知る者

「取り合って貰えなかった」

 母親からの連絡だった。たった一言。それなのに落胆する母親の顔が容易に浮かんだ。

 返信に頭を悩ませたが面倒くさくなりスルーを選んだ。

 自分の書く恋に酔う主人公がどうしても気持ち悪くて小説を書くのもやめてしまう。


「はぁ」

 無意識に大きなため息が出る。全部が全部嫌になって、形容し難い感情が芽生えて、こんな感情達の相手をするのも面倒くさくなって、死にたいと結論づける。

 汚れた気分も洗い流そうと浴槽へ向かった。


 軽くシャワーを浴びて最大限のおしゃれな服に着替えた頃には時計は午後五時四十二分を指していた。

 残りの時間頭の中はパラサイトでいっぱいになった。

 俺を知る相手。俺が憎む相手を同じく憎む相手。

 眠りについた後の俺が別の人格で行動してる以外に考えられなかった。

 パラサイトは俺なのか?


 特になんの進展もないまま俺は集合場所に向かった。いつも通り集合時間より少し早く。

 対して健人は集合時間ピッタリに到着した。

「何するよ。カラオケでも行く?」

「うーん。取り敢えず新大宮くらいまで行くか」


 人数そこそこの電車に揺られ俺達は三十分程で新大宮駅に到着した。

 よし、何するかと辺りを見渡していると同年代の女性に声を掛けられた。

「あの、すみません。お時間よろしいでしょうか?」

 全く面識のない女性に突然話しかけられ脳がショートする。


「丁度暇してました」

 満点の笑みで対応する健人を見て情けない気持ちで一杯になった。

 しかし目的がわからなかった。イケメンでもない、金持ちのオヤジでもない俺達二人に女性が一人声をかけるなんて。

「良かった。遊ぶ予定だった友達にドタキャンされちゃって。どっか行ってぱーっと遊びましょう!」

 人生初の逆ナンに不信感が募っていった。


 俺達三人は駅近くのカラオケに訪れた。店内に入ってすぐに部屋へ案内された。

 向かい合わせに三人分のソファーが置かれ、壁に立て掛けられた大きなテレビがカラオケで必ず見るよくわからない番組を映し出していた。

 ドリンクバーで各々好きな飲み物をコップに注ぎソファーに腰を下ろした。

 俺の隣にはさっきの女が。向かいに健人が。この配置を提案した健人には後で飯でも奢らせよう。


「そういえばまだ名乗ってもなかったですね。錦戸桃にしきどももって言います。今日はどうしようもなく寂しくてついつい」

 初めの曲は錦戸が歌った。俺も恥じらいながら歌って、健人の歌声はいつも通り堂々としていた。

 眠気で健人が目をこする中錦戸は必死に場を盛り上げてくれた。

 俺は女性と仲良く出来た事なんかないのに何故だか錦戸は居心地が良く感じた。


「ごめん限界」

 健人がそう言って横になったのは午前一時のことだった。

 しかしこの場が二人きりなことに全くもって緊張を感じなかった。

 錦戸桃の持つ素晴らしい才能なのだろう。

 健人が眠りについて数曲二人で回し飲み物がなくなったのでそのまま二人でドリンクバーへ向かった。


 コーヒーを注いでる間錦戸は俺の後ろで何か言いたげに立っていた。

「どうしたん?」

 今世紀最大の勇気を振り絞ってその表情の真理を伺った。少しの間が出来る。しかしひたすら見つめる俺に諦めようやく口を開いた。

「ドタキャンされたとか寂しくてとか色々嘘ついてたの。本当は人を捜してて敢えて貴方達に話しかけた」

「人捜し?」

「そう。私は柳晴希、貴方を捜していたの」

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