【完結】原っぱのうぬぼれや
いろは えふ
原っぱのうぬぼれや
「ママー! 見て見て! マナのお花咲いたよ!」
「まあ! 綺麗なラッパスイセンね。マナちゃん一生懸命お世話してたものね。知ってる? スイセンの花言葉は、自己愛、うぬぼれ、尊敬、報われぬ恋っていうのがあるんだよ。色によっても違うみたいなんだけど、少し悲しいよね……」
「ママ。ハナコトバってなあに?」
「そうね……説明が難しいけど、ママが知ってるラッパスイセンになったカマキリのお話をしてあげるね? 緑に囲まれた……――」
緑に囲まれた、はらっぱ幼稚園の近くの、小さな原っぱに、立派なカマを持つ、強いカマキリが住んでいました。カマキリは、自分のカマがとても自慢で、虫たちに見せびらかしては意地悪をしていました。
虫たちの宝物をうばっては、自分のコレクションにしてしまうのです。
ある日、いつものように、自慢のカマを虫たちに見せびらかしていると、黒い羽に青と赤の宝石をまとった、美しいアゲハチョウが、カマキリの原っぱを通りかかりました。
一目ぼれをしたカマキリは、『仲良くなりたい』と思い、アゲハチョウの後を追いかけました。
追いつくと、アゲハチョウはクスノキの枝に止まっては飛び、また止まっては飛び立つ事を繰り返しながら、何かを考えています。
「お前はさっきから何をしているんだ?」
不思議に思ったカマキリがたずねると、ふわりと微笑んで、アゲハチョウが答えました。
「探しているの。私の愛が安全に育つ場所をね」
「アイ? それはどんな動物なんだ? おれが捕まえてきてやろうか?」
「いいえ。動物ではないわ」
うふふっとアゲハチョウは、おかしそうに肩をふるわせました。
「じゃあ、珍しい花か? ピカピカ光る木の実か? 全部おれが持って来てやるぞ」
カマキリは、虫たちからうばったコレクションを、全部チョウにあげるつもりでしたが、チョウは首を横に振りました。
「全部はずれね。カマキリさん。あなたはまだ愛を知らないんだわ。とても幸せなものなのよ」
アゲハチョウはそう言うと、クスノキの上の空へと、戻って行ってしまいました。カマキリはなんだが悔しくて、彼女の後ろ姿を睨みつけながら見送りました。
アゲハチョウと別れたカマキリが愛を探していると、足元に固いものがぶつかりました。カマキリが力一杯蹴ると、どんぐりから声が聞こえて来ました。
「アイタタ。地震でも起きたのかな?」
見ると、どんぐり虫の兄妹が、土の中へと引っ越しをしているところでした。
「お兄ちゃん大丈夫?」
「ちょっとビックリしたけど大丈夫さ。ボク達は、ママの作ってくれたお家で、いつもお腹一杯で幸せだからね。さあ、早いとこ引っ越しを終わらせようか」
「うん。幸せよねー。わたしもママが大好き」
『腹が一杯だと幸せなのか?』
次の日カマキリは、大きなバッタを狩り、チョウのところへ行きました。
「なあ、アゲハ。腹が一杯だと幸せなんだろう? これでおれの恋人になってくれよ」
ところがチョウはバッタを見ると、真っ青な顔をして首を振りました。
「なんてかわいそうなバッタさん……それは愛じゃないわ!」
キラキラした雫を振りまきながら、チョウはこの間よりも、ずっと遠くへ飛んで行ってしまいました。
『アイってなんなんだろう……?』
一匹になったカマキリが首を傾げていると、はらっぱ幼稚園から楽しそうな声が聞こえて来ました。小さな女の子を抱っこしたママが、登園して来たところでした。
「愛(マナ)ちゃん。行ってらっしゃい」
「うん! ママだいすきー!」
ママが女の子の頭を撫でると、ママとほっぺをぎゅーっと合わせ、二人とも、まぶしい笑顔を浮かべているのです。
笑顔に誘われたカマキリは、気が付くと、小さな女の子の胸元に止まっていました。少し驚いていたママでしたが、あたたかな手で、優しくカマキリを花壇へと返してくれました。
『あの心地よさはなんだろう?』
ママについて行こうとした時、カマキリはクスの葉の上に、小さな卵を見つけました。
葉の上へとよじ登ると、小さなイモムシが、卵の殻を食べています。風がびゅんっと吹くと、イモムシはコロンっとひっくり返ってしまいました。
カマキリがイモムシを起こしてやると、乱暴な羽音を立てて、大きなスズメバチが、生まれたばかりのイモムシにおそいかかって来ました。
その瞬間、自慢の大ガマを振り上げて立ちはだかりましたが、するどい針に貫かれたその体は、ゆっくりと地面へと落ちて行きました。
『ああ……あの子は成虫になれただろうか……』
季節は過ぎ、カマキリは、優しい夢を見ていました。あのアゲハのように美しい黒髪を持つ女神が、魔法をかける夢でした。
ウトウトと夢見ごこちのカマキリに、ある日アゲハチョウがキスをしました。ただよう甘い花の香りに、くすぐったそうにカマキリがゆれると、嬉しそうな女の子と目が合いました。
「ママ。マナのお花は優しい素敵なお花なんだね!」
女の子が、ぎゅっと鉢植えを抱っこすると、ママがその上から手を重ねて、女の子と鉢植えを抱っこしました。
愛を知らなかったカマキリは、明るい黄色のラッパスイセンになっていたのです。
『ああ……愛ってこんなにもくすぐったくて、あったかいものなんだな……』
アゲハチョウは、みんなの周りを一回りすると、やわらかな黒い羽で、お日様のようなラッパスイセンを、優しく包み込みました。
おしまい
【完結】原っぱのうぬぼれや いろは えふ @NiziTama_168
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