3話 別れと旅立ち
20分ほどかけて頂上に墓石のある山を登った。すでに陽は落ち始めており、燃え盛るような真っ赤な球体が辺りを橙色に染めている。
森で採取した黄色をメインとして、様々な花で作った花束を持ったカレラが、左隣に並んで歩く。絶壁に建てられた二つの墓。貴族のように立派な墓ではなく、石に名前を刻んでいるだけの簡素なものだ。カレラの両親の墓に至っては骨もない。魔人の灼熱の炎によって骨すらも灰になっているはずだ。
だがこの二つの墓が俺たち二人にとって一番大事なことは変わりない。
オレは師匠の墓の前に花束を、カレラが自分の両親の墓の前に花束を置く。
手を合わせて、ゆっくりと瞼を閉じた。
……師匠、オレ達ももう15歳だ。師匠は、死ぬ間際カレラを全力で守れって言ったよな。一人だけでいい、大事な人を全力で守れ。世界中の人々が大事な人を一人守れば、誰一人として戦では命を落とさないって……けどそうも言ってられない世界になったよ。
師匠は魔族の侵攻を知らずに亡くなった。もし、師匠が生きていれば、と思ったことが何度あったか。だが、師匠一人で魔族の侵攻をすべて止められるわけではない。最前線のすべての範囲をカバーできるわけでは無いからだ。それでも人類滅亡の可能性を1%は減少させることが出来ただろう。数には数を当てればいいが、強者には強者を当てない限り、勝利の鼓動すら感じることは出来ない。
……それに、カレラを止めることもできなかった。
「お父さんお母さん、私が絶対敵を取るから」
隣から決意のこもった呟きが聞こえた。カレラは平穏を求めることなく、ただ目標に向かって突っ走ろうとしている。
「復讐」は神が人間に与えた罰ではないかと思うことが多々ある。最も美しく見えるのに対して、最も虚しい心。
オレと違って圧倒的な才能を持つカレラを妬んだことは一度もない。ただ、憐れに思ったことは何度もある。
カレラがただの村娘ならばあの化け物である魔人に挑もうという気すらも湧くことはなかっただろう。だが、彼女には才能がある。師匠ですら勝てなかったあの魔人を斬ることが出来るかもしれない才能が。
カレラは身を亡ぼす覚悟で前を、あの魔人がいる可能性が最も高い最前線を見つめている。世界で最も荒涼としており、殺伐としている最前線を。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「危ういな」
師匠が修練中のカレラを見て、オレにかけた言葉を不意に思い出した。師匠が亡くなる3ヶ月ほど前だっただろうか。その当時は【ONE GIFT】という概念すらなかったのでカレラは「絶対切断」は所有していなかった。
手が擦り向け、血が垂れているというのに、カレラは気にすることなく剣を振っていた。全く表情を変えることなく、まるで血が出ているのに気づいていないかのように。
「リゼト、カレラの目に何が映っていると思う?」
「森じゃないの?」
カレラの視線の先には森林がある。質問の意図が分からずそのまま答えた。
「違うな。カレラの目にはあの魔人、【
魔人は師匠に、名乗っていたらしい。魔人とは魔物の中でも人に似た形をしている存在に対して総称しているわけではない。知能が高く、人間と同じように言語能力があり、言語疎通が出来る魔物を総称している。
魔人は魔物とは一線を画すほどに強く、魔族の中でも主な脅威である。
師匠はオレの肩に手を置いて言葉を続けた。
「カレラを止めることが出来るのはリゼト、お前だけだ。カレラが道を間違った時は、道を正し、命を落としそうになったときは全力で守れ。それがお前に与えられた縛りだ」
「そんなのカレラに比べたらどうってことないよ。それに縛りじゃない」
「ん?」
「自分の意志でそうしたいって思うからさ。それは縛りじゃないだろ?」
「……そうだな」
薄く目を開け、未だ目を閉じ深く祈っているカレラを見つめる。あの日からオレの気持ちは変わっていない。
彼女は天才だから戦うわけじゃない。元々は体も小さく剣を持つことすらできなかった。剣を振れるようになるまで2年。その間も諦めることなく修練をしていた。
カレラが天才だとするならば努力することができる天才だ。信念を貫き、ゴールの見えない道を歩き続ける。
そんなカレラを否定することは出来ない。今までよりも危険が増えることが分かっていても。
本音を言えば【
だからといって、諦めているわけではない。カレラが想っているようにオレも【
……カレラを解放するためには必要不可欠な存在だ。
「オレがカレラを守ればいいだけだ」
「え?なんか言った?」
つい声が漏れてしまったようだ。視線を向けるとキョトンとした目で見つめられていた。
「いや、おじさんおばさんにも最後の挨拶をしようと思ってな」
「そっか!」
位置を入れ替えて手を合わせると「カレラとの感動の再会もまだまだ先の事だと思ってください」そんな冗談を加えながら、これからのカレラにご加護を、と祈った。敵を打つことも忘れずに。
「よし、行くか」
墓に背を向けて歩き始めると、冷たい風が顔を打ちつけた。
「お父さんお母さん、エンブレムに入ってからも偶には来るからね。師匠も」
背中越しにそう言い残したカレラは立ち止まることなく歩み続ける。そんな中オレは立ち止まり師匠に語り掛けた。
「グランディア流を引き継いだ者として師匠との誓いは絶対に忘れない」
天を仰ぎ、言霊が師匠まで届いたことを確認してから、場を後にした。
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