異世界でヘタレな俺が鬼退治?

にゃべ♪

いきなり召喚されて鬼退治をしろってマジっすか?

 2月3日、節分の日に俺は異世界に召喚されてしまった。前の晩は酒を飲みすぎて記憶がない。目覚めたら自分の部屋で寝ているのがいつものパターンだったのに、視界に飛び込んできたのが何かの儀式をするみたいな謎の部屋って――。


「勇者様! 私の願いを聞いてくださり有難うございます!」

「え? 俺?」

「そうです! 異世界からの勇者様!」


 まだこの状況を受け入れられない俺に話しかけてきたのは上下白で統一された服を着た――多分巫女さんだ。だってそんな雰囲気だもの。

 部屋にはこの巫女さんしかいない。彼女が1人で俺を召喚したのだろうか。色々と気になった俺は、この巫女さんにカマをかけてみる。


「いやあ~これまたリアルな夢だなあ。俺これ系の夢を見るのは初めてだあ」

「夢ではありません勇者様! 私の祈りが通じて貴方様はこの世界に呼ばれたのです!」

「えっと……。この手の話って世界の危機が定番じゃん。俺、強くないよ?」

「そ、そんな……。嘘はおやめください勇者様!」


 彼女はあくまでも俺を勇者に仕立て上げたいようだ。チート的な力でも宿っていたらその話に乗ってもいいかなと、俺はラノベで得た知識を総動員する。


「ファイア!」


 魔法は全然使えなかった。


「なら、ステータス!」


 ステータス画面は現れない。


「女神! 出てこい女神!」


 当然女神も現れない。召喚したのが目の前の巫女なら、彼女に聞くのが一番だろう。


「あのさ、俺どう言う系の勇者な訳? 騎士? 魔法使い? それとも……」

「勇者様は勇者様です。私達の国を救ってくださる。伝説の……」

「それ! どう言う伝説?」

「国が困難に陥った時に救ってくださると……古文書に書いてありました」


 ざ、雑すぎる。こりゃ巫女も具体的なイメージで呼んだとかじゃないんだな。じゃなきゃ、もっと使えるやつを召喚しただろう。そこで俺は質問を変えてみた。


「この国の危機って何? 戦争系? 魔物系?」

「鬼です! 屈強な鬼の大群が我が国を襲ってきたのです!」

「あーそう言う……。残念だけど俺、役に立てないよ。だって弱いもん。喧嘩でも一度も勝った事ないし。人選間違ったね」

「嘘……嘘だって言ってください!」


 巫女は大きくてクリッとした美しい宝石のような青い瞳にたっぷりと涙をためる。女性の涙に弱い俺は、すぐに場を取り繕うとした。


「出来れば俺も君の期待に応えたいよ? でも何の力もないハズレなんだ。俺が召喚されたのは何かの間違い。だから戻して。で、次のガチャでいいの引いてよ」

「ダメです。一度召喚した勇者は召喚者の望みを叶えるまで戻せません」

「マジで?」

「マジです」


 参った。どうやら俺は鬼を倒さないと元の世界には戻れないらしい。こんなクソ設定は嫌だと頬をつねるものの、悲しいかな痛覚が現実だと認識させてくれた。


「どうか我がペスレナを救ってくださいませ!」

「分かったよ。召喚されたって事は俺には鬼を倒す力があるって事かもだし……」


 選択肢がないので、仕方なく俺は勇者と言う事になってみた。俺を呼び出した巫女はルアと言うらしい。彼女に連れられて城の宝物庫に通された俺は、そこにあった勇者用の武器やら防具やらを装備する。現金な事に、装備が決まると自分でも勇者のような気になってしまった。


「へへ。似合う?」

「とてもお似合いです! 勇者様!」

「よーし、いっちょ鬼をぶっ殺すかあ!」


 勇者装備でハイテンションになった俺は王様に謁見。この戦いを終結に導くと大口を叩く。異世界転移モノで勇者が負けてバッドエンドの話なんて聞いた事がないから、きっとうまく行くんだと根拠もなく自分に言い聞かせた。


「うむ。勇者タカユキよ。そなたに期待しておるぞ」

「お任せください。良い知らせを土産に戻ってまいります!」


 最強装備を固めた俺は、早速鬼を倒しに向かう。チートもなければ魔法も使えない。剣術とかも全く腕に覚えのない素人勇者がどこまで出来るか、何もかもが出たとこ勝負だ。


「う、うう~ん。お腹が痛い」


 いざ城壁の外に出たものの、ここからがマジバトルの舞台だと思うと緊張して体中が不調を訴えてきた。頭もお腹も関節も何もかもが痛い。そもそも、着込んだ鎧が重かった。ただ歩くだけで結構しんどい。体が十分動かせないのにバトルなんて出来るだろうか。

 鬼は城の東にある森からやってくる。その森の中に鬼の世界に通じる通路があって、その封印が解けたせいで鬼が襲ってくるようになったのだとか。


「まったく、この国の昔の賢者もそんな簡単に解けるヤワな封印するんじゃねーよ」


 現れた鬼は城の兵士が対処していて、現れる度に数十名単位の犠牲を出しながら追っ払っていたようだ。今のままだと後数ヶ月で兵士がいなくなってしまうらしい。出現する鬼の数が増えればこのペースは更に早まってしまう。

