19●補足:『同志少女よ、敵を撃て』感想のまとめ②:最大の謎、“女性だけの狙撃部隊”はなぜ誕生し、なぜ消滅したのか?
19●補足:『同志少女よ、敵を撃て』感想のまとめ②:最大の謎、“女性だけの狙撃部隊”はなぜ誕生し、なぜ消滅したのか?
④ なぜ、“女性だけのスナイパーチーム”が作られたのか? そしてなぜ、消滅したのか?
じつはこれ、『同志少女よ、敵を撃て』を読み返すたびに不思議に思った、最大の謎なのです。
第三九独立親衛小隊。
指揮官イリーナが率いる、女性だけで構成された狙撃部隊。
この“女性だけで”がミソです。
というのは、“女性だけの狙撃部隊”は、どうやら史実では存在しなかったように思えるからです。
書籍『最強の女性狙撃手』(リュドミラ・パヴリチェンコ著、原書房2018)と『狙撃兵ユーリヤ』(ユーリヤ・ジューコヴァ著、ホビージャパン2020)を読みましたが、“生徒が女性だけの狙撃兵養成学校”はあっても、“女性だけの狙撃部隊”は記述されてなかったと思います。
“女性だけの狙撃部隊”が作られなかった理由は定かではありませんが、容易に想像がつきます。男女にかかわらず、狙撃兵だけが50人そろった小隊で戦争しろと言われても、正直、困りますね。
歩兵部隊は、小銃で武装して偵察と戦闘を担う歩兵に加えて、機関銃や迫撃砲や対戦車砲などを扱う兵士とか、通信兵や衛生兵などを組み合わせて闘い、敵地を奪取するものです。
つまり複数の兵種の集合体。クラシックなTVドラマの『コンバット』とか映画の『プライベート・ライアン』(1998)を観れば一目瞭然ですね、狙撃兵だけで敵陣地を占領することはできません。
狙撃兵はそれら歩兵部隊を構成する一パーツであり、“〇〇歩兵連隊”等にその一員として(時には自分ひとりだけが)配属されて戦ってきた……ということが、『狙撃兵ユーリヤ』に記述されています。
一方“女性だけの航空部隊”は実在しました。
俗に“魔女飛行隊”とも呼ばれる、第588夜間爆撃連隊(設立当初の名称)です。
百人余りの女性兵士で構成され、複葉機による夜間隠密爆撃を得意とし、ドイツ側からは「
これは、機体の操縦、整備、補給、指揮全般を賄える、多様な女性兵士をまとめてリクルートできたからこそ、可能になったものですね。
しかし、“狙撃兵だけの部隊”は、おそらく編制されなかったでしょう。
狙撃兵は、“〇〇歩兵連隊”等の一部に組み込まれてこそ、有効な戦力として機能するのですから。
*
それゆえ、イリーナが指揮する第三九独立親衛小隊は、オール女性メンバーで発足したものの、部隊としての運用には大変苦労したと思われます。
「最高司令部直属の狙撃専門小隊」(P129の7行目)として、他の部隊から完全に独立(すなわち孤立)しているのですから、弾薬・糧食・医療品などの各種補給も独自に手配しなくてはならないでしょう。これが通常の小隊規模で50人ほどもいたら、移動も補給も専用のトラックなどが必要となり、その運転や、燃料の補給は……と、面倒な手続きが山積したと思われます。
おそらくそのためでしょう。作中では、イリーナ以外の女性狙撃手はわずか五名、と極めて小規模で、小隊よりもさらに小さな分隊レベルに設定されました。この点、とても納得です。
しかし……
スターリングラードからクルスク、ケーニヒスベルクと主戦場を転戦して、第三九独立親衛小隊は立派な戦果をあげます。P336では「魔女小隊」と呼ばれて新聞の取材を受け、プロパガンダに活用されるほどになりました。
かたや、イリーナを含めてたった六名の隊は、ひとり、またひとりと戦死していきます。
ここで、不思議な気分になります。
どうして、欠員が補充されないのだ?
1942年春(3月?)から、女性狙撃兵を専門に養成する学校が稼働する(P56の9行目)ので、プロパガンダで「魔女小隊」と公式に喧伝されたイリーナとセラフィマのもとには、養成学校を卒業した志願者が殺到してくるはずです。
しかし欠員補充はなく、P457の9行目で第三九独立親衛小隊は、寂しくも悲しい解散が告げられます。
読んでいて、「どこか不自然だ……」と感じていたのが、この点です。
「最高司令部直属」の肝いりで発足した“女性だけの狙撃小隊”。しかもピオネールの新聞で英雄的に報道された部隊です(P336で取材を受けている)。そして戦果も
どこか途中で、最高司令部の同志スターリンのご機嫌を損ねたのでしょうか?
