侑花とリシアと祐一2

「さぁ、何をおごってくれるのかなー?」


 ほくほく顔で、侑花が言う。


「……食べるの前提かよ」


 主であるはずの自分が部屋の床に座り、なぜか祐一のベッドの上でくつろぐ侑花を眺めつつ、げんなりした顔でどこか不機嫌そうな声色でボヤく。

 原因は、明白だった。

 部屋に入るやいなや、祐一の唯一のリラックスの場であるベッドを占領し、開口一番、飯をおごれと要求する侑花。

 それともう一つ。

  あの時・・・の怪我はすっかり癒えていたが、侑花は中々それを話題にしない。もしかしたら忘れているのかも知れない。


「体張ってまで助けたのにさ」


 わざと聞こえないように(あるいは聞こえるように)呟いてみる。せめてもの抵抗だ。


「それはちゃんとご褒美あげたでしょ?」


 意外にも侑花が反応を示した。


「ん? あの花束のこと?」

「ええと、や、いやその。そじゃなくて」


 侑花は あの時・・・のことを思い出し、赤面した。

 だが悲しいかな、祐一は気を失っていたので あの時・・・の事は覚えていない。

 侑花はじっと祐一を見つめた。睨み付けるように。

 祐一は覿面にたじろいだ。


 ──はて? 僕は何かしたっけ?


 祐一の頭の上に乗っているシロは、訳知り顔で小さくあくびをした。

 人間同士の、特に異性間の話なんざ興味なし。

 ヒゲの角度がそんな雰囲気だった。



<ね、ジャニス>

<何? リシア?>

<祐一に『キス』のこと、話してないの?>

<んんーとね? 祐一が覚えてるのは、崩壊しかかった石棺と破片だけ。後は気失ってたからなー>

<あー……なるほど……>

<ボクから言ってもいいんだけど……それもどうかなと思ってさ……?>

<んー。そだね>


 つまり祐一は、侑花に『キス』されたことを知らない。

 結果として、ドラゴンが亜空間に放り投げられたことしか知らない。

 少々かわいそうかも知れない。と思うだけのリシアとジャニスだった。



「とにかく」


 侑花は、ない胸を張った。


「……今、余計な事考えなかった?」


 じっと睨む侑花。

 即座に明後日を向く祐一。

 侑花は、大きくため息をついた。


「まぁいいわ……とにかく、出かける用意をなさい」


 命令形だった。


「何で僕が侑花に指図されなきゃいけないのさ」

「男は黙って動く。言い訳しない」

「……何かとてつもない理不尽さを感じるんですが?」

「約束は守ってもらわないと」

「ね、ねージャニス? 約束って?」


 祐一は、ジャニスに助けを求めた。

 が、答えが返ってこない。


「み、見捨てられた……。ジャニス……信じてたのに……」


 呆然とする祐一。

 その様子を見て、侑花が再びため息をついた。


「リシア?」

 ほいほい。

「あの時、あの場所で起きたこと、多分祐一は聞かされてない。そうなんでしょ?」


 リシアはたじろいだ。


 ……ぅ。何て鋭い読みですか……。

「祐一の態度見りゃ一発よ。こりゃ聞かされてないなーと」


 祐一が慌てて会話に割って入った。


「待て待て待て待て、あの時僕は何かした?」

「んー正確には して・・ない。でも した・・ことになってる」


 侑花は天井を見つめ、分かるようで分からないような回答で応じた。

 禅問答堂かよ、と祐一は思ったに違いない。


「とにかく、女の子にあそこまでさせたら、いくら体張って怪我したとはいえ、約束を守らない理由にはならない。さぁ、どこに連れてってくれるのかなぁ? 焼肉? フレンチ? それとも……」


 侑花は、祐一に向き直り、にたぁーっと笑みを浮かべた。

 祐一にはその笑みが悪魔の笑みに見えた。

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