2話 神々と天使

 森の一部を切り拓いて建っている家にオレはカレラと二人で住んでいる。ジュレートを解体し、肉と皮に分けたオレ達はいつもお世話になっている近くの村へと売り捌きに行き、帰ってきたところだ。


「驚いてたね村の人たち」

「まぁな。ジュレートなんて一体でさえ危険度が高い魔物だ。それが一気に20体も討伐したってなると少しぐらい騒ぎは起こるさ」


 村の人たちの反応を思い出すと、笑みが零れた。カレラが一人で切り裂いたと伝えると、エッヘン、と両手を腰に沿える姿に目を見張っていた。


「本当ならいつものように日分けして売りに行くんだけどな」


 そう言いながら玄関のドアを開ける。二人で住むにはかなり大きい、木本来の素材を活かしている家だ。ここら辺の平民の家の造りとは違い、大陸の東側に多い二階建ての造りになっている。

 玄関のすぐ横、カレラは背中に掛けていた剣を壁に取り付けてある刀掛けに置いた。数時間前には血で染まっていた刀も今はその本来の姿を現している。

 この刀を見た者は、本当にこんな刀で魔物を斬れるのか、と疑問を抱くだろう。刃は薪を割ることすらできないほど鉄が劣化し、錆びており、剣士が持つ刀とは思えないほど飾りっ気がない。それもそうだろう。カレラが使っている刀は剣士が持つ刀とは違い、農民が自衛のために家に一応置いておくような刀なのだ。


「もうこの家ともお別れだもんね」

 

 感慨深く刀を見つめるカレラを横目で見ながら、自分たちで食べる分のジュレートの肉を台所へ運ぶ。

 

 カレラ・メアス。彼女は歴とした天才だ。特に剣を握る者としての才能はこの世界で一番なのではないかとすら思わされる。


 魔族が、人界と魔界の境界線、インビート・リネアを越えて人界への侵攻を始めてから、はや4年。インビート・リネアとは人界と魔界の間にある海峡を指している。雲一つない晴天の日でも人界から魔界を視認することは出来ないほどの距離がある。境界線といっても、現在は線が引かれているわけでも、結界が引かれているわけでもない。言い換えれば、無の不可侵境界だ。

 大陸の東側から攻めてくる魔族の侵攻により人界は大陸の3割が滅亡したが3割で収まっているのは、これ以上の侵攻を許さないように、北から南全ての範囲を13か所に分け、防波堤のようにクランを配置し、最前線と位置づけをしながら防衛を行っているからだ。

 ただ、それを可能としているのは奇跡といえる。

 天使が魔族に力を与えたことがきっかけとなり、形勢は逆転したのだが、人間を憐れに思ったのか、魔族がこれ以上暴れるのを嫌ったのかは分からないが、天使が魔族に力を与えたように、神も人間に力を与えた。


【ONE GIFT】


 魔術や秘術とは違う、特殊な力を選ばれし人間に授けたのだ。ONE GIFTは全員に与えられるわけではない。取得方法は判明しておらず、今のところは神に愛されている者が与えられると考えられている。

 だが、一概にもそうは言えない。【ONE GIFT】は生まれた瞬間に与えられるものもいれば、知らないうちに【ONE GIFT】を取得している者もいる。神に愛されるような生活をしている者が与えられるかといったらそれも違うらしい。

 同じ能力は世界に二人もいない。一人だけの特殊能力【ONE GIFT】はまだ謎に包まれている。

 

 そして、カレラはそんなONE GIFTを所有している。「絶断鋭舞」彼女が握った剣の刃はこの世のすべての物体を無条件で切り裂くことが出来る。宙に舞った花弁もも金剛もカレラの前では同じだ。

 両親を思い出すことが出来る唯一の形見である錆びた刀を使ってもジュレートの人たちで切り裂くことが出来るのはそう言った理由がある。


「そうだ、今日お墓参りに行く?」

「オレもそう考えてた。夕飯前でいいか?」

「うん!」


 跳ねるように勢いよく玄関を飛び出していったカレラは、数秒もしないうちに顔だけひょっと覗かせた。頬が赤らめていて、もぞもぞと恥ずかしそうにしている。


「どうした?」

「斧忘れちゃった……」


 薪を割る音が外から聞こえてきた。過ごしやすい気温だが、夜はまだ少し肌寒い。暖炉に使う分と食事に使う分となると、まぁまぁの量が必要となる。

 オレの名前はリゼト・グランディア。カレラの家名がメアスということで、兄弟など実際の家族ではないことは分かるだろう。

 それなのに一緒に住んでいるのは、オレの父親代わり、メアスの父親代わりの人物が一緒なためである。

 

