは知っていたが、祥太郎くんも甘党とは知らなかった。

「おさとうがはいってても、にがいのに」

「飲んだことがあるのか?」

 創太は俺の答えに怪訝そうに言うので、この年の子どもにコーヒーって大丈夫なのか? と思いつつ尋ねた。

「いいにおいだから、ちょっと、なめさせてもらったの。にがかった」

 創太は思い出したように顔をしかめて答える。

「そうか、まあ、お前にはまだ早いな。大人になったら分かるかもしれんが」

 自分と創太のマグカップを持ってリビングの方に向かいながら、俺は笑って答えた。

 俺がマグカップ炬燵に置いて、元の位置に座れば、創太は俺のセーターの袖を引っ張って来る。

「マサおじちゃん、おひざのせて」

「ああ、いいぞ。ミロは、しっかり持っとくんだぞ」

「うん。いただきます」

 大人しいわりに、意志表示のはっきりした子である。

 俺はあぐらをかいて、その間に創太を座らせた。

「マサおじちゃんのミロはね、おかあさんのよりミロのあじがする」

 創太は両手でマグカップを持って飲んでから嬉しそうに言った。

「そうなのか、袋の説明通り作ったんだが。あんまり甘いと良くないのか……?」

 俺は自分のコーヒーを啜ってから、驚いて答えた。

 小さい子向けには薄めに作らないといけなかったんだろうか。

「よくなくないよ! おいしくてすきだもん」

 俺のつぶやきを聞きつけて、焦ったように創太は言った。

「そうか、ならいいんだが」

「おとうさんのミロは、ミロがはいってないんだよ」

「それただの牛乳じゃねえか?」

 よく分からないことを言うので、ツッコミを入れた。

「ううん、ミロだよ。でもミロが入ってないの」

 謎かけのようなことを言われて首を傾げる。

 創太は喉が渇いていたのか、そう言ってほとんど全部一息に飲んでしまった。

「マサおじちゃんのミロも、ミロがあんまり、はいってない……」

「いや、お前の母ちゃんよりは入れてるはずなんだけどな?」

 飲み干したカップの中を見て、創太は少しがっかりしたように言った。

「ほら、あんまりはいってないよ」

 カップの底を見せて、創太は言う。

 溶け残ったミロが少し残っているのを見て、ああ、と合点がいった。

「あずさのヤツ、大雑把だからなあ……溶け残ってんだろうな。祥太郎くんは几帳面なんだな」

 笑って言いながら、キッチンからスプーンを持って来てやった。

「でもまあ、溶け残ったミロが美味いのは分かるぞ。俺も好きだった」

「マサおじちゃんもたべる?」

 カップの底に残ったミロを掬って俺に差し出しながら、創太は訊いてきた。

「おじちゃんはコーヒーがあるからいいよ」

「ふうん」

 創太は『なんでそんな苦いものの方がいいのだろう』というような顔をして、ミロの溶け残りをちまちま掬って口に運んでいた。

「ごちそうさまでした」

「はい、お粗末様でした」

 コーヒーを飲みつつ仕事を続けていたら、溶け残りを食べ終わったらしい創太が、きちんとごちそうさまをしたので返事する。

「コップはね、ながしにもっていくんだよ」

「そうか、しっかりしてんな」

 袖を引っ張りながら言われて、俺は創太と一緒に立ち上がった。

「しょっきはピンクのスポンジ」

「創太はよく見てんだなあ。おじちゃんは、お前くらいの歳の頃、そんなの気にしたことなかったぞ」

 一緒にキッチンについてきた創太は、マグカップを水ですすぐ俺に説明した。

 確かにシンクへ吸盤で付けられた篭には水色とピンクのスポンジがある。

「このまえ、おとうさんがおかあさんに、おこられてたから。マサおじちゃんもおこられたら、かわいそうだもん」

「ありがとうな。怒ったあずさは確かに怖いもんな」

 こうして夫婦の事情ってのは他人に知られていくんだろうなと苦笑する。

 言われた通りにピンクのスポンジで創太のマグカップを洗って、また一緒に炬燵へ戻った。

 その後は、一緒に図鑑を見ながら俺とどちらが大きいかという質問を受けて、片っ端から答えさせられるなどしているうちに、12時になった。

「お、そろそろ昼飯の準備するから、ちょっと一人で図鑑見ててくれ」

「はあい」

 頷く創太をリビングに残して、キッチンに向かった。

 冷蔵庫の中にはタッパーに入れられた作り置きが、細々こまごまと入っていた。

 そこからポテトサラダ、ハンバーグ、ミネストローネを食器に移している間に、冷凍庫のご飯をレンジで温める。

 小ぶりに作ってあるハンバーグや少な目にラップに包んであるご飯が創太用だろう。

 ポテトサラダとミネストローネの適量はいまいちよく分からないが、創太用の食器に合う量を入れれば問題ないかと結論付けた。

 ハンバーグとミネストローネも温めが終わって、盆に食器を載せて創太の元へ戻る。

「創太、食うぞ」

「はあい」

 飽きずに図鑑を眺めていた創太に声を掛ければ、素直にその場に座った。

「わあ、ハンバーグ!」

「留守にするからって好物を作ってくれてたみたいだぞ」

 配膳するのを見て目を輝かせる創太を微笑ましく感じて言う。

「ぼく、ハンバーグがいちばんすき!」

「そうか、よかったな」

 子供らしい返答に、笑みがこぼれた。

「いただきます」

 ちゃんと手を合わせて言ってから食べ始める創太に、俺も手を合わせてから妹の手料理に箸を付けた。

 ケチャップ多めの甘めのソースを纏わせたハンバーグはいかにも子供向けの味付けだったが、タネ自体は牛豚合い挽き肉に人参と玉ねぎが入っている、実家のハンバーグの味だった。

