第15話 戦乙女は俺の怒りを抑える
「お前らこんな事をしてタダで済むと思ってるのか?」
キリエの拘束から解かれた加賀見はすっかり酔いを覚ましたのか店内に居る全員を睥睨して脅しを掛けた。店を貸切状態にしてから店主を出入り口近くに立たせて逃げられない状況を作った事で実質的に監禁した状態にはなっていた。確かにタダでは済まない行為をしているのだろう。
「そっちこそタダで済むと思うなよエロ親父」
「……そういえば加賀見先生の息子さん中学2年になるんだったかしら?」
だがここで日和っていては今までの徒労が水泡に帰す。怜一は臆する事なく脅し返した。そして追撃をするかの如く持田はスマートフォンを取り出して液晶画面を加賀見に突きつけた。
「な!?」
「偶然、加賀見先生と誰か若い女の子とのツーショットが撮れちゃったんだけど、何処か逢引きでもするつもりかしらねぇ?」
彼女は多くは語らない。ただ表示されていた写真の状況を敢えて目の前に居る被写体に聞いているだけ。言葉だけでは汲み取れる筈が無いが、怜一は持田の意図を察していた。彼女は既婚者である加賀見の弱味をダシにして間接的に恐喝しているのだと。
「……何が目的だ? 何が望みだ?」
加賀見は血の気が引いていた。彼もまた持田に生殺与奪を握られている事を理解したのだろう。曲がりなりにも男には家族という守るべきものがある。その守るものの為なら自分の体裁も厭わないつもりらしい。
「最初に言っておくわ、加賀見先生。私はね、別に貴方を陥れてやろうって気は毛頭無いの」
「……はぁ?」
「私達の質問にただ正直に答えて欲しいだけ。そうしたらこの写真は削除するわ。その後で監禁罪なり恐喝罪なりで私だけ警察に突き出したらいい」
「……その為だけにこんな事を?」
「そうだよ、文句あんのか?」
男は呆気に取られていた。よくよく考えてみれば怜一達は危ない橋を渡ってきたにもかかわらずその見返りというのは質問に答えて貰うだけという酔狂なものであった。加賀見は持田達の真剣な面持ちをじっと見つめた後に大きく溜息を吐いた。
「……呆れてモノが言えねぇな」
「うるせぇよ。ていうか全ての元凶はお前だろうが」
「櫻井にバスケを辞めさせたって話か? ……アイツが勝手に辞めただけだろ」
「何だと?」
余裕が出来たのか加賀見は鼻で笑いながら誠司を侮蔑した。その瞬間、頭の血潮が沸騰した気がして反論しようとしたが持田に制止された。
「……最初の質問よ。加賀見先生、貴方はどうして櫻井君にバスケを辞めさせたのかしら?」
「今言っただろ、アイツが勝手に辞めたって――」
「正直に。……って言わなかった?」
持田は直ぐ様スマートフォンを取り出して印籠の様に例の写真を見せつけた。穏やかな口調はそのままであったが目は笑ってなかった。まるで嘘を吐くなと言わんばかりの表情だった。
「……アイツが気に食わねぇからだよ」
「最初から正直に言えばいいのよ」
加賀見は苦虫を嚙み潰したような顔と共に舌打ちをしてから話を続けた。
「……お前らだって一回位は思った事あるだろ? 何でアイツは持っていて、自分は持っていないのかって。アイツはラッキーなのに、俺だけツイてねぇとかよ。……櫻井。アイツは凄ぇ。一目見ただけで分かった。一握りの天才ってのはアイツみてぇな奴の事を言うんだろうよ」
「それが気に食わねぇから誠司の夢を潰したってのか?」
「ああそうだ。アイツのプレーを見てるとな、今まで頑張ってきた自分が否定された様な、まるで俺を嘲笑う様な感じがしてな、直視出来なかった。……他人の幸せを見るぐらいならブチ壊れた所を見てる方がいいって思うのが人間の性だろ?」
まるで全人類も自分と同じ事をする筈だからこれは正当な行為だ、と言わんばかりの口振りに怜一は激怒し、思わず胸倉を掴んだ。
「ああそうだ。櫻井はこんな感じで組んできて殴り掛かったっけな。……櫻井の所ってな、高校入学前に両親が離婚したんだ。父親の浮気が原因だったらしいな。お前の血にはロクデナシで薄汚い父親の血が流れてるって言ったら、そりゃあもう顔を赤くして怒ってたっけなぁ?」
我慢の限界だった。誠司が堪えられなかったのも納得だった。怜一が一発殴り飛ばそうとした時、キリエが腕を掴んで止めたのである。