 グリーアモ・グランディア。オレは師匠であり、父親代わりのグリーアモの家名であるグランディアを引き継いでいるが、血は繋がっていない。オレは本当の両親の名前も顔も知らず、小さい頃からグリーアモに育てられてきた。

 カレラは本当の家族であるメアスを名乗っている。それはオレとは事情が少し違うからだ。


 あれは7年前。現在住んでいる大陸の西側ではなく、東側での出来事だ。元々オレと師匠は東側のある村の近くに住んでいた。

 ある日の夜の夕食中。師匠が突如血相を変えた顔で家を飛び出した。師匠は剣だけを持ち村に向かって一直線に走っていった。それについて行くと、衝撃の光景が目に映った。

 

 30軒ほどある村の集落には火が放たれており、魔物の襲撃、いや、魔族の襲撃を受けていた。見知った顔の村人たちは肺から血を吹き、判別がつかないほど顔がぐしゃぐしゃになっていた。

 そもそも魔族と魔物の違いとは、その魔物が魔界に生息しているのか、人界に生息しているかの違いである。魔界に住んでいれば、魔族。人界に住んでいれば魔物と呼ぶ。勿論、人界の村なので襲撃するのは人界に生息している魔物のはずだ。だが、村に到着した時に師匠が対峙していたのは魔人だった。

 魔人は人界に生息しない。そのため、魔族であることが確定する。しかし、その当時、人類の方が優位であったため、魔族はインビート・リネアを越えていなかった。それなのに、魔族の襲撃を受けたのだ。

 本来ならあり得ないはずの襲撃。その当時のオレからすると空を見上げるほど大きな背丈をした魔人は、体中を埋め尽くすように目があり、色鮮やかな瞳がギョロギョロと動いていた。魔力を今ほど感知できなかったオレでも分かるほどの圧倒的邪悪さ。足が震え、立っていることすら困難を極めた。

 

 師匠が庇いながら戦っていたのが、村で唯一の生存者、その当時オレと同じ年齢である8歳のカレラだった。村には足繫く通っていたので、顔見知りだったカレラは泣き叫びながら両親の死体を揺さぶっていた。


「リゼト、彼女と一緒にすぐこの場を離れろ!」


 背中越しにそう叫んだグリーアモの声は焦りに満ちており、いつもふざけておちゃらけているからといって、冗談を言っていないということは一瞬で分かった。師匠が人間にも魔物にも負けたことなど見たことないオレは、師匠の魔力が燃え滾るように熱くなるのを感じて状況が非常に危険だということに慌てふためいた。

 カレラを両親の死体から引き剥がそうとしたが、鋭い目つきで睨まれ、どれほど体を引っ張っても離れようとしなかった。

 だが、ただの村娘とその当時から修練をしていたオレでは圧倒的に力の差がある。羽交い絞めにしたオレは暴れるカレラを無視して、師匠と住んでいた家の方へ引きずるように運んだ。


 山の上まで避難したオレはホッと息をつき、村を眺めた。その時の激闘は今でも忘れることはない。

 師匠が畳かけるように剣を振るたび、閃光が走ったと思うと、対抗するように天まで昇るような火柱が距離を取っているオレの喉を焼くような熱量を持って上がる。

 まるで世界の終焉を見ているかのようだった。

 

 隣で膝から崩れ落ちているカレラに対して声を掛けることは出来ないまま、師匠は帰ってきた。その手に握られていたのが、カレラの両親の死体のそばにあった自衛のための刀だった。唯一の形見である。


 その後決着はつくことなく、魔人は姿を消したらしい。ボロボロとなった師匠はこの場所は危険だと言って、オレとカレラを連れて大陸の西側に住居を移し、今の家を建てた。


 師匠が死んだのは魔族がインビート・リネアを越える2日前だった。肺に病を患い病死だった。

 近くの山の上にカレラの両親とともに墓を建て、1週間に一度は墓参りをしている。それも今日が最後になるかもしれない。

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