『現代においてキューバーとはヒンメリの力を借りて魔方(まほう)と戦う救世主だ』

「……まったく……本当に君はだめなやつだな」

「返す言葉もないっす」


 方歴(ほうれき)39年。

 世界が正体不明の魔法立方体型コア生命体『魔方』の襲撃を受けてから39年がたつ。

 奴らは突如マジャライ国付近の空で大量発生し、その不気味な六面の立方体であっという間に空を覆い尽くし、国から人々の財産、故郷を奪っていった。

 小型は数センチ~一メートル四方。

 中型なら数メートル四方。

 大きものでは数十メートル四方。

 その不気味な形をした謎の異形は、時に空から雨のように降り注ぎ、時には鏡のように美しい面から光線で人類を翻弄した。

 そして方歴39年。

 戦況が悪化している欧州北部半島にあるスオミ―国。

 ここでは各国の優秀な魔方使いから編成される”MJFC02”が半島を防衛している。

 MJFC。

 正式名称を

 Magic Joint Fighter CUBEと言い、全世界に01から06までの6つの部隊が点在する。

 これは所属のメンバーも拠点も決まっていないのが特徴だ。

 立方体型コア生命体『魔方』は世界中に出現するが、その頻度も出現場所も決まっていない。

 戦況が厳しい場所に基地が設立され、その環境に適したメンバーが世界各地から集められる。

 事実ここ数年の情勢でMJFC02の基地はサンクトペテルブルクからヘルシンキに移動している。

 また人類が方歴を数えて10年目。一番最初にやつらを撃退し、当時の激戦区だったマジャライ国を奪還した時、MJFC02は同国の首都であるブダペストに基地を構えていた。