 ミネストローネには、人参、キャベツ、玉ねぎ、セロリ、トマト、ベーコンが入っている。

 セロリなんて子供の苦手な食材筆頭かと思っていたが、創太は気にした様子もなく食べていた。

「創太、セロリ平気なのか?」

「にえてたらへいき。そのままのはきらい」

「へえ、そうなんだな。俺は火が通っててもあんまり好きじゃない」

 俺が答えれば、創太は目を丸くした。

「マサおじちゃんも、きらいなたべものがあるの?」

「そりゃ、苦手な食べ物の一つや二つあるさ」

 俺が答えれば、心底びっくりしたような顔をされた。

「おかあさんが、『マサおじちゃんがおおきいのは、すききらいせずに、なんでもたべたからだ』っていってたよ」

 教育のためとはいえ、あずさは適当なことを言ってくれる。

「大きくなるまでは何でも食べたんだ。でも、これ以上大きくなったら困るだろう」

「そっか……おうちに入らなくなっちゃうもんね」

 適当なことを言って誤魔化せば、創太は神妙な顔をして納得した。

 たぶん俺が時々、鴨居やら戸棚やらに頭をぶつけているからその発想が出てきたのだろう。

 素直な甥の感想に、少しの罪悪感と可笑しさを覚える。

「そうだな、おうちに入らなくなると困るからな」

 笑いながら同調してやった。

「いい天気だし、飯食ったら散歩にでも行くか」

「いく!」

 インドア派かと思えば、俺の提案に思いの外、元気な声が返ってくる。

 鍵はあずさから事前に預かっていた。

 駅からここに来るまでの間に大きな公園があったから、そこに行くのがいいだろう。


 そんなこんなで食事を済ませ、またピンクのスポンジで食器を洗ってから、俺と創太は散歩に出かけた。

 適量がいまいち分からなかったが、出された分を創太は綺麗に食べきったので、それなりにちょうどいい量を出せていたようだ。

 創太には水色のダウンジャケットを着せて、俺も自分のコートを着て手を繋いで歩く。

 自分の半分もない身長なので、努めてゆっくり歩いた。

「あっ、モズ!」

 散歩をしていると、民家の生け垣に留まった雀より一回り大きいくらいの鳥を指して、創太が言った。

「へえ、あれモズか。詳しいな」

「アニマルチャンネルでみたの。えものをえだにさすんだよ」

「お、早贄のことまで知ってんのか。すごいな」

 生き物が好きだとは聞いていたが、本当に詳しくて感心する。

 モズという鳥の存在も、早贄の習性も知っていたが、俺は実物を見てそれがモズだと判断することは出来なかった。

 興味関心があると、子供の方が詳しいのだと感慨深く思う。

「とりもすき。でもいちばんは、どうぶつ」

「そうか、じゃあまた今度、動物の図鑑、買って来てやろうな」

「やった! ありがとう!」

 土曜日の昼過ぎなので、公園はそれなりに人が居て賑わっていた。

「あ、あっくんとゆうくん!」

「お友達か?」

 母親と子供の組み合わせが二組話しているのを見て、創太は嬉しそうな声を上げた。

 そちらに走って行こうとするので、引っ張られるままについて行く。

「こんにちは!」

 創太は元気よく挨拶をして声をかけた。

「あ~、そうくんだ!」

「そうくんもきたの?」

「あら、創太くんこんにちは」

「今日はお父さんとおでかけ?」

 口々に言われて戸惑う。

「あ、こんにちは、ええと……」

「ううん、おとうさんじゃないよ。マサおじちゃんは、おかあさんのおにいちゃん!」

 俺が挨拶する前に、創太が嬉しそうに説明した。

 対人関係の外面の良さは、妹そっくりだ。

 コイツ、他人相手だとこんなよく喋るのかと驚く。

「あ、どうも、伯父です……」

 俺はおずおずと頭を下げた。

 図体がデカくて人相もあまりよろしくないので、創太に紹介してもらえてかえって良かったかもしれない。

「まあ、そうだったんですね。こんにちは」

「今日は、創太くんママはいらっしゃらないんですか?」

「おかあさんは、おともだちのけっこんしきにいってるの! おとうさんは、しゅっちょうで、おばあちゃんたちは、りょこうなんだって。だからかわりに、マサおじちゃんがきてくれたの!」

