侑花とリシアと祐一3
「とほほ……」
大分軽くなった財布の感触を、尻ポケット越しに感じつつ、祐一は肩を落とした。
「これで来月まで何も買えない……昼飯の焼きそばパンすら買えない……」
侑花に『報酬』を支払った祐一は、途方に暮れていた。
今はまだ、月半ばを過ぎたばかり。食費込みの小遣い制である祐一は、残りの日々を、昼食抜きで過ごさなければならない。
育ち盛り(?)な祐一にとって、これは致命的な問題だ。
──これじゃ伸びるものも伸びやしない!
『そっちこそ背低いじゃんよ! 私と同じくらいしかないし!』
ドラゴン再封印の際に、侑花が祐一に放った言葉だ。
実は祐一、この言葉に地味に傷ついていた。
──そりゃ、平均男子の身長より低いけどさ……。
だがそれは遺伝のせい(と、祐一は思い込んでいる)であり、何かしらの努力を怠ったとか、食べ物の好き嫌いが激しいとか、そんなネガティヴな要因ではないのだ。
──その上、半月も昼飯抜きとは……。
まさに、とほほ、である。
ええとさ?
「ん? 何?」
祐一さえ良ければだけど……。
ジャニスが恐る恐る、囁きかける。
祐一が三十分早起きしてくれれば、ボクがお弁当作るよ?
「ん……。いや、いい……」
ジャニスの提案は嬉しい。字面だけなら、リア充的要素を多分に含んでいいる。
だが、である。
一度でも、ジャニスが作った料理を口にした人間なら、これが自殺行為に等しいと思うだろう。そして、半月昼食抜きの方がましだ、とも思うだろう。
一方。
満腹で満ち足りた侑花は、胸にシロを抱き、幸せそうに祐一の前を闊歩していた。
歩いた跡に、草花が生えてきそう。
そんな幸福感で溢れていた。
「そういえばさ」
侑花が、突然立ち止まった。
何やら嫌な雰囲気を察し、眉根を潜める祐一。
「……まだ何か食べるの?」
「なにをお!! このおバカっ! 同じようなサイズの人間なくせに、胃袋の大きさだけ違うなんてことないでしょ!」
売り言葉に買い言葉。
祐一はムキになって言い返した。
「よ、余計なお世話だっ! どうせ僕はチビですよ。侑花と同じサイズですよ。それなのに半月も飯抜きだなんて……こんなことならドラゴン討伐なんかしなきゃ良かった!」
侑花の眉がつり上がる。そして、猛然と祐一の胸ぐらを掴んだ。
「祐一、あんたそれ本気で言ってんじゃないでしょうね?」
「な、何だよいきなり!」
「あんたのさっきの文句! 本気かどうか聞いてんのよ!」
一方的で、底知れぬ感情的な圧迫感。
侑花の目には、嘘を受け付けない意志の強さが宿っていた。
「あ、いや、その……」
「あによ! はっきりなさい!」
侑花はあくまでも居丈高だ。
雰囲気に気圧された祐一は、視線を斜め下に外し、ゴモゴモと言い訳した。
「ほ、本気なわけないじゃないか」
「ならなんで、あんなこと言ったの!」
「そ、それは……」
祐一は言い淀んだ。
まさか、自分のコンプレックスに対しての八つ当たり的な発言だった、等とは言えない。我ながら、子供じみた言い訳だと後悔している。
さて、どう返したものか。
一分ほど、二人は道路の真ん中で睨み合っていた。
するりと侑花の腕を抜けたシロは、そんな二人を眺めつつ、電柱の脇に座り込み、眠たそうに欠伸をした。
答えは分かってる。そんな目をしていた。
「悪かったよ」
ぽつりと、祐一が呟いた。
「あのままドラゴンを放置してたら、今頃僕たちはここにいない。それどころか、この世界にあの凶悪な力を撒き散らすところだった。封印に成功して良かったと思うよ──あ、これは本心ね」
それを聞いた侑花は、
「私は、あの時私を庇ってぶっ倒れた祐一と、無事にこうして会話出来るのが良かったと思ってる」
侑花はつい、と顔を逸らした。
「あの時のあんた顔。思い出すだけで……もう……」
侑花の言葉は、語尾がもう聞き取れなかった。
「侑花……」
「一ヶ月」
「え?」
「心配した」
短い言葉。だがそれには、相手を慮る感情が籠もっている。
見ると、侑花の耳が心なしか朱に染まっている。ように見える。照れているのかも知れない。
「そっか」
「そうよ」
「ゴメン」
侑花は、掴んだままになっていた手を、祐一から離した。
そして、先程とは打って変わったツンとした表情を浮かべ、恐るべき提案を突きつけた。
「と言うわけだから、今後は月一で私にご馳走をおごること。その替わり、私があんた昼食を提供する。これで貸借りなしってのはどう?」
*
「ねぇジャニス」
ん?
侑花たちが帰った後、祐一はジャニスに疑問をぶつけた。シロは定位置である祐一の頭の上に乗って、器用に毛づくろいしていた。
「あの時、僕が気を失っていた間、何があった?」
……ぅ。いや、それはドラゴンの封印とか……。
「いや、その前。『石棺』の再封印を、したのかしなかったのか」
祐一は、あの時あの場所あの状況で、何が起こったのかを知りたがっている。それを知らなければ、今後祐一は、侑花に向き合えなくなる。そんな気がしたからだ。
「だからさ、ジャニス。全部話してよ。それとも僕が知る必要がないことだったのか?」
いや。そんなことはないよ。あの時の祐一はボクから見ても格好良かったし。女の子を吹っ飛んでくる破片から身を挺して守った。ちょっと当たりどころが悪かったけどね。
「うーん。僕が覚えてるのはそこまでなんだ。でも考えることは出来る。今日の侑花の態度、ジャニスが黙り込んだ理由。僕の考えが当たっていて、それをジャニスが認めたなら、僕は侑花と本気で向き合える」
祐一……。
「なぁ、頼むよ」
しばし間が開いた。
分かった。祐一が知りたいのは『石棺』の封印がなされたかどうか、つまり、侑花と『キス』をしたかどうかだよね?
「そう。僕の推理、いや推理なんて大仰な代物じゃないな。単純な考えなんだ。たった一つの言葉なんだ」
うん。
「つまりさ」
祐一は天を仰いだ。
「そっか……僕は侑花と……」
その言葉に呼応するように、シロがニャアと鳴いた。
全てを肯定するかのように。
魔女の時間 walpugis and our world なぎのき @nagi_tree
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