 他にも欧州西側のガッリア国を開放したMJFC01は基地をドーバー海峡に設置していたし、その後の作戦ではアドリア海方面へと移転している。


 そして現在。

 ウラル山脈付近で大量発生した魔方たちは西へ東へと勢力を拡大しており、欧州では北部半島のスオミ―がその危機の舞台となっていた。


 そんな中、今日も02部隊の対魔方人――通称”マジックキューバー”は訓練を欠かさない。

 基地の規模はだいたいどこもも1,000人規模だが、キューバーの人数はどの部隊でも10人前後で残りは彼らを支える軍人だ。

 キューバーは魔方を倒した時、稀に鹵獲出来る魔方コア――通称キューブのエネルギーを扱える人間に限られる。

 鹵獲したキューブを1片が5.5センチの立方体に加工し、ネックレス状にして首からかける。

 この時キューバーの資質があれば6面が様々な色に輝き”魔方力”を手にすることが出来る。

 理由は分からないが、先天的なキューバーもいれば訓練により習得する者もいる。

 魔方力は飛行能力の付与、武器の威力や範囲強化、防御シールドの展開と、魔方との戦闘に対するあらゆる才能・能力をキューバーに付与する。

 また加工されたキューブはその形が似ていることからヒンメリと呼ばれている。

 ヒンメリは北欧の装飾品でキューブに近い8面体だ。語源も「空」「天」といった意味から「空を魔方から取り戻して欲しい」という願いが込められている。


 つまり現代においてキューバーとはヒンメリの力を借りて魔方と戦う救世主なのだ。


 しかしながら戦況が逼迫しているせいか、必ずしも才能に溢れたキューバーが揃うとは限らない。

 極東の島国ではキューバーを海外に派遣しすぎた影響や、陸軍海軍の政治的軋轢の影響で新人のキューバーが魔方力を発揮できずに次々に撃墜されている。


 そんな中、スオミ―のヘルシンキに基地を構える02部隊の教育係のパウラは、新人キューバーのヴァロを最前線で通用するように鍛えていた。

 にしても、だ。


「ヴァロ。君の魔方力は本当に弱いな。弱すぎる。よわよわのよわだな」


 身長が150センチあるかどうかの女性キューバー兼教官パウラは肩まであるサラサラの銀髪を人差し指で弄びながら、ヴァロを見上げ溜息をつく。

 彼女は19歳。02部隊の隊員でありこの基地が置かれているスオミ―国の首都ヘルシンキの出身だ。

 キューバーとしての資質も高く、他の部隊への引き抜きの話も頻繁に上がるほどだ。

 また彼女の一番弟子が現時点での魔方撃墜数が世界一位を記録しており、教育者としての優秀さは折り紙付きだ。

 そんな彼女が今日も頭を抱えている。


「そんなこと言っても師匠。俺、全然魔方力のコントロールができなくて。ほら、ここまで近づいてようやく当たるんすよ」


 パウラの悩みの種は弟子のヴァロ。彼は02部隊に配属されたばかりの16歳の新人少年だ。身長は170センチで標準体型だ。

 彼の出身は極東の島国で名前は飛雁(ひかり)というが、転属の書類で飛雁とするところが光となっており、それがそのまま部隊へと伝わってしまった。

 光はスオミ―ではヴァロと呼ぶので02部隊では親しみを込めてそう呼ばれている。

 もっともパウラからしてみれば彼はまだまだ半人前なので本名の”飛雁”と呼ぶに値しないとも言っているが。

 飄々としていて、軽口を叩く言動から周りからの評価は高くないが、他の才能をパウラは見抜いていた。

 柔軟な思考力を持ち、また魔方力による飛行速度は誰よりも早い。それに時折、ほんのたまに見せる集中力はずば抜けている。

 ……だがコントロールと魔方力が圧倒的に低すぎるのだ。これでは速く飛べたところで魔方力が無駄にたれ流れるだけで、とても現時点では戦うことなどできない。


「まったく。いいかねヴァロ君。射撃とはこうやるのだ」

 パウラは腰にぶら下げているホルダーから練習用の6連魔方銃を取り出すと、眼前にある的へ銃口を向ける。

 的には20点の数字が書かれており、それが5つ。

 距離も高さもまちまちのそれにめがけて、次々に引き金を引く。

 そのたびにヒンメリが反応し、美しく優しく光り、その弾丸は全ての的を射抜くのだ。


「ヴァロ君。これが射撃だ。敵は常に動き、遠方にいる。私はギャンブルが嫌いなので、確実に仕留める距離まで近づいて攻撃する――その心意気には感心する。しかしながらヴァロ君。君のように5センチの距離まで近づいてやっと当たるようで何が射撃だ。我々のヒンメリですら直径は5.5センチ。まったく恥ずかしいったりゃないよ。君の出身国であるジャパニのお祭りでは射的という、ゼロ距離まで近づいておもちゃを撃ち抜くゲームがあるそうだね。そっちの方が向いているんじゃないのかい?」

「師匠、そりゃないっすよ! せっかくはるばるスオミーまで来たんだから活躍しないと国になんて帰れないっす! 俺もっと速く飛べるようになりますから! そうしたら接近しても戦えるじゃないっすか」

「いいかねヴァロ君。そもそもキューバーは接近戦なんてしないのだよ。ヒンメリの加護と魔方力を最大限に活用して底力を押し上げる。他の隊員を見てもわかるだろう? 私は遠距離からロケットランチャーを使っての攻撃。他の連中もマシンガンやライフル。だいたい自ら魔方相手に近づくなんて自殺行為だ。それに君は新人だ。まだ出撃すらしたことがないひよっこだ。まずは私の訓練メニューをこなしてから意見具申したまえ」

