先延ばし癖改善サロン

#365日ショートショート 107

　ついに入会した。このサロンを知り、入会するまで、実に二ヶ月を要した。

　男には極度の先延ばし癖があった。夏休みの宿題は二学期に手を付けるのが当たり前。大学受験にいたっては願書の郵送を先延ばしし、気づいたら浪人生となっていた。会社に勤めてからも、とにかくスケジュールの管理ができない。多くの仕事をつい先延ばしにしてしまい、上司や客に数回ほど急かされてからやっと手を付けていた。「割となんとかなる」、それが男の口癖だった。確かに目の前の事象はなんとかなっていたが、その度に周囲からの社会的信用をみるみる失っていることに、男も心のどこかで気づいていた。

　「先延ばし癖改善サロン」の存在を知ったのは、偶然だった。インターネットでたまたま目に入った広告。「あなたの先延ばし癖、どうにかしたいと思いませんか？」「秘蔵のテクニックを伝授します！」。まさか、本当だろうか。にわかには信じられなかったが、そりゃあ、変われるものなら変わりたい。しかし、本当にこのサロンに効果はあるのか……。悩み、時にはすっかり忘れ、また悩み、経つこと二ヶ月。男はやっとこさ入会処理を済ませた。これで自分も「先延ばし癖改善サロン」のメンバーだ。

　数日後、サロンから荷物が届いた。中身がタブレットであることは事前に知っている。ここに、先延ばし癖を改善する秘蔵のテクニックが保存されているのだという。その荷物を開けるのに一週間、タブレットの電源を入れるまで更に二週間を要し、男はやっとの思いで画面を表示させた。

　そこには、「発送から十五日以内に電源が入らなかったため全てリセットされました」とあった。なんということだ。男はサロンのスタッフに連絡を取り、再度タブレットを郵送してもらうよう、リクエストを送った。

　今度こそ。そう念じた男は、なんと荷物が到着してから十日後の開封に成功した。これでもう大丈夫なはず。しかし……「発送から九日以内に電源が入らなかったため全てリセットされました」。

　ぐぬぬ。今度こそ。三度目の正直だ。「発送から七日以内に電源が入らなかったため全てリセットされました」。なんのその。「発送から五日以内に電源が入らなかったため全てリセットされました」。

　その日、男は仕事を休み、玄関の前で仁王立ちをしていた。宅急便のトラックの音が聞こえると、目の色を変えて走り出す。「私宛ての荷物はありますか。ありますよね。あると言ってください！」

　ついにこの時が来た。男はタブレットを手にしていた。今日は発送日の翌日。これで駄目ならサロンを訴えてやる。さあ、見せろ、秘蔵のテクニックとやらを。

　ぽんっ、と明るくなった画面には、「先延ばしという行為を先延ばしすれば万時解決です」と表示されていた。男は、笑顔でタブレットを叩き割った。