。第59話 すてぃーぶん・まくふらい監督(エピローグ3)

 迷子がエメのUFOから帰還したときの話だ。

 満月の夜が明けたころ、迷子は滑走路の上に倒れていた。

 目を擦り、朝日に目を細める。

 頭がぼんやりとしていた。

 UFOでの出来事は夢?

 そんなことを思いながら、傍らに横になっているMVMに目がいった。

 それを見た途端、あれは夢じゃなかったんだと思うことができた。

 おでこに手を当てながら、迷子は微笑む。

 メイド二人に発見されたのは、それからしばらくしてのことだった。

 どこもケガがないことに安心したうららとゆららは、二人して迷子の身体をギュっと抱き締める。

 とにかく主人が助かって、一安心だ――



       ☆       ☆       ☆



 ――その後。


 乗客たちは警察の事情聴取に応じることになる。

 現場から消えたカティポの行方は、未だ掴めていないらしい。

 そして本物のタビーは、空港のトイレで眠っているところを無事保護されたそうだ。


 プリンセスの言っていたことは本当だったようで、そんな彼女の行方も未だわからない。


 彼女は誰で、どこに消えたのか?

 いろんな謎を残したまま、唯一エメの正体は迷子だけが知っている。

 どうやらあれだけ巨大なUFOが現れたにもかかわらず、迷子とプリンセス以外には、ただの光と認識されていたらしい。


 つまりなんらかの自然現象が発生したのだと、そう思っているのだとか。


 だからそんな彼が宇宙人だと話したところで、みんなは「夢でも見たんじゃないの?」と、冗談半分に返すばかりだった――



       ☆       ☆       ☆



 一週間後。


 日本に帰国した迷子たちは自宅の庭園にいた。

 広いのどかな私有地を、自転車がよろよろと走る。


「うっ……うわわわあぁぁっ!」


 ガッシャンと。

 おぼつかない動きのMVMは、迷子ごと倒れた。


「だいじょうぶぅ? メイちゃん?」


「いたた……なんで乗れなくなってるんですかぁ~!」


「ねぇ、ほんとに空を飛んだのぉ?」


「ほんとですって! こうブワァ! っと、スワーっと!」


「寝ぼけてたんじゃなくってぇ?」


「わたしは起きてましたっ! ウソじゃないですからぁっ!」


 ゆららが困った表情で頬に手を当てる。


「まぁ、いいんじゃね? また練習すればいいんだしさ!」


 言いながら自転車に乗って横を通過したのはうららだ。

 片手で逆立ちした状態で、器用に乗りこなしている。

 しかももう片方の手には、シスタークリムゾンのプラモデルを持ってご機嫌な様子だ。


 ちなみにこれは、帰国する際にアストロゲートのお土産売り場で迷子に買ってもらったものだ。


「ディス・イズ・ニンジャは黙ってください! わたしはサーカス団に就職する予定はないので!」


「じゃあ黙る代わりにコレをやるよ」


 うららは一枚の封筒を差し出す。


「なんです、これ?」


「ポストに入ってたぜ。なんだかいいニオイがするな」


 言われて迷子は封筒に鼻を近づける。

 ……なにやら嗅いだことのある香水の匂いだ。


「スンスン……。この不吉なニオイは……」


 封筒を開けてみると、『焚川』の二文字が見えた。

 迷子はそっと封筒を仕舞おうとする。


「ゆららん、燃やしてください」


「ダメよぉ、ちゃんと読まないと」


 迷子は封筒を取り上げられる。

 ゆららが代わりに読んでみると、その内容は迷子に対する熱烈なラブコールだった。

 

 ファッショナブルな棺桶を目指す方向性は変わっておらず、ぜひ迷子にひつぎモデルとしてデビューしてほしいとのこと。


「え~と……あとは個人的にメイちゃんのことベタ褒めしてるわぁ。『カワイイ・ザイバツ』とか『ハァハァ』『スンスン』とか――」


「やっぱり燃やしましょう。ただのロリコン変態おばさんです」


 迷子は蔑んだ瞳を向ける。

 話題を変えるかのように、自分の携帯端末をいじりはじめた。


「ん?」


 ネットのニュースを閲覧していると、先日の事件のことが出ていた。

 有名企業であるアストロゲートが絡んでいるということもあり、この話題はアクセス数を稼いでいる。


「パクさんの記事ですね」


 あれからパクは、SNSを通じて事件のことを発信した。

 かなりの反響があり、世間ではしばらくこの話題でもちきりになりそうだ。

 家出した彼の姉も、どこかでこの記事を見ているのだろうか?