「あははー……ですよねー」

「まったく。次にろくでもないことを言ったら本国送還を検討させてもらうぞ」

 そう言うとパウラはさっき使った訓練用の6連魔方銃をヴァロに投げる。

「装填しておけ。さあ、次の訓練だ」

 ヴァロは言われると訓練用の拳銃を胸ポケットにしまい次の練習場所へと向かったのだ。


 ◆


「なんすか? これ」

「ほう。聖ルチアの祭りを知らないとはヴァロ君もまだまだだね」

「いや、俺今年配属になったばかりだし、まだこっちのクリスマのことなんてわかんないんすけど」

「知ってるじゃないか」

「お祭りじゃなくて、この被り物ですよ。なんなんすか、これ」

 次の訓練として連れてこられた基地郊外の広場。

 そこでヴァロがパウラによって被らされた帽子。

 その帽子の上にはでかでかとロウソクが3本立てられていた。

「今から君は魔方力を使い、この3本のロウソクに火を灯すのだ。それができたら合格。出撃を許可しよう」

「ほんとうっすか!」

「ああ。本当だ」

「……で、これなんの訓練すか? 今からルチア祭の準備すか? まだ夏にもなってないですよ」

「君の頭は帽子を被るためだけにあるみたいだね。いいかい、ヴァロ君。これは魔方力コントロールの訓練だ。やってみたまえ」

 パウラが腕組みをして20センチも上の新人を見上げる。

 ヴァロは両手を握ってヒンメリに力を込める。

「んんっー!」

 だがロウソクに変化は無い。

「力むだけじゃだめだ。ヒンメリを介して魔方力が体を巡る様子をイメージするんだ。大地からエネルギーを吸い上げる。足の裏、ふくらはぎ、太もも、腰を通って腕、手のひら、戻って二の腕から頭。自然の力を力まず体に流して。ゆっくり蛇口を撚る感覚を頭の上に想像するんだ」

「わ、わかったっす!」

「まだ力みすぎだ。もっと力を抜きたまえ」

「は、はいっす!」

「呼吸が乱れてる」

「おっす!」

 そんなことを繰り返すこと十数分。

 一向にロウソクに火は灯らない。

「まったく。貸してみたまえ、ヴァロ君」

 その時パウラが当たり前のように頭を前に出し、ヴァロも自然な流れで帽子を被せる。

 まるで親が出かける前の子供の身支度を世話しているように見えた。

 ヴァロも内心そう思っていたようだが、

「ヴァロ君。君、今なにか考えたい?」

「い、いや、別にっ!」

「いいかい。私は上官ということを忘れないように。今度子供扱いしたら軍法会議だよ」

「やだなー、そんなこと思ってないっすよ」

 やれやれ。

 と肩で溜息をつきながらパウラは帽子を被ると一瞬だけ集中した。

 その瞬間、ヒンメリが大きく輝き、次の瞬間その周りはぼんやりと、夜中の街灯のようにうっすらと輝きを保つ。

「どうだね? ヴァロ君」

「おおー! すげー! 3本ともついてる!」

「まあこんなもんだよ。もちろん経験の差もあるが、コントロールが出来るようになれば――」

「おおっ!?」

 パウラの頭の上の3本のロウソクの火が消えたかと思うと、左、真ん中、右と順番に点灯する。

「こんなことも可能だ」

「かくし芸みたいっすね!」

「まったく。君の頭はお花畑だな。ほれ――」

 帽子がヴァロへと投げられると再び被り訓練を再開する。が、一向に灯る気配がなかった。

「まずは一本。それを灯せば成功したようなものだよ」

「了解っす。出来ることからやるっす!」


 ◆


 それから数十分。

「あー、全然だめだー」

「まったく。君の才能の無さには呆れと通り越して感動すらするよ。しかし1本は点けれるようになったじゃないか。しかも特大の灯火(ともしび)じゃないか。それだけ魔方力を集中させれれば今は十分だよ」

「でもそれじゃあダメなんすよね」

「だめ、というわけでもない。要は必要な魔方力を必要な時に、必要な量だけ必要な場所に振り分けることができればいいだけだからね。まあ、君みたいに魔方力の才能もなくヒンメリからも聖ルチアからも見放されたやつは、ここぞという時以外はダメかもしれないね」

「ちょっと言い過ぎっすよー」

「事実を言ったまでだよ」

「……反論できない。がんばるっす。それにしても何かコツみたいなのないんすか?」

「ないな」

「即答っすか!」

「あたりまえだよ、ヴァロ君。――ただまあ、強いて今の君にでもわかる範囲で説明するとすれば――”愛”かな」

「はぁ」

「はぁ、じゃないよ、君。真面目な話だ。つまるところ、どれだけ守りたいもの、人がいるか。その想いが強ければヒンメリも反応してくれる。頭で考えててもダメな時もあるということ――」


