外伝2 季節外れのサンタクロース

1

 あれは遠い昔のこと、高校二年の夏休みだったんだ――。


   ☆


「どうしたの?」

 一人で旅をしていた札幌の、とあるオープンカフェ。どうして一人で旅をしていたのかは話せば長いので省略するとして……声がしたほうを見ると、そこに彼・葉緒海輝(当時二十二歳)が立っていた。そして、私を見て、ビックリしていた。

「もしかして――若咲叶依ちゃん?」

 私は夏休み前にギタリストとしてデビューしていて、彼はその数ヶ月前の春にデビューした同じ事務所の先輩だった。恒海冬樹という同級生と一緒にOCEAN TREEというのを結成して、超スピードで有名になった。二人とも格好良かったし、演奏もすばらしくて、真似したくてもできなくて、ずっと憧れの存在だった。その彼らと偶然、札幌で出会った。

 北海道は夏でも涼しい。

 ずっとそう思っていたけど、真夏の札幌なんて東京や大阪とほとんど変わらない。だけどやっぱり、山の中は涼しい。家のすぐ隣にある湖からは冷たい風が吹いてきて、冷房なんて要らなかった。宿泊先は全く決めずに出てきたから、南富良野にある海輝の実家でお世話になることにした。というか、海輝と冬樹に半強制的に連れて来られ、海輝の両親も私を大歓迎してくれた。冬樹はたまたま、居候中だった。


「ごめんね……」

 私が借りていた部屋に海輝がやって来たのは、一週間後の朝。前夜、海輝はパーソナリティを務めるラジオ番組内で爆弾発言をした。そわそわしながら、ぼかしながら、私に会えたことをものすごく嬉しそうに報告していた。今まで何も気にしないで彼と一緒にいたのに、急に恥ずかしくなった。

「俺……自分のことしか、考えてなくて、ほんとに、ごめん」

 一緒に喋ることはなかったけど、私は収録を見学に行った。行くときは海輝・冬樹と一緒だったけど、帰りはADさんに送ってもらった。海輝の発言のあと、私は機材の下にうずくまって、なかなか外には出られなかった。

 高校二年生の私は……友達がたくさんいた。女の子はもちろん、男の子とだって仲良くしていた。だけど一人暮らしをしているせいか、誰か一人を特別な存在にすることは出来なかった。好きだと言ってくれる男の子はいたけど……なんだかピンとこなかった。ずっと友達だった。

 私が一人暮らしをしていることは、最初の夜、みんなに打ち明けた。高校に入る前は寮母さんと一緒に住んでいた――旦那さんはいなくて、私の記憶に実の両親はいない。偶然旅したこの場所で、十七年間生きてきて初めて本当の家族に触れた気がした。

「いいよ……怒ってないから……」

 あまりの急な発言に昨日はびっくりするしかなかったけど、本当はすごく嬉しかった。今まで男の子を友達にしか出来なかったのは、周りが自分と変わらなかったからかもしれない。自分がこんな仕事をしているから、普通の高校生を頼りには出来なかった。だけど海輝は違う、年上で、既に社会人として働いていた。

「本当に?」

「うん。海輝には、お世話になってるし……たよ――」

「じゃ、あら――」

 言葉が二人同時に出て、詰まってしまった。静かなときが少し流れて、海輝に先に言ってもらうことになった。

「昨日のお詫び、じゃないんだけど……受け取ってもらえるかな」

 そう言って海輝が差し出した小さな包みの中には、アザラシの形をしたガラス細工のオルゴールが入っていた。黙ってそのままゼンマイを回すと、知っている曲が流れてきた。OCEAN TREEのデビュー曲の『seal』だった。Sealの意味は『封印』と『アザラシ』。夏をイメージして作った曲だ、と冬樹がラジオで言っていたけど、どっちの意味をとったのかは教えてくれなかった。

「あの、その、これに意味はないんだよ? ただあげたいだけだから」

「――いみ?」

「いや、だから……出会った記念にね……? 別に、叶依が好きだからってあげるんじゃな――……ほら、想い出に? 特注したんだよ、このアザラシ? 世界にたった一つだよ? お願いだから、もらって?」

 海輝がなんだか可笑しかった。変、じゃなくて、面白かった。思わず、笑ってしまった。

「ははは……! なんか、言ってることおかしいよ」

「そう、かな……。ま……出会った記念と、昨日のお詫びとで、貰ってください」

「……じゃ、貰う……ありがとう」

 私は再びオルゴールを手にとって、ゼンマイを回した。

 だけどそこにいるアザラシは、あまり元気がなかった。

「意味は……なし?」

「――なし。本当に、その……」

「海輝が言わんのなら、私が言って良い? 昨日の、あの……」

 だけど、言葉は続かなくて。海輝は何も具体的には言ってないから、勝手に勘違いしてても嫌で。でも、ADさんは『海輝が私を気に入ってるのは間違いない』って言ってたし、海輝もさっき何か言った、ような……。

 言うべき言葉を探していると、

「やっぱり言わせて、男らしく」

 海輝は私に向き直って、こう言ったんだ。

「叶依の曲を初めて聴いた時、正直、負けたと思った。だから、これから、もっともっと有名になると思う。もしかしたら、僕らより人気出るかもしれない……でも、僕の前では普通の女の子でいて欲しいんだ。本気で言うよ、僕と付き合って欲しい」


 南富良野に来て最初の夜は海輝のバースデーパーティーで、最後の夜もちょっとパーティーみたいになった。私と海輝のことは既にみんなに話していて、特に海輝の母親が嬉しそうにしていた。

「うちはみんな集まると賑やかなのは良いんだけど、男ばっかりなのよねぇ。そうだ、これから海輝のパーティーには毎年来てもらおうかしら」

 本当の娘みたいに接してくれて、一緒に買い物に出かけたり、料理を作ったりすることもあった。私が旅をしていた理由が何だったのかはわからないまま最後の夜を迎えてしまった、どうせならもっといろんなところに遊びに行きたかった、だけど、ここでこうして大切な人たちが出来て、良かったなと思う。

 大人たちはビールで乾杯して、私はもちろんジュース。

「叶依が大人になるまで、あと三年かぁ。長いなぁ……」

「長い? たった三年だぞ。海輝、たった、三年! 俺と母さんなんてなぁ、もう――何十年一緒なんだ?」

「ねぇ叶依ちゃん、うちに養子に来ない?」

「よ、養子?!」

「えっ、それは――」

「それダメですよ、叶依と海輝、選択肢は別れしかないですよ」

 私はもちろん海輝も、冬樹のその発言に感謝して。

「確かに、叶依が妹だったらそれはそれで嬉しいけど……いや、でも、ダメ!」

「そうねぇ。仕方ないわね。パーティーは招待状出すから、来てね」

「はい。ありがとうございます」

 五人の会話は楽しくて、私も本当に家族になったような気がして。時間が経つのも忘れて、いっぱい話して、いっぱい笑った。

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