「おい止めんな!! もうコイツはまともな人間じゃねぇ!!」
「怜一、ここで手を出せば奴の思う壺だぞ。冷静になれ」
冷静になれ? 馬鹿を言うな。こんなクソ野郎、一発殴ってやらねぇと気が収まらねぇ。コイツだけは絶対許さねぇ。
「……加賀見。いい加減観念したらどうなんだ?」
静観に徹していた店主が痺れを切らしたのか加賀見にそう問い掛けた。その見透かした様な表情が癪だったのか、男はそれ以上言うなと目で訴え始めた。
「お前は凡人なんだよ。バスケに関しても、人間性に関してもだ。人並みの神経持ってるんだから日に日に罪悪感に潰されそうになってんだろ」
「だからお酒に逃げてたってワケね。……加賀見先生、いくら憎まれ口を叩いて悪党を演じようとした所でそれじゃあ根本的な解決には至らないのよ」
「……じゃあ今更俺にどうしろってんだよ」
わざと怒らせて殴られようとしていたらしい。一人の、それも未成年の人生を狂わせた罪悪感とやらを軽くする為に。しかしそれでは自己満足を満たすだけに過ぎない。怜一は男のそんな利己的で浅ましい根性に猶更腹立たしく感じていた。
「それじゃあ次の質問。……加賀見先生、貴方はバスケットは今でも好きって気持ちはまだあるのかしら?」
「……好きに決まってんだろ。人生やり直せるのなら一度やりたいって位だよ」
バスケを穢した奴がクソみてぇな寝言ほざいてんじゃねぇぞ。何回我慢の限界に達したのかは数えていなかったが、兎に角またしても我慢の限界に達した怜一はそう悪態を吐こうとしたが、持田は間髪入れず両手を叩いて妨げた。
「なら話が早いわ、加賀見先生。櫻井君をバスケ部に復帰させてあげなさい。そして先生の手で鍛え上げるべきよ」
「はぁ!?」
「おい持田! ふざけてんのか!?」
「ふざけてないわ。真面目も真面目よ」
突拍子も無い事を口走る持田。加賀見と怜一は大いに驚いていた。誠司の才能に嫉妬し、その出る杭を打った張本人が何故そんな事をしなくてはならない。加賀見も納得いってない様子であった。
「先生。天才が一握りだけなら殆どが凡人って事よね? ……じゃあ何で殆どの人の生活が成り立ってるのかは分かるかしら?」
「知らねぇよ、そんなの」
「簡単よ。天才ってのは天才だけじゃ成り立たないからよ。支える人が必要なの。だからこそ凡人の貴方にバスケの情熱が消えてないのなら、縁の下の力持ちとして暗躍するべきって事よ」
天才と凡人。持田のその言葉に姉の小百合が浮かんで来た。彼女はそれこそ天才って言葉では収まらない程、寧ろ同じ人間なのかどうかも疑わしい程だ。小百合もまた父と母が支えてくれたから才能を開花したのだろうか? 怜一はふと考え始めた。そして加賀見の事を他人事だと思えなかった。
「確かに表で大立ち回りするのは魅力的かもしれないわ。けど裏で活躍するのも悪くないモノよ」
「そうだぜ。俺も才能が無くて花形を諦めたクチだ。……大量の凡人が一握りの天才を支えて成り立ってるってんなら、その凡人の一番を目指すってのも面白ぇと思うぜ?」
店主が煙草に火を着けて紫煙と共に過去を吐き出した。二人の言葉に俯いたまま聞いていた加賀見は勢いよく顔を上げた。さっきまでの情けない面持ちは何処かへ消え去り、覚悟と希望に満ち溢れたものへと変貌していた。
「……まさかこの歳になって教えられる事になるとはな」
「……櫻井君を復帰させるくれるのね?」
「そうだ。そして全部を捧げて櫻井を超一流に鍛えてやる。……それが俺なりの償いだ」
「その言葉、絶対に忘れんなよ」
加賀見が自分の罪を認めさせる事が出来た。随分と遠回りをした気がしたが、着実に事は進んでいる。もうひと踏ん張りだ。
未だにこの男の事を許せないし許す気も毛頭無いが、許すか許さないかの最終決断は誠司に委ねられている事であるので怜一はこれ以上踏み込む事はしなかった。
「あ、そうそう。最後の質問なんだけど、加賀見先生ってまだバスケットが出来るわよね?」
質問の意図が分からず、気の抜けた声を漏らす加賀見。出来ないとは言わせないとばかりに持田は不敵に笑ったのであった。
戦乙女は俺への想いを抑えられない 都月奏楽 @Sora_TZK
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