 その時だった。


 基地中に緊急警報が鳴り響く。


 魔方が出現した。


 ◆


 二人は基地があるヘルシンキの西へと飛行していた。

「いいかい。ヴァロ君。まったく本意ではないが緊急事態だ。さっきも説明したが今飛べるのは君と私だけだ。幸い今日は隊長と副隊長が基地を守っているので安心だが、他の連中は真逆のラドガ湖方面へ駆り出されている。合流は無理だな。よって私は君のお守りと魔方の撃退で仕事が2倍になった気分だよ」

「足手まといにならないようにがんばるっす!」

「せめて10センチ離れた距離から当てられるようになってから実践に投入したかったところだよ。武器は?」

「こいつで。訓練はしっかりやったつもりっすから!」

 自動小銃をしっかり抱えたヴァロの表情はその軽い口調とは正反対に真剣だ。

「ほう。君は空ではそんな顔をするのか。知らなかったぞ。あやうく惚れてしまうところだった」

「惚れてもいいんすよ?」

「ぬかせ。練習用の銃で至近距離でしか的に当てられない君のどこに惚れるというのだ。――きたぞ!」

 ヒンメリを経由して基地からの位置情報を聞いていた彼らだったが、パウラが目視で確認すると魔方力温存のために基地との通信を切断する。

「いいかねヴァロ君。とてもじゃないが今の君ではまったく魔方に歯がたたない。だから君は後方支援だ」

「わかったっす。でも――」

「言いたいことはわかる。私のロケットランチャーは近距離用の武器じゃない。だから十分に距離を取る。その上で君はさらに距離をとり後方から射撃する。もちろん威力なんて殆ど無いが奴の気を逸らすことができれば十分だ。幸い敵は中型でそこそこ的もデカい。やれるね?」

