僕らは鳥になって飛びたくて、拙い嘘を追いかけた。

清泪(せいな)

鳥人間コンテスト

 

「こうね、スパッとなってバサバサっていくとね、フワッて感じで飛べるんだよ」


 あの時の彼女の言葉が頭に過る。

 僕は白い息を吐きながら、前を見つめた。

 先には大きな傾斜の下り坂。

 少し顔を上げれば夜空には無数の星が光輝いていて、冷たく澄みきった空気の中に神々しく満月が浮かんでいた。

 今度は息を鼻から吸い込む。

 やはり、冷たい。

 身体が芯から冷えきっている。

 防寒装備は備わってはいないし、装甲は割と薄めだ。

 走り出せば温かくなるだろうか?

 でもきっとその先は寒くなるだろうな。

 防寒着はあまり着れていない。

 その分の重量計算はしていないからだ。


 もう一度、息を吐いた。

 目の前で白く濁って直ぐに消えた。

 僕は決心して、ハンドバーを強く握って一歩を踏み出した。

 一歩、また一歩。

 出来るだけ、早く。

 出来るだけ、大きく。

 出来るだけ、高く。

 出来るだけ、軽やかに。


 僕は、いや、人力飛行機は次第に浮力に乗っかりだした。

 つまり、飛んだのだ。

 

 あの夏、交わした約束は。

 僕だけを乗せて軽やかに飛んでいるのだ。


 毎年夏になると滋賀県にある琵琶湖で開催される鳥人間コンテスト。

 僕たちはたまたまその番組を観ていた。

 夏休みの自由課題をどうしようかとクラスで仲の良い奴らを集めて考えていたところ、誰かがつけたTVにそれは映っていた。

 確か集まった家の家主では無い誰かがつけたそのTV番組に僕たちは課題についての議論も忘れて夢中になった。


 様々な人力飛行機が飛行距離を競い合う。


 そこにどれだけの想いがあるのか。

 それが画面を通して伝わってきた。


「な、自由課題コレにしない?」


 誰かが言ったその言葉に誰もが頷いていた。

 否定するものはいない。

 僕たちは、大空という夢にすっかり魅了されていたのだ。

 そこにいた人数が多かったのも歯止めがきかなかった要因だったと思う。

 皆でやれば怖くない。

 やろうと思えば何でもできる、僕たちは手を繋ぐようにそう信じ込んでいた。


 親戚の叔父さんが参加したことがある。


 勢いだけの僕たちの背中を更に押したのは彼女のそんな一言だった。

 彼女は僕たちのグループの中でもアイドル的存在で、他の女子には申し訳ないがレベルが一つ二つ違う女の子だった。

 彼女はその親戚の叔父さんの話をまるで自分が体験したかの様に話始め、ただでさえ魅了されていた僕たちを虜にしてしまったのだ。

 もちろん、男子的には二つの意味で、だ。



 そうして僕たちは青春の1ページ、ひと夏を人力飛行機の製作に注いだ。

 結果から言えば、何の知識も無い子供だった僕らにはひと夏ぐらいで人力飛行機は造れなかった。

 それこそ1ページで済むような話ではない。

 しかし、男女混合のグループがひと夏を共に過ごせば色々とあるもので、男女7人うんちゃらかんちゃらである。

 実際はもうちょっと多かったし、更に後々増えたので色々とこじれにこじれ、とてもややこしくなってしまったが。


 そして、青春の甘酸っぱい感じで過ごした夏の思い出は終わる頃には苦い思い出に変貌してしまい、最後に残ったのは僕と彼女だけだった。


 ただ夢を見続けたかった僕と、ただ夢を見るために嘘をつき続けた彼女。


 親戚の叔父さんが参加したことがあるのなら、設計図を借りてくれば早いんじゃないか?

 至極当然の疑問に、彼女は困惑していた。

 それは設計図を借りれないからではなくて、そんな親戚の叔父さんが存在しないからだ。


 彼女はただ昔から憧れていた鳥人間コンテストに皆が挑戦するのならと、嘘をついたのだ。

 背中を押すような、手を引っ張るような嘘を。

 自分と同じ夢を見てくれと、嘘を並べたのだ。


 嘘は、便利だ。

 他人を騙すのにも使え、他人を奮起させるのにも使える。

 そして、飽きた口実にも、諦めた口実にも。


 仲間たちは次々と彼女の嘘を理由に離れていった。

 夏が終わりに近づき、新学期が迫ると途方も無いものを自由課題の提出物とするわけにはいかず、皆は各々の課題に取り組む事になった。

 自分の為という理由を告げれず、口実を彼女の嘘にしてしまった皆は、結局その気まずさに距離を置くことになった。


 そんな中、僕は。

 僕は。

 彼女の嘘を、ただ嘘と思いたくなかっただけだったのかもしれない。


 泣いてる彼女を慰める事も出来ず、まだ形も出来てない人力飛行機を見つめていた。


 

 あれから、随分と経った。

 青春の何ページを費やしたのだろうか?

 あの時の皆は成人して街を離れたと聞く。

 連絡すら取らなくなった僕たちは、そういう又聞きぐらいのあやふやな情報だけで繋がっている。

 そういうあやふやな情報には彼女の話も含まれていた。

 彼女もまた街を離れた、らしい。

 もうこんな苦い思い出の街には戻ってこないのかもしれない。


 街にある一番傾斜が急な坂に、トラックで人力飛行機を運んだ。

 天気予報では真夜中から雪だとか言っていた。

 少し慌てて準備をした。


 今日が最初で最後の挑戦だった。

 

 特に決めていたわけでもないけど、今日は彼女の誕生日だ。

 誕生パーティーを皆でやったのを思い出したら、少しにやけて少し泣けた。


 冷たい夜空に涙粒が落ちていく。


 ふと、その涙粒の軌跡を目で追った。

 上空高く飛び上がっている僕の目に奇跡が飛び込んできた。

 こんな真夜中の、こんな空高く、見間違えだと言われるだろうがそんなわけがない。


 彼女が家の屋根に登って僕に向かって手を振っている。

 大声で何かを言っている。

 きっと、彼女はこう聞いてるのだ。


「ねぇ、どうやって飛んだの?」


 だから僕は手を振り答える。


「こうね、スパッとなってバサバサっていくとね、フワッて感じで飛べるんだよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕らは鳥になって飛びたくて、拙い嘘を追いかけた。 清泪(せいな) @seina35

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