陸・約束
「こんなに辛い思いをしてきたなら……もっと早く言ってよ……」
リリは食いしばった歯の間から声を絞り出し、涙を拭う。いつの間にか、リリはとぐろを巻いた華瑠に抱かれていた。
「ゴメン……でも、私の本性を知ったら、リリは怖がると思ったから……」
「怖いよ……でも、華瑠は華瑠だよ……あったかいもん……」
リリは華瑠の首に抱き着く。鱗の向こうに、柔らかい温もりが感じられた。
「ねぇ、龍の姿を見られたから、もう一緒にいられないなんてことはないよね?」
リリの問いに、華瑠は応えなかった。
「解らない……月麗公主様はそれについては何も言わなかった……公主様が許しても、南祖真人様が許さないかもしれない……」
リリは顔を上げ、月に向かって叫ぶ。
「公主様、真人様! どうか、私から友だちを取り上げないでくださいッ! 彼女が今までに犯してきた罪が許されないことは知っています! けど、彼女は毎日懺悔し、私の恩に報いてくれましたッ! だからどうか……私の傍に置いてくださいッ!」
その声に誰も応えることはなく、待宵の月だけが静かに夜空に輝いていた。
「あなたは、彼女の幸せを願うのですか?」
急に声がして、リリは振り返る。竹藪の中から、剣を背負った女性が姿を現す。
「月麗公主様……?」
公主は頷く。
「リリ……あなたは、華瑠があなたの幸せを願うように、華瑠の幸せを願うのですか?」
リリは「はい」と答える。
「もちろん、たくさんの命を殺めた華瑠が、罪を償わなければいけないのは解っています……でも、私はそれでも……彼女といたいんですッ!」
必死に訴えるリリに、公主は微笑む。
「良いでしょう……ただし……」
すっと、公主は背中の剣を抜き放つ。その剣身は翡翠でできていた。
翡翠の剣の切っ先が、華瑠の方を向く。リリは公主が華瑠を殺そうとしているのかと思い、彼女を庇うように手を広げる。公主は「安心なさい」と言って、ポンと華瑠の肩を剣の側面で叩いた。
「これで華瑠は、あなたと
公主の目が、鋭い光を放ってリリを睨みつける。リリは怖気づくことなく、彼女を見つめ返す。それに満足したのか、公主はまた優しい顔に戻った。
「華瑠……あなたは優しい少女に出会いましたね……これから、彼女の命が尽きるまで、彼女のために生きなさい……」
「は、はい……ありがとうございます……」
華瑠は公主に頭を下げる。それにつられて、リリも頭を下げた。だが、公主の反応はない。顔を上げてみると、そこには公主の姿はなかった。
*
翌朝、リリはいつも通り家を出た。特別、街の様子に変わりはない。昨日と同じく、学校へ向かう子どもたちの靴が、コツコツという音を立てて石畳を叩いている。
フッと、蓮の花のような香りを感じる。直後、リリの後ろから良く知っている少女の声が聴こえる。
「おはよう、リリ」
振り返ると、向こうから紫色の瞳の少女が歩いてくるのが見えた。
――終――
月下の紫龍 赤木フランカ(旧・赤木律夫) @writerakagi
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