お前、誰だよ

見鳥望/greed green

■客




「いらっしゃいませー何名様ですか?」


「一人です」


「ではこちらの席にお座り下さい」




 案内された席に座りメニュー表を開く。




「お決まりになりましたらお呼び下さい」




 ことりと水の入ったグラスを置き、店員はその場を離れた。


 さて、何を食おうか。昼飯にと適当に入ったファミレスだったのでこだわりなど特にはない。腹を適度に満たす適度な金額の食事にありつければそれでいい。




 ーーこれにしようかな。




 呼び出しボタンを押そうと思ったところに、丁度近くを店員が通ったので手を挙げた。さっと自分と同じぐらいの若い男の店員がこちらへ歩み寄ってきた。




「えーっと、このハンバーグプレートにAセットでお願いします」


「はい。ご注文の方繰り返させて頂きます。ハンバーグプレートお一つに、Aセットでございますね」


「はい」


「ご一緒にドリンクバー等はいかがでしょうか?」


「いや、大丈夫です」


「承知致しました。では、ただいま承った内容を店員の方にお伝えしてきますね」


「はい……え?」




 そう言うと、男はさーっと向こうの方へと歩いていった。




 ーー店員の方にお伝え?




 よくよく思い返してみる。そういえば、入口で案内してくれた店員は店のエプロンのようなものと名札をつけていたが、先程の男は名札をつけていなかった。エプロンはしていたが、色は似ていたが店のロゴ等入っていないただのエプロンだったような…。


 つまりあの男は、この店の店員ではなかった? じゃあ――




 ーーいや、お前誰だよ。
















■店員




「あ、すみません」


「はい?」




 ふいに後ろから声を駆けられ振り向くと若いエプロンをつけた男が立っていた。どこにでもいそうな量産型平々凡々といった感じだ。




「あの、あちらのお客様がハンバーグプレート1つと、Aセットだそうです」


「……はい?」


「はい。あの隅の方に座られている男性のお客様です」


「え、あ……え?」


「ドリンクバーは勧めたんですが、いらないそうです」


「へ? あ、はあ」


「という事なので、お願いしますね」




 そう言って男はふらっとまたホールの向こうに歩いて行ってしまった。




 ーーは??




 え、何? どういう事?


 とりあえずあの隅に座っている男性の方はお客様。お客様で……いいんだよね? だって席に座ってるんだし。じゃあ、あちらにハンバーグプレートとAセット、で、いいんだよね? ね?


 で、さっきそれを私に告げてきた男は、それを伝えに来た。私に。あの客のオーダーを取って、でも自分でそのままオーダーを通す機械も持ってなくて、口頭で私に伝えにきた。




 ーー……え、なんで??




 というかエプロンしてたけど、あれウチのやつじゃないし。


 え、何? 客? 客なのに店員のふり? 店員のお手伝い?


 え、いや、もう。




 ーーお前誰だよ。


















■店長




「で、何してくれてるわけ?」


「はい、ですから何度もお伝えしております通り、私はこの店で働いているスタッフでして、今日シフトなので来ているのですが」


「いや、だーかーらー」




 何だよこいつマジでやべえよ。




「君みたいなスタッフ雇った覚えないんだけど」




 この店の店長になって二年近くになる。もちろん新しいスタッフの面接は俺が行う。スタッフはパート、アルバイトそれなりの人数はいるが、顔を覚えられない程の人数ではない。少なくとも苗字と顔ぐらいは頭の中で一致する。顔を見ればスタッフならすぐに分かる。


 だが今目の前に座っている、失礼だが何の特徴もないザ・平均フェイスの顔を見て、いくら特徴のない忘れやすそうな顔だと言っても、こいつがウチのスタッフではない事だけは確実に分かる。




「そう言われても困ります。私はちゃんとここで雇ってもらったので」


「スタッフの顔と名前ぐらい覚えてるのこっちも。でも君のようなスタッフは一度も見た事がない。もちろん面接でもだ」


「そうなるともう、店長さんが忘れられてるだけだと思うのですが」


「君ねぇ。そしたらちゃんと名前を教えてくれって言ってるじゃないか」


「木村みのりです」


「だからその名前も念のため確認したけど登録されてないの。第一タイムカード通さないといけないんだけど、それもどうやって通したの?」


「どうやってって、自分のタイムカードです」


「ないよ! 君の、木村みのりのタイムカードなんて!」


「ありましたよ。少なくとも出勤した時には」


「じゃあ、何で今それがないんだよ?」


「そしたら誰かに捨てられちゃったんじゃないですかね」


「そしたら監視カメラで確認してみる?」


「いや、いいです。そんなの犯人捜しみたいで良くないです」




 呆れを通り越して吹き出しそうになる。犯人捜しみたいで? お前がその犯人なんだよ。ウチに勝手に入り込んで店員紛いの振る舞いで俺の店を混乱に陥れた犯人野郎なんだよ。




「辞めます」


「は?」


「分かりました。どうやらご迷惑みたいですし、こちらの話も信じてもらえないみたいなんで、辞めます」


「……はぁ?」




 何こいつ? 何言ってんの?