 となれば、巫女が勇者を呼ぼうとしたのも納得って訳だ。


「問題は、呼び出したのが非力な俺ってところなんだよな……」


 初めて装備した鎧が重くて森の前で休憩をしていたら、ガサガサと不穏な音が耳に届く。俺は剣を鞘から抜いて、適当な構えを取った。


「何だ、今日はお前1人かぁ?」


 現れたのは何故だか和風な佇まいの鬼だった。パンツ一丁で頭に角を生やしたパンチパーマの大男。手には当然金棒を握っている。身長は2メートルを余裕で超えていた。ハッキリ言って怖い。超怖い。

 とは言え、今の俺は世界を救う勇者。気分が高揚していたのもあって、反射的に鬼に向かって突進していた。


「うおおお! この鬼めえええ!」

「やかましいわ!」


 俺の剣が届く前に、鬼が振り上げた金棒がヒット。その強烈な威力に俺の意識は呆気なく吹き飛んだ。あ、これ死んだわ……。


「あれ?」


 気がつくと俺はベッドの上にいた。どうやら助け出されたらしい。体中が打撲で痛い。死んでなくて良かったけど、体は少しも動かせなかった。


「あ、気が付かれましたね」

「あはは。やっぱ俺ダメだわ」


 俺が目を覚ました事で、看病していたルアが振り返る。彼女はすぐにベッドの側まで寄ってきて、俺に向かって両手をかざした。


「もう一度回復魔法をかけますね。これで動けるようになるはずです」

「ど、ども……」


 ルアの魔法で傷が完全回復したので、俺はムクリと起き上がる。魔法ってすごい。


「回復魔法ってすごいな。流石は魔法」

「でも、傷跡は残ってしまいます」

「いーよいーよ、そのくらい」


 俺は腕をぐるぐる回して回復具合を確認する。何だか鬼にやられる前より身軽になったような気もした。それまでの体のコリとか、そう言うのもついでに回復したのかも知れない。

 腕の後は首を動かして調子を確認していたところで、ルアの視線に気付く。


「ごめんな、こんな勇者で。失望しただろ?」

「いえ、やはり鬼には勝てないと言う事が分かりました」


 彼女は淋しそうで辛そうな表情を見せる。俺だって泣きたいよ。何だよこの罰ゲーム。――でも、そもそも何で俺が召喚されてしまったんだろう。俺があの鬼を倒せるから呼ばれたんじゃないのか。

 それにしても、流石にあの鬼は和風過ぎる。世界観に合ってないじゃないか。あっ。


「アレがもし日本の鬼なのだとしたら……。もしかしたら……」

「どうしたんです? 急に真剣な顔になって」


 ルアは俺のマジ顔を見て首を傾げる。俺は日本の昔話を思い出して、ポンと手を打った。


「俺にいいアイディアがある! 豆を用意してくれ。出来るだけ大量に」

「豆……ですか?」

「ああ、それが鬼の弱点なんだ!」


 そう、アレが日本の鬼と同種ならば弱点も同じなはずだ。この世界の人はその弱点を知らない。それが俺が召喚された理由だったんだ。だから日本人なら誰でも良かったのだろう。

 国中にある豆を集めたところで、俺は兵士に向かって鬼退治の方法をレクチャーする。


「鬼に向かって「鬼は外ー」と言いながら豆を投げつける? そんな儀式で鬼が退くはずがない!」

「いや、マジなんだって。どうか信じて欲しい!」

「鬼に一発で倒された勇者の言葉を誰が信じるって言うんだ!」


 予想通り、兵士は弱い俺の言葉を全く信用してくれなかった。どう言葉を尽くしても今のままだと話は平行線だろう。すっかり弱ってうつむいていると、ルアが兵士達に向かって声を張り上げる。


「みなさん、どうか勇者様を信じて!」

「ルアちゃんが言うなら俺は信じるぜ!」

「ああ、ルアちゃんのためならな!」

「ルアちゃん! ホッホホアーッ!」


 兵士達のルア人気は相当なもので、たった一言で豆投げつけ作戦は受け入れられてしまった。この世界でも巫女人気は鉄板なんだなぁ。いや、この世界の方が狂信的かも知れん。

 何にせよ、これで作戦が実行に移せると俺は胸をなでおろした。


 そして、東の森からまた鬼がやってきた。リベンジの時だ。俺達は豆を手に無数の鬼達と対峙する。


「何だお前達、武器も構えてないじゃないか。もう抵抗する気も失せたかぁ」

「行くぞ! みんな!」


 俺の号令を合図に、兵士達は一斉に鬼に向かって豆を投げつける。


「「「「「鬼はぁ~外ぉーッ!」」」」」

「な、何故だぁ~!」


 豆を投げつけられた鬼は一斉に逃げ出していく。兵士達は一斉に鬼を追いかけ始めた。豆には鬼を退治するほどの力はない。その代わり、鬼を追い払う事が出来るのだ。豆を投げつける事で鬼は自分達の世界にひとり残らず帰っていった。

 鬼がどこにもいない事を確認して、賢者が厳重に入り口を封印する。もうこれで大丈夫だろう。この国を襲う危機は去った。


「流石です勇者様。お陰で国は救われました!」

「ああ、役に立てて良かった」


 俺はルアの手を握って勝利を喜び合った。いい雰囲気だったので彼女を抱きしめようとしたところで、周りの景色がぼやけていく。


「あれ?」


 気がつくと俺は自分の部屋で布団に入っていた。元の世界に戻ったようだ。すぐに自分の体を確認すると、腕に傷を回復してくれた時のアザがあった。

 異世界での冒険が夢じゃない事を確認して安心した俺は、取り敢えず二度寝をしたのだった。


(おしまい)

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異世界でヘタレな俺が鬼退治? にゃべ♪ @nyabech2016

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