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 あの日、海輝にオルゴールをもらってから、しばらく二人で話をしていた。学校のこと、仕事のこと、これからの付き合いのこと。海輝はもちろん、私も一応有名らしいから、堂々と街中は歩けない。だから、私がOCEAN TREEと仲良くなった設定で冬樹に一緒にいてもらおう、人の目につかないあたりまで来たら冬樹によそへ行ってもらおう、なんて。冬樹にそれを話したらちょっと嫌そうな顔をしていたけど、すんなり「いいよ」と言ってくれた。

 海輝にもらったオルゴールを聴きながら荷物を片づけて、私は窓から外を見ていた。すぐ隣の湖から運ばれる風が涼しくて、星も奇麗に輝いていた。今日が終わって明日になれば、学校がある大阪に戻らないといけない。夏休みが終わって学校が始まって、仕事もきっと忙しくなるはずだ。自分の学校の文化祭への出演依頼が来ていることは、既に文化委員の友人から聞いている。友人は私のスケジュールがいっぱいなのを知っているから委員会で何度も断ってくれているらしいけど、最後は負けてしまうかもしれない、と言っていた。

「――え? 叶依?」

「は、はい」

 振り返ると、部屋の入口に海輝がいた。

「寝ないの? もうすぐ十二時だけど。明日起きれる?」

 そうだ。明日になると、海輝ともしばらく会えないんだ……。そう思うと寂しくなって、なかなか言葉が出なかった。彼はたまたま部屋から出ていて、この部屋のドアの隙間から光が漏れていたので気になって開けたらしい。

「海輝は、いつ東京に帰るん?」

「んー特に決めてないけど。叶依は明日帰るし、僕らも仕事あるから近いうちに帰るよ」

「ふぅん……。帰りたくないな」

「――ダメだよ、帰らないと」

 わかってる、けれど、日常に戻るのがすごく嫌だった。学校には友達がたくさんいるけど、寮では自分一人だけ、海輝は近くにはいない。初めて頼れると思った人と遠距離恋愛になるなんて、高校生の私には辛くて仕方がなかった。

「待ってるよ、いつでも。東京来たら泊まりにおいで」

 近くで声がしたと思うと、海輝に後ろから抱きしめられていた。慣れないことに緊張して、変に力が入ってしまった。見えないところから迫るなんて反則だ、って思ったけど、海輝は私の大切な人、そのまま身体を預けた。

「叶依さ、短パンのサンタクロースって見たことある?」

「……短パンのサンタ? ない」

 サンタクロースがいるのは冬。短パンなんて寒い。暖かそうな赤い服を着てプレゼントの大きな袋を持ってトナカイが引くソリに乗っているイメージしかなくて、私は首を横に振った。

「いるらしいよ。南半球は季節が逆だから、クリスマスは夏なんだって」

「あ、そっか。ふぅん……――」

 なんて、真剣に聞かなかったら良かった。不意を突いてキスするなんて、やっぱりこの人、反則だ。しかも……!

「俺からのクリスマスプレゼント。……あれ? もしかして……初めてだった?」

 うん、なんて言いたくなくて。でも、その通りで。照れてしまって下を向いたら、目に鮮やかな色が飛び込んできた。

「……サンタ?」

「ん? ああ、これ? ははは……!」

 目の前にいる人の部屋着の色が目立つ赤と黒だったなんて、絶対偶然であって欲しい。せめてその服の赤よりは、私の顔はほのかなピンクであって欲しい……。

「んー……ダメだ、我慢限界」

「えっ、なに――」

 なんとなくはわかっていたけど思考がついていかなくて、気付いた時には私は唇を完全に海輝に奪われてしまっていた。温かくて柔らかい感触に蕩けそうになりながら、彼の腕をぎゅっと掴んだ。

 小柄な私を持ち上げるのは海輝には簡単だったみたいで、ベッドの上に場所を移してしばらく二人でじゃれ合った。もちろんリードはずっと彼で――彼の手が服の上から膨らみに触れた。だけど口は塞がれていて、出かけた声はどこかへ消えた。

「――ごめん、勝手に」

「ううん。いいよ……」

「いや、でも、ここが実家じゃなかったら、本当にやっちゃってたかも……うん。あ――あ、あぶ、俺ここにいると危ないから、部屋戻るね」

 海輝はベッドから降りて外に出ようとしたけど、私の表情を見て、

「……何もしない保証はないよ?」

 私が寝付くまで彼は隣にいてくれた。少し硬い大きな手を私は握って離さなかった。


   ☆


 あれから十五年。私は音楽の世界から引退したけど、海輝との関係は当時とほとんど変わっていない。いつも二人でじゃれ合って、いつも周りに笑われる。私が海輝に抱いていた感情は長男にも遺伝したみたいで、まだ幼い彼は海輝を見るといつも笑顔になる。

「ごめん海輝、いつも仕事の邪魔して……」

「いいよ、叶依のほうが忙しいし。俺、まだ時間余裕あるから、――痛っ!」

「こら、瑠斗りゅうと、引っ張ったらダメでしょ!」

 瑠斗は海輝の髪を引っ張るのがお気に入りだった。私は瑠斗を叱るけど、何度離しても瑠斗はまた引っ張る。海輝も痛いと言いながら、わりと瑠斗を遊ばせてくれている。

「もう……私そっくり」

「え? この子が?」

「うん。海輝に会う時すごい嬉しそうな顔してるよ。……さて、私これからこの子にクリスマスプレゼント買いに行くから、ちょっと瑠斗見ててもらっていい?」

「あー……もうそんな季節かぁ。クリスマス……」

「海輝にも何か買ってきてあげようか? それとも――はははっ!」

「なに? なに笑ってんの?」

 十五年前のあの夜のことを思い出すと可笑しくて、つい笑ってしまった。赤と黒の部屋着は、もちろん偶然だった、ってあとで海輝が教えてくれた。

「海輝が最初に私にくれたクリスマスプレゼント、何か覚えてる?」

「最初にあげたやつ? 何だったかな……?」

「もしかして、忘れた?」

「いや、ちょっと待って、確か最初は……お菓子? じゃないな……何あげたっけ?」

「えー忘れた? 食べ物じゃないよ。夜にもらったかな? 旅行中に」

「旅行中? え? なに? 最初……あ――!」

「それじゃ、行ってきまーす! 瑠斗をよろしく!」

 瑠斗にはおもちゃとお菓子を買ってあげることにして、海輝には……北半球のサンタの衣装を部屋着にプレゼントしようかな、なんて。

 十五年前の不意打ち仕返しは、それだけは絶対、出来ないんだ。


 瑠斗の父親は誰だ、って?

 もちろんそれは、いつだって私を支えてくれた素敵な王子様。


 ――そう、彼は本当に、王子様だったんだ。

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夢幻の扉~field of dream~ ─外伝─ 玲莱(れら) @seikarella

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