ブレード・ウィングー刃の翼-

@TsubasaHyoridai

1話 人類の滅亡と天使の救済

 300年前に勃発したランツェアーナ大戦を皮切りに、長きに渡って続いた人類と魔族の戦争も人類の勝利で終焉を迎えた。

 と誰もが思っていた。

 魔族が生息する魔界と人間たちが住む人界では、自然環境、大気などに含まれる魔素の量、質共に全く違う。魔素が少ない人界で生活する人間は、少量の魔素で魔力を生成できるが、魔力を生成するのに大量の魔素を必要とする魔族では燃費が違うのだ。

 フィジカル面、魔力の扱い共に人間を大きく上回る魔族だが、魔素が少ない人界を攻めるのには手こずり、最終的に魔族は滅亡へと道を歩み始めた。


 人類が魔族を滅ぼそうと決意した時だった。神の遣いである天使が下界に舞い降りた。

 人類は皆こう思った。魔族を倒す人類の助力に来たのだと。人類が捧げてきた神への祈りは届いたのだと。

 しかし、天使は魔族に力を与えた。人類と同じように少量の魔素で魔力を形成できる力を。

 これにより形勢は一発逆転した。


 滅亡しかけた魔族はとうとう5年前。人類が住む大陸の最東端の先、人界と魔界の境界線、インビート・リネアを再び越え、人界への大侵攻を始めたのだった。

 人類と魔族との戦いが、再び大戦として勃発した。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 森の中で魔物の気配を探るのには少しコツがいる。植物含め生物の全ては、魔素を吸収し、少量でも魔力を含んでいるからだ。

 だが、魔によって誕生し、魔によって肉体が生成される魔物の魔力は人間や動物とは違った魔力の気配を発している。

 例えるならば、淀んでいる虹色を、闇が纏っているような、そんな感じだ。


 ゆっくりと瞼を閉じ、意識を魂の奥底へと沈めていく。師匠ならば鹿の親子が沢の水を飲む姿。蝶が蜘蛛の巣に引っかかり捕食されそうになる映像までも視ることが出来るが、オレの場合は反発する魔の気配を感知することしかできない。

 ざわめきを生む森の風により、木の葉が顔に当たり集中力が削がれるが、このくらいのことは日常茶飯事過ぎて慣れっこだ。

 捜索範囲を広げること凡そ4キロメートル。目的の邪の魔力を感知した。


「珍しいな……ジュレートの群れだ」


 ジュレートとは、家畜牛の5倍はある大きさで、豪壮な角を二本有している魔物だ。滅多に見かけることはなく、5体以上の群れを成しているところなど見たことがない。農民なら30人がかりで戦って一体討伐できるか出来ないかくらいだろう。それが、20体は居る。

 

 ……修練の相手にはちょうどいい


 ちょうど正面の直線上でうろついている。それにこのまま無視すると村を襲う可能性だってある。これほどまでの数で獰猛な性格をしているジュレートに農民たちは立ち向かえないだろう。

 村には日頃の恩もある。


「騒ぎになる前にやっとくか」


 誰かが居るわけではないが、つい日頃の癖で声に出してしまった。いつも隣にいる彼女に向けて呟くように。

 一歩踏み出した瞬間、違う気配に気が付いた。はぁ、と大きな溜め息を吐いてしまう。どうやら彼女も気が付いたようだ。少女が走ってるとは思えないほどのスピードで対象に近づいている。

 早く向かわないと獲物が全て息絶えてしまう。彼女にとってはジュレートも森でドングリを食べるだけのリスも変わらない。オレは空気抵抗を減らすように前に屈むと、地を蹴った。


 木々の隙間を縫うように走る。意識をジュレートに向けるとすでに何体もの生命の灯が消えていた。

 倒木を越えるために跳ね、枝を右手で掴み、勢いを利用したまま一回転して前に飛ぶ。両足を着いた着地の瞬間は動けなくなるのが普通だが、魔力を足に集めそのラグすらもほぼゼロに近づける。

 

 鉄分を含む血の匂いが風に運ばれ漂ってきた。もう10秒もすれば到着する。体に一直線になるように足を揃え、滑るように停止した。

 剣を鞘から抜こうと、グリップに手を掛け、引き抜く力を込めたが、すぐに手を離した。

 その瞬間、最後の一体が最期を悟ったのか、痛みに耐えれなかったのか、凄まじい咆哮を上げながら地を揺らすように力なく倒れ、砂煙が軽く舞った。


 視界が徐々に晴れ、辺りの地面は真っ赤に染まっており、木々や葉には鮮血が滴っているのが見て取れた。

 オレは腰に掛けていた剣を抜く。血がついていない白刃が、森の隙間から差し込む太陽の光を反射した。

 見上げると、それまで気配を隠して潜んでいた森のハイエナ的存在、ダガが、その場の勝者に向かって飛び掛かろうとしていた。師匠から東側では虎と呼ぶと聞いたことがある。

 牙を剥きだしにした目力のあるダガに向かって、地面をこするように剣を下から振り上げる。刃が直接当たるような距離ではないが問題はない。斬撃がダガの薄い皮膚をした首を切り裂くと、ギュッ、という低い唸りを上げる。確認しなくても即死したのが分かった。

 ふぅ、と剣を鞘に戻す。


「あ、リゼト来てたんだ!」

「ああ、こんだけの大群は見逃せないだろ」

「私と一緒だ。それにしてもやっぱ魔力感知凄いね。私気づかなかったもん」


 そう言うと彼女は、ダガに視線を向ける。ダガは既に死体になっているジュレートの腹部に乗るような形で倒れていた。

 ダガは戦闘力でいうとジュレートよりも何段階も劣る。その代わり気配(魔力)を消すのが上手く、一定の距離近づかないと気づけない魔物だ。


「そんなこと言ったらカレラもだろ。こんな短時間でジュレートを20体も斬るなんてカレラにしかできないよ」


 微笑交じりにオレはそう言うと、彼女、カレラ・メアスの下に近づく。サファイアに近い蒼穹のような青色をした腰あたりまで伸びている髪に、猫のようにクリッとした大きな目をした美形の女性。身長は年齢相応だが、今は元農民とは思えないほど垢ぬけており、剣士の顔になっている。

 地面に先端を向けた剣は血で染まっており、暗い灰みの黄赤の刃が隠れている。

 カレラは空いた左手で髪をかきあげるとニッと笑った。


「まぁね」


 不遜さが表面上から滲み出ているわけではない。単に自分の実力を疑っていない圧倒的自信から来ている笑みだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る