第6話 くたびれ夜散歩

 深夜0時前、私は一人、職場近くの繁華街を歩いていた。立ち並ぶ店の看板のネオンが目に刺さる。まったく無駄に疲れる散歩だ。私は毎日この時刻にこのあたりを散歩するのだが、正直私はこの散歩が大嫌いだ。まずネオンで目がやられる。それに寝不足にもなるし、騒音や客引きの声が耳障りで仕方がない。かれこれこの習慣をつけ始めて約10年になるが、本当に煩わしい限りだ。私はやりきれなくて煙草に火をつけた。白煙が吸い込まれるかのように、星がまるで見えない繁華街の夜空に溶けて行った。煙草の先に、落ちそうになるぐらいまでの灰が積もったときに、通りがかった路地裏に入る細道に、数人の高校生ぐらいの男数人と、派手な見た目の同じぐらいの年の男の一団がたむろしているのを見つけた。私は、すぐさま静かにその細道に入っていった。

 「君たち、そこで何をしている?」

 私が声をかけると、全員が一斉に私のほうを向いた。高校生ぐらいの男たちの一団は、私の顔がわかると、安心したような顔をした。私は、その中の何人かに覚えがあり、また口を開いた。

 「おや?君たちは2年生の城野くんと家永くんではないか?こんなところで何をしているのかね?この時間は深夜徘徊になる時間のはずだが?」

 私のが問うと、城野くんが答えた。

 「も、守野(もりの)<私の名前>先生…実はここのみんなで遊んでたらこの辺に迷い込んじゃって…」

 この答え方だけで、私は大方の予想がついた。彼らは学校では比較的真面目な子たちだ。さしずめこのあたりに来た時に、次から次に客引きか何かにでも引っかかったのだろう。そして仕舞には、今いる男たちにとっつかまったというところだろう。幾度となく似たようなパターンを見てきた。私はできるだけ緊張の糸を解してやるため、柔和な笑みを作った。

 「そういうことか。確かに君たちが夜遊びをするのはおかしいなと思っていたんだ。ここは迷い込むとなかなか出れられないから、私が出口まで案内しよう」

 私がこう言うと、城野くんたちは安心しきった顔になった。男たちは、小さく舌打ちをすると、そそくさとどこかへ行ってしまった。

 私はそれを確認すると、「ついてきなさい」と言って踵を返し、歩き始めた。生徒たちは私の後をしっかりとはぐれぬようくっつくように続いてきた。繁華街の出口付近までは、大体10分ほどで着いた。私は、彼らに体調やメンタル状態などを聞いて回った。

 「諸君、体調は大丈夫かね?緊張が解け、吐き気やめまいなどはないか?」

 彼らは口々に「大丈夫です」とか、「今は大丈夫です」とか言った具合に答えてくれた。また、「家までの道はちゃんとわかるかな?」と聞くと、全員がわかっている様子だったので、私は同僚の中でまだ起きていそうなものに電話をかけて応援を頼んだ。家までの同行を頼んだのだ。

 「家の方々も心配してらっしゃることだろう。一応ここに私の電話番号が書いてあるから、帰りに困ったことがあったら連絡しなさい。すまないが私はまだここを見て回らなければならないのでね…帰るまではもうじきここに丸盾(まるたて)<同僚>先生がいらっしゃるから、先生の指示に従って固まって家まで帰りなさい」

 念のため名刺を渡しながら、彼らにこの後の指示をした。すると、家永くんが遠慮がちに口を開いた。

 「先生…先生はなぜ繁華街にいらっしゃっていたのですか…?」

 「む?なに、この町は何かとここで学生を巻き込んだ事件事故が多くてね…時たま見回りに来てみていたのだよ」

 細かい経緯は離さずに、無難な風に答えた。極まりが何となく悪くなって、私は煙草の箱に手を伸ばしたくなったが、生徒の前なので我慢した。そうすると、ちょうど同僚の丸盾が来た。丸々とした体が特徴の大らかな男で、私とは旧知の中だ。高校生のころから、私は彼のことを「和尚」、彼は私のことを「門天」と呼んでいる。

 「すまない丸盾先生。こんな時間に」

 「なぁに、君の頼みだし、生徒のためだ!気にしなさんな」

 和尚が来ると、生徒たちはペコリと会釈をした。大方の事情を話していたため、和尚は生徒たちにやさしく微笑みかけた。

 「おうおう。怖かったろう。どれ、少し飲み物でも飲んで気持ちを落ち着けてきたらどうだ?そこに自販機があるからこれでみんなの分買ってきなさい」

 私と和尚で値段を折半して、彼らに持たせると彼らは目の届く範囲にある自販機にみんなで歩いていき、各々の飲み物を買い始めた。その間に、私と和尚は少しだけ雑談を挟んだ。