「やってみます!」


 二人が集中すると彼らのヒンメリはぼーっと光を灯し始める。

 戦闘が始まる合図だ。

 そしてそれを目掛けて、不気味な立方体の異形『魔方』が人間には聞き取れない悲鳴を上げて突撃してきた。

「!? こいつ、速い!」

 普段のパウラなら余裕で回避できる距離から一気に詰められる。

 だが彼女も優秀なキューバーだ。

 すぐに敵の力量を把握すると、さらに距離を取るべく上昇する。

「ヴァロ君! ついてこれてるかい!?」

「大丈夫っす! 速さだけなら多分一番なんで!!」

「ははっ。今だけは頼もしいな!」


 それから壮絶な追いかけっこが始まる。

 ベテランのパウラは敵の強さを見積り直すと冷静に距離を取り、ロケットランチャーを打ち込み続ける。

 そこにすかさずヴァロの援護射撃が加わる。

 元々の射程距離が短い自動小銃だが、改造が施され有効射程が倍の600mになっているだけあり、戦闘初心者のヴァロでも魔方の気を逸らすことぐらいには成功している。

 魔方の体当たりや長距離ビームもヴァロが攻撃を仕掛けると一瞬テンポが遅れるのだ。

 そのコンマの隙でパウラはロケットランチャーを打ち込み距離を取る。

 超後方支援と一撃離脱の繰り返しでダメージを重ねる。

 ロケットランチャーの威力は相当なもので、通常であれば中型の魔方の表面を1、2撃で破壊しコアを露出させることが出来る。

 このコアさえ露出すればヴァロの持つ自動小銃でもトドメを差すことは十分に可能だ。

 しかし、

「まずいぞ。ヴァロ君」

「なんすか、師匠」

 少し息の乱れたパウラがヴァロの横につけると、

「ロケットランチャーの残弾がラストだ」

 威力があるとは言え、相手の予想以上のスピードから有効射程ギリギリまで離れての一撃離脱は普段よりそうとう威力が落ちていたのだろう。

 たしかに数発の痕はあるがギリギリコアを露出するための致命傷に足りていない。

「ヴァロ君。君の残弾は?」

「まだ十分にあるっす」

「ふむ。……さて、どうするか?」

 だが思案している時間などない。

 先程のパウラ一撃でフラつきながら飛んでいた魔方が体勢を立て直しつつある。

「帰還……はないか。基地が手薄だし戻りながらラドガ湖方面の連中に応援要請をしたところで、こちらの体力がなくなりおそらく戻る前に追いつかれるな」

「ってことはやっぱりここで倒すしかないんすよね」

「そうなるな。だが……」

 頼みの綱のロケットランチャーは一発。だがこの魔方を倒すには立方体の表面を叩き割り、その後コアを攻撃する必要がある。


 最低でも2発は必要だ。


「あのっ! 俺に考えがあるっす!」

「なんだい、ヴァロく――うわぁああっ! なにをするんだねっ!」


 パウラが抗議の声を上げた時、すでに彼女はヴァロの左腕に抱えられ魔方へ向けて高速で接近を始めていた。


「時間がないっす! あいつが体勢を立て直す前に接近するっす!」

「君! 何をむちゃくちゃなことを!」

「聞いてください! 師匠のロケットランチャーなら近距離であいつのコアを露出させることができるっす。そしたら俺がこの自動小銃でトドメをさすっす。……さすがに5センチや10センチまで詰められないっすけど、多分当たる……と思、いや当てるっす!!」