「では、失礼致します。今までお世話になりました」




 すっと立ち上がった彼はそのまま何食わぬ顔で事務所を出ていった。唖然として、俺はその場から動けなかった。




 ーーあ、警察。




 頭の中にその言葉が浮かび、受話器に手をかけようとした。だがそこで、俺は一旦思い止まる。




『すみません。警察ですか。あの、先程までこちらでウチのスタッフではない者がまるでウチのスタッフのように振る舞い勝手にオーダーをとったりして滞在して、事情を聞いたのですが、自分はウチのスタッフだと譲らず』




 すっと伸ばした手を俺は元に戻した。




 ーー訳分かんねえな。




 改めて現実の事なのに余りにも荒唐無稽でまるでコントみたいな現実だ。とんでもない害虫であった事は確かなのだが、駆逐するまでもなく自分から去っていってくれた事だし、これ以上深追いする必要もないかと馬鹿らしくなった。


 しかし一体何だったんだ、あれは。店員でもないのにきちんとオーダーは取り、受け答えも出来るのだが、明らかに歪んでいる。思い返すとゾワッと鳥肌が立った。もうあんなのに関わるのはごめんだ。




 ーーお前、誰なんだよ一体。
















■彼氏




 ーーはぁ、だるい。




 午後の4.5限だけという絶妙にだるい大学の授業を終え、一旦部屋でひと眠りした後家を出たのは夜の9時。一駅先に住んでいる彼女の部屋へと向かっていた。


 駅の改札をくぐりホームのベンチに座り電車を待っていると、真横にどかっと人が座ってきた。五人掛けで端に座る俺以外に誰も座っていないのにも関わらず、そいつは俺の真隣に座ってきた。




 ーーなんだこいつ。




 思わず訝し気な顔を惜しみなく隣に向けた。




 ーーあれ?




 何だか見覚えがある。この量産型平均フェイス。確か…。




 ーーあ、ファミレスのフェイク店員!




 そうだ思い出した。昼に行ったファミレスにいた店員のフリしてオーダー取ってきた奴だ。こんな所で出会うとはなんという偶然。しかしこいつは何故真隣に座ってくるのだ。




「そういえばさ」




 急に何の前触れもなく、当たり前の関係性があるかのように平均男が喋り始めた。




「君、みのりちゃんの事もっと大切にしてあげなよ」


「へ?」




 みのり。そう聞いて俺の頭に出てくる人物はただ一人。


 木村みのり。今俺が付き合ってる彼女の名前だ。




「無理してるけど、彼女君とのセックス全く気持ちよくないみたいだよ」




 何てことない雑談をするかの調子で男は告げた。しかしその内容は雑談にするには重すぎるし、全く自分と関係のない見知らぬ男が話すには余りにも気味の悪いものだった。




「自分のモノでも力不足な上に、それを補うかのようにおもちゃも使ってきて、しかもそれも乱暴で下手くそ。でも口答えすると面倒だし怖いから、適当に演技でもしてる方がマシなんだよねって。ひどいじゃないか」




 訳の分からない男なら、訳の分からない事だけを言い続けてくれればいい。だが、その内容は適当な事を言うなと一蹴出来るほどのものではなく、彼女が演技している云々はさておき、部分的には生々しいほど言い当てられている俺の中だけにある真実でもあった。




「お前、みのりの一体……」




「あ、電車来たよ」




 気付けばホームに電車が来ていた。




「じゃ、夜勤頑張ってきてね。お疲れ」




 そう言って、さっと歩き出し改札の向こう側へと消えていった。




 ーー……バイト、行かなきゃ。




 この電車に乗らなきゃ遅れる。




 プシュー。




 扉が閉まった。電車が走り出した。


 俺はベンチから動けないままだった。




「いや……」




 一体何なんだ。本当に何なんだ。


 分からない。何も分からない。


 とにかく頭の中に巡る言葉はこれに尽きた。




 ーーお前、誰だよ。


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