大祖国戦争。とてつもない数の犠牲者を出したとはいえ、祖国ソ連にとって、これは“勝ち戦”です。
ならば勇躍奮戦した第三九独立親衛小隊は勲章ドッサリものであり、祖国の勝利に貢献した命知らずで献身的な女性部隊として絶賛されていいはず。あの英雄パヴリチェンコ女史も、イリーナの戦友だった(P55最後の2行)よしみで拍手を送ったはず。いやそれよりも、プロパガンダに活用された以上、大戦果を挙げて褒めたたえられなくてはならないはずですね。
しかし、そうはならなかった。
そこのところ、どんないきさつがあったのでしょうか?
これは、謎のままです。
だから、ずっと気になります。第三九独立親衛小隊はなぜ、消滅せねばならなかったのか。
いや、それはストーリーテリング上の運命であるということはわかります。
しかし、説明が決定的に不足しているのです。
P468の9行目で、セラフィマの最後の狙撃がスタフカによって問題視されたらしいとの暗示はありますが、そこまでにとどまっています。
その詳細が、もっと具体的に説明されれば、物語はもっともっと劇的に演出されたことでしょう。
*
思いますに……
やはり、第三九独立親衛小隊は、最高司令部直属の“極秘部隊”であって、凄腕の女性スナイパーを少数精鋭で集め、通常の戦闘とは異なる特殊任務をこなしてゆく……というストーリーだったほうが、よりリアルな展開になったのではないでしょうか。
“くノ一”的な忍者部隊として、敵の占領地へ潜入し、女性であることを強みとして民間人に偽装、敵を油断させて要人の暗殺や誘拐、捕虜奪還といったゴルゴな任務を遂行する。
これがむしろ、イリーナたちに最適な部隊運用だったのではないかと思います。
主戦場で消耗させちゃ、もったいない。
普通の狙撃兵で担える任務は普通の狙撃兵に任せて、イリーナたちはスーパースナイパーとして、歴史の暗部で大活躍してほしかった。
つまり『リコリス・リコイル』を独ソ戦でやらかす。
私の勝手な好みですが、そんなお話、読みたかったなあ……
そうするとイリーナたちはあくまで“極秘任務をこなす極秘部隊”でありますので、メンバーの欠員補充がないままに、部隊が最後に自然消滅の憂き目に遇っても、読者として納得できます。
それに、女性メンバー相互の“百合関係”も、全然アリってことになりますし。
⑤ だから、もっと“百合関係”を語っていただきたかった……
イリーナとセラフィマの関係、そりゃあ百合でしょう。
セラフィマが“カチューシャ”を口ずさみつつ射殺する(P444)、あの場面はまさに、セラフィマの、心からの“男性否定・男性拒否”のカミングアウトなんですから。
その事件をもって、セラフィマとイリーナはガッツリと“百合関係”の絆を自覚したのだと思うのです。
だからこそ、二人の百合の物語、しっかりと描いてほしかった。
戦争でなにもかも失ったが、二人の愛は残った。
そういう結末なんですから。
その意味でも二人は、“極秘任務をこなす極秘部隊”であって欲しかったものです。
スーパースナイパーとして、図々しくもベルリンへ潜入してヒトラーを暗殺してもよかったはず。
ただし、ヒトラーはじつは一卵性の六つ子であったとか、替え玉も含めてそっくりさんがゾロゾロといた……という落ちになりそうですが。
セラフィマたちは敵兵士“フリッツ”を何十人となく射殺していきます。
しかし、将官クラスの大物を仕留めた……といった場面があったかなかったか……
やはり狙うなら大物であり、鹿よりも熊や狼を瞬殺したほうが評価されるのでは。
“賞金首”ならぬ“将官首”をあげることですね。
ところが彼女たちはどのような“戦果”を挙げたのか。そこは意外と
そういった戦果を誇りとして戦後を生きてきた実在のパヴリチェンコ女史と、架空のイリーナたちの違いは、いったい何だったのだろうか?
考えさせられる作品です、しかし……
あくまで、「この物語はフィクションであり(P494)」とある通り、架空の物語に違いありません。
イリーナもセラフィマも、実在した人物ではありません。
ただし、ある意味、この作品は“NHKの大河ドラマ効果”と呼びたくなるほどの、巧みなリアリティを備えています。
フィクションなのに、まるでリアルな史実であったかのように受け止めてしまう、いや、擦り込まれてしまうほどの、強力な麻酔効果が含まれていると感じられるのです。
この点、私は一歩引いて、「しかし、この物語は明らかにフィクションだ」と自分に言い聞かせることにしています。
当時の狙撃兵の真実を想いはかるのは、やはり、彼女たちの自伝など、ノンフィクションの作品に
【終】
『同志少女よ、敵を撃て』のミステリー、その謎と混乱。 秋山完 @akiyamakan
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