 それを聞いたパウラは一瞬唖然としたが、

「……ほう。なかなか面白いことを言うね。でもいいのかい? 最悪撃墜される可能性すらあるぞ。コアは露出すれば弱点だが、魔方の最大の攻撃はコアからも来るんだ」

 確かにパウラの言う通り、露出したコアから放たれるビームは通常のそれより数段と威力が増す。

「その時はその時っす。……それに撃墜されたら二階級特進で師匠より階級が上るっすから。そしたら今やってるこれのお小言もチャラっすよね?」

「私を小脇に抱えるとは軍法会議ものだが、それよりも今の発言は撤回してもらいたい。不出来でも一応君は私の弟子なのだから」

「りょーかいっす。それじゃあ最速で行くっすよ!」

「私は最後の一撃に温存する。シールドは張れないぞ」

「大丈夫っす。あいつが立て直す前に連れて行くっす!」

「まったく。ギャンブルは嫌いなんだが――ねっ!」


 大きな体躯がゆらゆらと、しかし一秒一秒そのグラつきは安定していく。

 もう数秒すれば魔方も再び動き出すに違いない。

 もし動き出したら、速さが取り柄のヴァロですら離脱は不可能。

 そんな後戻りできない距離に突入し、なおも進んでいく。


 200m、100m……


 中距離からの一撃離脱が得意のパウラも流石にこの至近距離で魔方と対峙するのは始めてだった。

「ははっ……参ったな。少しだけ怖いぞ、ヴァロ君」

「俺もっす! やばいっすね!」

「ああ、まったくだよ」

「でも大丈夫っす! 師匠、ダメな俺にいっぱい教えてくれたっすから! だから怖いけどもっと行くっす!」


 50m、25m、


「始めて君のことが男らしいと思ったよ。まったくこれは絶対に外せないね!」

 パウラが照準を合わせる。

 魔方。

 のっぺりとした薄気味悪い、立方体。

 中型といえ、ここまで接近すると空を覆い隠すほどに大きく、まるでガラスの板張りを目の前にしているようだ。


 10m。


「一つだけ詫びるよ。ヴァロ君」

「なんすか!」

「君の祖国の射的を愚弄して済まなかった。これもりっぱに――」


 1m。


「戦術、だな」


 正方形のど真ん中に到達した時。

 しずかに、パウラの最後(いちげき)が放たれた。

 のっぺりとした気味悪い平面が破壊され爆風が巻き起こり、慟哭の響きと共にコアが露出される。

「ヴァロ君!」

「大丈夫っす!」

 ヴァロも右手に持った自動小銃をコアに向ける。

 だがそれよりも一瞬速く魔方のコアにエネルギーが集約された。

「うわぁぁぁっ!」

 その威圧的なエネルギーはさらなる爆風を巻き起こし、二人の体勢は大きく崩れ、ヴァロの手から自動小銃がこぼれ落ちる。

「っ!」

 パウラは残弾が尽きたロケットランチャーを投げ捨てると、ヴァロの腕から飛び出して最後の希望を掴み取ろうと飛び出す。

「っ!! とどけっ!」

 目一杯に腕を伸ばす。

 しかし魔方のコアに集約されるエネルギー派はパウラの希望をあっという間に絶望へと変えてしまう。

「くそっ!」

 くるくると落ちていく銃を歯噛みしながら見下ろすことしかできないパウラ。

 彼女の後ろで絶望のエネルギーが大きくなる。

 最期を覚悟してパウラは振り向くと。


「ヴァロ君……君ってやつは……」


 ヴァロが胸から小銃を取り出す。

 パウラが練習で使った6連魔方銃だ。

 残された最後の一発にヴァロは全ての魔方力を込める。


「まずは一本。それを灯せば……っすね」


 人より少ない魔方力で。

 人より不器用なその才能で。

 当たる距離まで接近して、飛ぶ力すらもそこへと込めて。


 引いた。


 ◆


「まったく。ヴァロ君。君はもう少しダイエットをしたらどうなんだい。重くて腕がちぎれそうだよ」

 すれすれのところで魔方を撃退したヴァロだったが、全ての魔方力を使い切り、海へと真っ逆さまに落下を始めたがなんとかパウラが間に合って、ヴァロの両手首を掴んで飛行している。

「すんません! でも俺、標準体型っすよ? それに師匠の身長が普通より――ってすんませんすんません!」

「口には気をつけたまえヴァロ君。今日の出撃ではたしかに助かったが、今は二人きりだ。報告の仕方によってはどうとでもなる。今から二階級特進というコースも検討するかい?」

「マジすんません! 二度と言いませんから!」

「安心しろ。冗談だ。それに私も君にしか言わん」

「もう、びっくりさせないでほしいっす」

 それからしばらく二人共無口になった。

 こんな緊張感の連続の戦闘は久しぶりだっただろう。

 特にヴァロはこれが初出撃だ。

 だからいつの間にか、ヴァロは眠ってしまった。

「まったく。ヴァロ君。君というやつは」

 パウラは高度を下げ、ゆっくりと飛行する。

「02部隊、聞こえるか。こちらパウラ軍曹」

『どうした』

「っ、隊長でしたか。失礼しました」

『いい。終わったんだな。それで?』

「はい。詳細は帰投してから報告します。それと一つお願いしても良いでしょうか?」

『なんだ』

「ヴァロが飛行不能になって……両腕が取れそうです。誰か一人よこしてくれませんか?」

『分かった。今ラドガから戻った奴がいる。すぐに向かわす』

「ありがとうございます。それと、私も魔方力の消耗が激しいですのでヒンメリの通信を切ってもいいでしょうか?」

『――かまわん。位置はこちらから特定できる。ゆっくり還ってこい』

「ありがとうございます。では」

 通信が終わるとパウラはそちらに割いていた魔方力もカットする。

 少しだけ体力が戻り、腕の疲れが楽になった。

「まったく。上官がへとへとになりながら居眠りしている部下を運ぶとは――」

 パウラは自分が掴んでいる少年を見下ろす。

「まぁでも――君にしてはよくやったよ。本当に」

「……あれ、すんません、俺寝ちゃってました?」

「おや。起きたのか。そうだ寝ていた。上官に運ばせるとは何事だ」

「すんません。やっぱり、無茶しすぎちゃったみたいで。魔方力のコントロール、もっと頑張らないと、ですよね」

「はは。君ってやつは。――そうだ、その通りだよ。でも今だけはゆっくり休んでいいぞ、飛雁(ひかり)」

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三題噺 あお @Thanatos_ao

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