 「門天…一本くれないか?」

 「かまわんよ和尚。ほれ」

 二人で煙草に火をつけて、吸い始めた。二人で吐いた煙が、夜空にまた吸い込まれていった。

 「門天…よくもまぁ毎日このようなことを続けられるものだなぁ…」

 「和尚…それはお前もだろう…俺がこの散歩を終える時刻まで起きてくれているくせに…」

 私たちは毎日ほぼ同じ時刻に就寝している。私の散歩が終わり、床に就くまで和尚も起きている。散歩中、今夜のような状況になったときのサポートをするためだそうだ。

 「それもそうだが…門天はもともと短時間睡眠からの活動は苦手だったろう?私はこの約10年、ことあるごとに言ってきたではないか…」

 「確かに苦手だったが、案外続けていると慣れるものよ和尚」

 あえて笑いながら返す私に対して、和尚は真剣な顔になった。掛けている眼鏡の奥から覗く眼光が、真剣なものになった。

 「まだあのことを気にしておるのか…?門天よ…」

 「……」

 和尚の問いかけに私は答えることができなかった。

 「ここ数年、お前のおかげでこの町での生徒の巻き込まれる事件の類は激減した…もういいではないか…あの時のことだって、あの子たちは立派に大学を出て就職先でもうまくやっている。お前が悪かったわけでもないだろう…?」

 「そうかもしれないな…だが…私はもう、この目に付く生徒たちが傷つくのは見ていたくないんだよ和尚…」

 和尚の言うことももっともだったが、私にも、やはり後ろめたさがあった。それが私を未だにこの場所に足を向けさせているのだが…。

 「お前の気持ちは私にも痛いほどわかる…私も教師のはしくれだ、生徒が傷つくのは見たくない…。だが、親友のお前が時間を重ねていくごとにやつれていく姿を見るのも同じくらいつらいのだ…」

 「和尚…ありがとうよ…だが俺はすぐには答えを出せないよ…」

 私の肩に手を置き、頭を垂れる友…その手に自分の手を重ね、私もまた頭を垂れた。私たちの煙草は、もう真ん中あたりまで燃えてきていた。

 「そうだよな…門天は生徒を一人残らず救いたいのだものな…すぐには無理だろうな…」

 「和尚こそ…相変わらず優しいな…」

 私たちは煙草の煙をまた吐きながら、深いため息をついた。私たちがこれほどまでに悩んでいるのは、私たちが新任の教師としてこの町に来た時の出来事が関係していた。この繁華街の近くで、半グレグループ同士の抗争があったのだ。私たちの学校の生徒も、運の悪い子たちが数名、近くを通りかかった際に巻き込まれてしまい巻き込まれた全員が大怪我を負うという事件が起こった。その子たちの大半は、私と和尚が初めて持ったクラスの子たちだった。「あの時、私が同じ場所にいれば守れたかもしれないのに…」という意識が、私をそれ以来毎日ここへ連れてきていた。

 「あの子たちが学校にあいさつに来てくれたり、飲みに誘ってくれたりするとき、私は申し訳なさでいっぱいになるよ」

 実際私は、その子たちが卒業してから、極力接触を避けていた。「守れなかった」「会う資格なんてない」そんな言葉がたびたび過ぎるのだ。学校に来ることが分かったときは、あえて職員室から遠い位置にフラッと出て行ってきたし、飲みに誘われた時も、何かと理由をつけて断ってきた。

 「門天…お前はそうかもしれないがあの子たちはお前に感謝しているのだぞ?あの子たちが病院に運ばれたことが分かったとき、お前は誰よりも早く病院に駆けつけたろう?あの子たちはみんなそのことをハッキリと覚えておったぞ。「あの時先生が来てくれて安心した」と皆未だに口をそろえて言っておるぞ」

 和尚の言葉に、私は嗚咽して崩れ落ちそうになった。だが、あくまで涙をのみこむ心地で持ち直した。

 「そうか…とはいえこの行動に関しては、すぐには改められないな…」

 「仕方があるまい…それが門天の優しさであろうよ…」

 私たちが次の言葉に詰まっていると、飲み物を買いに行っていた子たちが返ってきた。和尚は、生徒たちに引っ張られるようにして、生徒たちの輪の中に引き込まれ、引率して家に送ることになった。出発する前に、和尚は私に向きなおり言った。

 「門天。お互い用が済んだら飲みに行こうではないか」

 今日は学校に行かなくてよい土曜日、私は頷いていった。

 「そうしよう和尚。連絡を待っているぞ。すまんがその子らを任せる」

 そう言って、私は踵を返し繁華街に戻っていく。散歩という名の見回りを再開する。数十分後には、また和尚と杯を交わしているのだろう。そのあとは、すぐに横になって寝てしまうのだろうが、なんだか今夜は良い夢が見れそうな気がする。



 (ところ変わって和尚目線。)

 私(和尚)は友を見送った後、生徒たちを連れて夜道を歩いていた。すると、一人が私にとある質問を投げかけてきた。

 「あの…先生…?どうして守野先生のことを門天と呼んでいたのですか?」

 そんなことを気にしていたとは気づかなかったが、私は素直に答えることにした。

 「彼とは古い仲でなぁ…。門天というのは、毘沙門天という神様から取ったものでな。恐ろしい形相で描かれることが多いのだが、守護の神として有名でな?彼は昔から正義感が強く、目に留まった大切な人をとことん守りたいと願う男だった…。そして、仲間が傷つけられたときは鬼のような形相で激怒するような男だった。だから学生のころから、門天と呼んでいるのだ」

 私の答えに、その生徒は満足したように頷いていった。

 「確かにそれは守野先生にぴったりのあだ名ですね!今日、先生に助けていただいたおかげでなおさら納得しました!」

 私も強く頷き、腕を組み夜空を見上げた。あと数十分後には、門天とまた杯を交わすだろう。そして、ゆっくりと微睡みながら眠りに着くだろう。今夜は良い夢が見れそうな気がする。

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真夜中はつれずれ… 刀丸一之進 @katana913

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