第4話

「主よ、あなたは永遠の命を下さっただけでなく、この地上でなあふれるほど豊かな命をも、与えてくださいました。あなたはわたしに、才能や知性を授けてくださり、慈しみ、自由、赦し、そして喜びも、与えてくださいます。」

 まずは肛門に落葉を詰める。次に胸の皮を一枚小さく切り開いた。のど元まで皮を切り、切り口周辺を数センチ剝く。肋骨が合わさる胸の中心に小刀をあてて、落ちている木の枝で小刀の背を叩いて、まず、胸を開けた。

 開いた胸の奥に手を入れ、獣の体温を感じながら、気管と食道を探る。気管と食道をひとまとめにして握り、力任せに引っ張り呼吸器官を取り出した。

 心肺器官と背骨を繫ぐ筋を引きちぎったら、腹を開ける。胸と同じように、皮一枚を開いて、少し剝いてから、前腹壁を小さく開く。開いた穴から指を入れて胃袋を押し込み、前腹壁と消化器官との間に空間を作る。指先だけが温かいものに触れていて、他は冷たい。胃や腸を切って消化物を出してしまわないように注意して、肛門へ向かって切り開いていく。

 気管と食道が背骨から離れれば、肺と心臓が芋づる式に取れる。次に横隔膜を切るかちぎるかして、胃袋と肝臓を出す。だが胃袋は米袋のように重く、ぬるぬるしているうえに柔らかいので、引き上げることはできない。胃袋の奥に腕を回し、抱えるようにして引きずり出す。続く腸もやぶかないようにそっと出していく。

 腸に入った糞を体腔内にこぼさないように直腸を切り取り、消化器官がすべて取り出した。

「あなたの愛の贈り物のことをたとえわたしが忘れても、どうぞ私を愛し、あなたの霊を授けてください。さらなる希望も与えてください。」

 四肢を切断し、割いた腹の中へと入れる。それを麻袋に入れて又三郎は背負った。重さは五十キロはあるだろう。

 又三郎は取り去った臓腑の残骸から心臓を掴みあげた。心臓は山の神に捧げるのが山の民の風習らしい。ならば、この心臓は山の神なんぞにやるわけにはいかない。

 握った心臓は既に熱は失っていた。ゴムのような弾力をもったそれは、何度も歯を立てようが噛み切れなかった。

 喰えぬなら捨て置くべきか。自分が山の民の風習に囚われる必要はない。ここで心臓を捨てようが葉花の肉は十分にある。それにこの心臓には文字通り私のツバを付けている。どこに捨て置こうがこの心臓は私の物であることに変わりない。

 心臓を投げ捨て、血に濡れた口元を拭い、山を下りることにした。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

叉鬼 あきかん @Gomibako

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