 利発な子だと思ってはいたが、俺が事情を説明するまでもなく全部、言ってくれた。

「まあ、そうだったんですね」

「はい、本当は父親が居る予定だったんですが、急な出張で……まあ、ピンチヒッターです」

 俺が苦笑して答えていると、足元にちびっこの気配。

「そうくんのおじちゃん、でっけぇ~!」

「パパよりおおきい!」

 人懐っこいらしい創太のお友達は、俺の脚にしがみつきながら言った。

「あっ、こら、あっくん!」

「ゆうくんも、そんな、失礼でしょ!」

 慌ててお母さん達が引きはがしにくる。

「すみません、本当に!」

「申し訳ありません! 服、汚れてないですか?」

 すごい勢いで謝られて苦笑した。

「ああ、いえ、大丈夫です。慣れてますから」

 子供達にとってこの長身はどうにも物珍しいらしく、怖がられて泣くか、よじ登られるかの二択だ。

 創太も今でこそ登ってこないが、昔は自分がアスレチックになったかと思うくらい、立てど座れどよじ登られていた。

「マサおじちゃんはね、ハンドウイルカと同じくらいのおおきさなんだよ!」

 創太は得意げに胸を張って、さっき図鑑で見た知識でお友達に説明していた。

 通じるのか、それ。

「すっげえ~!」

「おっきいね~!」

 お友達は感嘆しているが、絶対よく分かっていないと思う。

「創太、公園を一回りして帰る予定だったけど、このままお友達と遊んで来るか?」

「ううん、マサおじちゃんとおさんぽがいい」

「そうか」

 せっかく保育園以外で友達と会えたのだから遊びたいかと思って尋ねれば、意外にも散歩優先の声が上がった。

「ふふ、仲良しなんですね」

「いや、なぜか、えらく懐かれてて……」

 微笑ましげに言われて、頭を掻きながら苦笑する。

「マサおじちゃんはね、おかあさんがこまったときに、いつもきてくれるんだよ。ぼくんちのヒーローなの!」

 創太が目を輝かせて言うので、俺は目を丸くした。

 そんなことは初めて聞く。

「あらぁ、そうなの」

「それは、おじさんと一緒がいいわねえ」 

 ますます微笑ましそうに、お友達のお母さん達は言った。

「お、大袈裟だな……いや、そんな、フリーランスで仕事の融通が利くってだけですので、そんな大したものでは……」

 俺は気恥ずかしくて謙遜する。

「でも、見てもらえる人が居ない時に来てもらえると、本当に助かると思いますよ」

「ほんと、ほんと! うちも義実家が近いからそちらに頼むことが多いんですけど心苦しくって……身内に見てもらえる人が居るとどんなに有難いだろうって思いますもん」

 お母さん達が言うので、ますます恐縮してしまう。

「そ、そういうものですか……少しでも妹の助けになれているならいいのですが。あの、そろそろ、この辺で、失礼します」

 俺はいたたまれなくて、半ば無理矢理、その場を後にすることにした。

「ほら、創太、お友達にバイバイして」

「うん。あっくん、ゆうくん、またね! バイバーイ!」

「うん、バイバーイ!」

「またねぇ!」

 小さい手を振って言う創太の手を引いて、お母さん達に一礼しつつ、その場を去る。

「はあ、びっくりした……」

 まさか、創太のお友達の保護者と会うとは。

 全く心構えなんて出来ていなくてテンパってしまった。

「マサおじちゃん、どうしたの?」

 げっそりした俺の様子を見て、創太は気遣わしげに尋ねてくる。

「創太、おじちゃんは小説家をしている」

「しってるよ。『ミステリーさっか』なんだよね」

 何を今更と言いたげに、創太は言った。

「ああ。実は、おじちゃんは、人とお話しするのが苦手で、会社勤めができなかったから、作家になったんだ。正直、知らない人と話すのは結構しんどい」

「そうなの?」

 正直に話せば、創太は目を丸くした。

「ヒーローと言ってもらえたところ悪いんだが、おじちゃんはそんなに大した人間じゃないんだよ」

 情けない話だが、対人スキルはほぼ0に等しい。

 そんな人間の事をヒーローだと思わせるのも心苦しくて、俺は正直に伝えた。

「でも、おかあさんもおとうさんも、マサおじちゃんのこと、ヒーローみたいっていってるよ。ぼくもね、ひとりぼっちにならなくて、マサおじちゃんのこと、ヒーローだとおもってる」

「そうか……」

 無邪気な笑みと感想が返って来て、ちょっと泣きそうになった。

「おじちゃんにとっちゃ、そう言ってくれる創太の方がヒーローかもしれんな」

 俺はそう言って創太を抱え上げると、肩車をした。

「わあ!」

 創太は歓声をあげて、俺の頭に掴まる。

 不安定な仕事で、四十路も目前なのに結婚もしていなくて、人付き合いも苦手で。

 親戚一同で集まると何かと批判の槍玉にあげられる俺が、あずさや祥太郎くんや創太にとってはヒーローだなんて。

 それならまあ、はみ出し者も悪くないと思った。

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土曜日はマサおじちゃんと一緒に 佐倉島こみかん @sanagi_iganas

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