9
「それにしてもあの桃太郎さんから一本取るなんて凄いですね」
武道場に残された有真は呟くように感嘆の声を漏らした。
「おいおい。大丈夫か? 王国軍総司令部がそんなんで」
だが呆れと揶揄いの交った真獅羅の言葉に有真は彼の方へ尋ねるような視線を向けた。
「わざと天井で一瞬だけ気配を見せてから背後を取る。完全に追えてたわね」
「だな。もしかすると通り過ぎる時に目でも合ってたんじゃないのか?」
「では何故そのまま取らせたんでしょうか?」
二人の言葉に更なる疑問が彼の脳裏を埋め尽くした。
「さぁーな。餞別ってやつかもな」
「どちらにしても、実力は確認した訳だからあれ以上やる意味がなかったんでしょう」
「彼女は気付いていたんでしょうか?」
「さぁーな」
残された三人がそんな会話をしている間、一人外へ出た桃太郎は簔煒のお墓を訪れていた。
あの頃とは違う名前の刻まれたお墓。その前に立ちただじっと見下ろしす桃太郎は、墓石越しに鬼退治の旅を思い出していた。
「時が流れるのは早いものだな。儂もすっかり老い耄れだ」
桃太郎はその場でしゃがむと袋を手に取り、彼の前に置いた。
「もしまたここに来られた時は、酒でも持ってきてやる」
言葉の後、桃太郎は両手を合わせ目を瞑った顔を少し俯かせ彼へ祈りを捧げた。そこに泪は無いが戦友との別れに彼の表情は微かに揺らぐ。撫でるような風も、触れるような肌寒さも、靡く花弁に至るまでこの場の全てが――まるで桃太郎の心を映し出しているようにさえ感じる。寂しく悲しいと言うには穏やかで、平気と言うには沈んだ雰囲気がそこには流れていた。
そんな中、桃太郎がどんな言葉で最後の別れをしたのか、どんな想いを胸に浮かばせていたのか、それは彼らにしか分からない。それは彼と簔煒だけの――久しぶりの友との時間だった。
そして手を下げ顔を上げた桃太郎は最後に正面から墓石を見つめると、立ち上がりその場を後にしようと歩き出す。
しかし二歩目で立ち止まると、踵を返し再度お墓の前へ。
「お前も守ってやれ」
最後にそう呟いた桃太郎は供えた袋を手に取り簔煒の元を後にした。
「おっ。やっと戻って来たか」
荷物を背負った姉杏も含め既に出発の準備を済ませていた一行。車に凭れていた真獅羅が最初に桃太郎の姿を確認すると愚痴る様な声を漏らした。
そんな真獅羅を他所に桃太郎は姉杏へ袋を投げた。
「お前のだ」
「ありがとうございます」
小首を傾げながらもお礼を口にした姉杏は袋を開け中身を取り出してみる。入っていたのは最後の吉備団子。
「これがおじいちゃんも食べた吉備団子」
「それでお前の限界を引き出せるようになる。後は自分次第だ」
「はい」
姉杏はハッキリとした口調で返事をするとその吉備団子を一度で口へ。頬張る栗鼠のようになりながらも食べ始めた。
「桃太郎さん。他にもお仲間の方がいらっしゃるなら一度車の方を変えなければいけないのですが」
「いや。同窓会はここまでだ」
そう言って桃太郎は一人一人へ視線を向けていった。
「なんかこういうのも懐かしーな」
「まさか二度もこの顔触れで鬼退治に行くとはね」
「おじいちゃんみたいにとはいかないかもしれませんが、足手纏いにならないように頑張ります」
伝説の鬼退治、そのメンバーが完全集結――とはいかなかったが、そこには十分な顔触れが揃っていた。新たな伝説の始まり。そう題名を加えてもいい程に。
「では一度、ゴーラン王国へ戻りましょう。フィスキー最高司令官から準備が整い次第、一度戻る様に言われてますので」
「王国軍総司令部最高司令官チェイン・フィスキー。こりゃまた大物に会えるみてーだな」
「本当にいらっしゃるですね」
「この国で一番の有名人ね」
そして車に乗り込んだ一行はゴーラン王国へと向かった。
「お初にお目にかかります。ゴーラン王国軍総司令部最高司令官チェイン・フィスキーと申します」
フィスキーは一行へ向け、最初に桃太郎へして見せたように深々と頭を下げた。
「わざわざ呼び戻した訳は何だ?」
「申し訳ありません。実はこちらの方に皆様の署名を頂きたく」
そう言いながら一枚の紙が挟まったクリップボードとペンを桃太郎に手渡したフィスキー。
「それは所謂、契約書です。いえ、証明書と言った方がいいかもしれませんね。ゴーラン王国軍の依頼により貴方方が鬼退治をしているという」
「こんなことまでする必要があるのか?」
「無いよりはあった方がいいですから。よろしくお願いします」
これ以上なにかを言う事はせず桃太郎はさっさと署名をした。桃太郎から真獅羅、奇妓栖、姉杏へと渡りそれぞれが署名をすると最後はフィスキーの手元へ。
「ありがとうございます」
「もういいか?」
「はい。では皆さん、よろしくお願いいたします」
そう言って再度、深々と頭を下げるフィスキー。
そして一行が最高司令官室を後にしていると。
「桃太郎さん」
フィスキーに呼び止められた桃太郎は足を止めるとそのまま振り返った。そして目の前までやってきていたフィスキーへ言外で返事をした。
「念の為に言っておくだけですが、最近上の方で気掛かりがあります。ご心配は無いかと思いますが、もしその紙が効力を失う事が起きたとしてもどうか王鬼をよろしくお願いします」
その指が指したのは桃太郎の胸ポケットに仕舞われたチェイン・フィスキーの発言と同等の力を持つ一枚の紙。
「これは私の我儘ではありますが、どんな状況になろうともアレを仕留められるのは貴方方しかいませんので」
「だがそれはお前の役割だろ?」
フィスキーはその言葉に安堵を含んだ微笑みを零した。
「えぇ。そうです。ですので念の為に、と。この国の事はお任せ下さい。己の利権の為にこの機を利用しようとする者に対する策はごまんとありますので。内情はお任せ下さい。少なくとも貴方が王鬼の首を取るまでは私はこの地位に居続けますよ」
「生憎、儂はそんな面倒な戦いは御免だ」
「私もです。タチが悪く、面倒で、面白味もない……ですが、背中はお任せ下さい。と言うのは少々、出過ぎたまねでしたかね」
「王鬼で手一杯だ。政治に儂らを巻き込むなよ」
「承知しております。足止めして申し訳ありませんでした。では改めてよろしくお願いします」
桃太郎は最高司令官室を出ると外で待っていた彼女らと合流した。
「さて、行くとするか。過去のケリをつけに」
そして一行は二度目の鬼退治へと出発した。
<数十年の時を経て復活した鬼の王、天酒鳳神王鬼。世界の平和が揺らぐ時、男は再び刀を手に取った。伝説は集結し――最後の鬼退治が始まる。果たして桃太郎一行はもう一度鬼の王を討取り、永劫の平穏を世界に残す事が出来るのだろうか?>
RE:桃太郎 佐武ろく @satake_roku
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます