4話 因縁の対決

 家に帰ると既に辺りは暗くなり始めていた。


「ねぇ、最後に組打ちしない?」


 玄関の前で急に立ち止まったかと思えば、唐突にそんなことを言い出した。いや、唐突ではない、日課のようなものだ。


「ああ、勿論」


 俺は腰に掛けている剣を軽く持ち上げ準備が整っていることを示す。「ちょっと待って」とカレラは小走りで家の中へ入って行った。

 

「お待たせ」


 日頃持ち歩いている両親の形見である錆びた刀ではなく、鍛冶職人に打ってもらった修練用の刀である。

 カレラのONE GIFT「絶対切断」の能力がある限り、剣と剣が交わることはない。剣戟の声が聞こえた瞬間に、オレの剣は文字通り一刀両断されてしまう。

 そのため、組打ちの際にはカレラは自分の意志で「絶対切断」を使用しない。自由にON、OFFを切り替えられるらしい。

 

 そうなると逆に問題となるのが、カレラの刀だ。常に切れ味がいいオレの剣と交わったらカレラの刀は可愛そうなことになってしまう。すでに天寿を全うしていそうな形見である刀が一刀両断されるのは目に見えている。

 そのため、修練用の刀をこしらえていた。


 家の前、5メートルほど離れて対峙する。笑顔の多いカレラの目つきが鋭くなった瞬間に、空気が緊迫したものへと変わった。

 オレは剣を鞘に納めたまま。カレラは既に刀を抜刀し、剣尖をオレの喉元へと向けている。

 

 二人とも師匠であるグリーアモに教わった者同士。同じグランディア流を習得しているのにこれほどまでに格好が違うのは、グランディア流には特定の型がないためである。

 師匠によると、グランディア流は世界中にある流派を総合的にまとめたもので、歴代のグランディア流の人たちも人それぞれ戦い方は違ったらしい。

 簡潔に説明すると、その場、敵に合わせて戦えということだった。


 そのため、オレの剣は刀身の両方に刃がある諸刃であるのに対して、カレラの刀は片刃という違いもある。

 

 カレラが膝元まである丈のローブを脱ぎ捨てるのを見て、オレも羽織っていた外套を脱ぎ捨てる。

 鬱陶しくなびく風もこれで気にならなくなる代償に、少し冷えるが、すぐに気にならなくなるだろう。一つ一つ吐く呼吸にすら意識が向く。これは集中していないわけではない。集中していると普段気にならない行為も認識するようになる。自分の事だけではなく、目の前の相手も。


 組打ちに合図などない。どちらかが動いた瞬間が開始の合図だ。

始まりの気配を感じた俺が重心を下げた瞬間、利き足である右足を前に出していたカレラが「はぁぁぁ!」と地を蹴ると、最短距離で詰めてきた。スルーしたら剣尖が喉元を貫き、即死するのは間違いない。組打ちだからといって絶対に死なないわけではなく、信用しあっているからこその攻撃。

 勢いよく抜刀した剣で、剣先を弾く。左に流されたカレラの空いている右脇腹を狙うために、勢いを利用したまま一回転し、真横に剣を振る。体勢をギリギリで立て直したカレラは刀で致命傷を防ぐが、剣を振った時の脅威は刃の切れ味だけではない。華奢な体は衝撃に耐えることができなく、吹っ飛んだ。


「やるね」


 だが、カレラの声には余裕があり、空中で笑みを浮かべていた。彼女の左手から魔術の気配。突如現れた3つの水玉が形を変えていき、クナイのような形へと変わる。

 魔術とは魔力を利用し魔術式を構築することにより、事象として具現化することを言う。


 防ぐためには剣で払うか、距離を取り避けるか、こちらも魔術を使い、防御するか……


「いや、面倒だ」


 姿勢を低くして、地上に降り立った瞬間にカレラの懐へ潜るため、カレラめがけ一直線に突っ込む。一瞬驚いた顔をした彼女だったが、すでにクナイは手から離れている。軌道を変えることは出来ない。

 髪を掠ったクナイが背後の地面に刺さる音が聞こえた。

 

 もう一度右脇腹を狙う。執着して狙っているのに変な意味は無い。

 さっきの一撃で手が痺れているかもしれない……とは考慮の余地もない。魔力により一瞬で回復しているだろう。

 

 同じ状況になるのを嫌ったのか、カレラは受けの体勢ではなく、剣尖を下げ、強力な一撃を叩き込んできた。剣と剣が交わり、火花が散る。体勢と元々のパワーからして鍔迫り合いではオレの方に軍配が上がる。このまま力を強めていけば……

 そう思った瞬間に、一気に押し寄せるエネルギーが消え去った。カレラは衝撃を受け止めるために刃の反対側、峰を縮こまった体に密着させ、跳躍していた。

 上からの攻撃が来る。だが、こちらは不意の行動に重心が前に傾いており、満足な形で受け止めることが出来ない。咄嗟に剣の腹の部分に左手を添え、少女から繰り出される攻撃とは思えないほどの重圧に耐える。


「やるな……」

「このまま潰しちゃうよ」


 魔力を全身に巡らせ耐えようとするが、徐々に背が地に近づいて行く。しかし、これは耐えるだけでいい。カレラの足は地に着いていない。そのため、この重い攻撃も長くは続かない。

 カレラが距離を取るように後ろに跳躍した。何とか耐えきったようだ。だが、次に迫ってくるのは連撃。

 一撃が来たと思ったら、すでに5撃目を捌いている。隙を見て大技を食らわしたいが、空振ったときの隙を考えると、外すわけにはいかない。

 と、そこで気づいた。カレラが笑顔で剣を振っていることを。


 いつも、修練で笑みを浮かべているわけではない。逆に修練中のカレラは真剣そのもので、滴る汗すら気にしない。

 

 ……そういえば、この組打ちの時は笑顔の時が多いな。最初は鋭い目をしているが、徐々に頬が緩んでいく。そうか、この組打ちが彼女の心の拠り所だったんだ。彼女を彼女で居させるための。


「なぁ、カレラ」

「なに?」

「ここを離れても、組打ちは続けような」


 カレラの目を直視してそう言うと、視線が交わった。何を言われたのか一瞬分からなかったのか、目を丸くした彼女だったがフッと唇の端を上げた。


「うん、わたしが勝つけどね」

「言っとけ」


 釣られてオレも口元が緩んでしまった。

 同時に後ろに大きく跳躍し、剣を構える。これが最後の一手になるのは何の根拠もなしに確信した。

 体重移動の重みで、右足の地面が沈む。逆にカレラは浮いているかのように華麗な佇まいをしている。


 どちらが先に動くとかではない。5年間続けているからか、この後に起こることは分かる。

 同時に体が動いた。ここに駆け引きなどは存在しない。単純なスピード勝負。己の刃が先に届くか、カレラの刃が先に届くか。

 右腕の筋肉に力を入れ、運動エネルギーを停止させる。刃はカレラの喉元一センチ。これ以上は綺麗な肌に傷がついてしまう。

 そして、喉元に感じる死の気配。カレラの刃も一センチまで迫っていた。


「引き分けだな」

「そうだね」


 引き分けだというのに何故か嬉しそうな顔をするカレラ。今までの勝敗など数えていない。勝ったり負けたりが続いている中、引き分けというのは初めてだ。

 だが、オレとカレラの実力が拮抗しているというわけではない。カレラは「絶対切断」を封印している。「絶対切断」を使用すれば剣が交わることすらないのだ。


 ……まだまだ精進しないと、カレラを守れなくなる。


 明日からは日常が変わる。さらなる高みを目指すことを心に誓った。

 


 


 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ブレード・ウィングー刃の翼- @TsubasaHyoridai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