 ときおり迷子は、そんなふうに思ったりもする。


「しかしほんとに消えたんですね。グラビニウム……」


 別の記事では、あらゆる場所からグラビニウムが消えたことについて書かれていた。


 ユタ州の大地だけでなく、岩のストックをしていた研究施設からもグラビニウムが消えてしまったのだ。


 その場からゴッソリと……まるで煙のように。

 あれをエメが全部持ち帰ったと言ったところで、やはり世間は信じるハズがないだろう。


 迷子はそんなふうに思う。


「あ~、なんかお腹すきました~」


 そして大の字になり、ぼーっと空を眺める。

 ゆっくり流れる雲の形が、できたてのピザに見えた。


「そういえばボブさんはどうしたんですかね?」


「ああ、あの丸っこいのなら実家に帰ったみたいだぜ」


 うららは端末を操作して画面を見せる。


「もう一つの夢に挑戦するってよ。ほら」


 ボブのSNSアカウントには、広大な小麦畑の前でピザを焼く姿がアップされていた。


 周りには家族の姿もあり、笑顔があふれている。


「ふふ、ちゃんと練習してるのねぇ」


「今度会うのが楽しみです! 食べまくってあげましょう!」


 迷子は期待を膨らませる。

 うららがふいに口を開いた。


「しかし迷子、さっきグラビニウムがなくなったって言ったよな? ってことはもう人工重力は生まれないってことか?」


「……その可能性はありますね」


「つまりあのカッけぇステーションの建設も中断するのか?」


「……かもしれませんね」


「ガチ? すげぇ残念なんだけど!」


 うららはシスタークリムゾンの完成を楽しみにしていた。

 しかしあの事件があった上に、グラビニウムが地上から消失してしまっては、今後の開発が頓挫してもおかしくない。


 期待が大きかっただけにしょんぼりするうららだが、しかし迷子が少しだけ付けくわえる。


「――ですがあくまで可能性の話です」


「……え?」


「事件が起きて、資源がなくなって、確かにステーション建設は難しいでしょう。ですが人類の進歩が止まったわけじゃありませんから」


 そう言って、雲を掴むように手を伸ばす。


「あきらめなければ、少しでも前に進むんです」


 空木博士の夢は、きっと後続の科学者たちに受け継がれている。

 迷子はそんな気がした。


「……わたしも止まってる場合じゃありませんね」


 なんだか自分に言い聞かせているようで恥ずかしくなる。

 迷子は身体を起こして、立ち上がった。


「迷ってる場合じゃありません。さぁ、続きをしましょう!」


 サドルにまたがり、再びヨロヨロと車体は前進する。

 それから何度も転んだけど、見上げた空は、清々しいほどに青かった――



       ☆       ☆       ☆



「う~ん……」


 これは事件の翌日の話だ。

 ここはアメリカのユタ州。

 とある映画監督が、自家用セスナ機に乗って飛行していた。


 スティーブン・マクフライ監督。


 新作のアイデアが浮かばず、唐突に空に飛び出したのだ。

 地上にいてはいいアイデアは浮かばない。

 だから空にいこう!

 ……そんなノリだった。


「う~ん……」


 しかしそう簡単にアイデアが浮かぶはずがない。

 簡単に思いつくなら、苦労はしないだろう。


「う~ん……う……うん?」


 ふと地上を見下ろす。

 すると、あるものが目についた。

 そこにはやけに大きな地上絵が描かれている。

 まるでナスカの地上絵だ。

 不自然なほど精密で、大地に描くとしても人の手ではムリがある。


「……これだ」


 監督は呟く。

 脳の奥で、電球がピンと閃いたようだった。


「この絵だ……創作意欲をかきたてる最高のビジュアル……うん、いいぞ。インスピレーションが湧いてきた!」


 セスナ機の中ではしゃぐ監督。

 すぐさま機体は旋回し、来た道を引き返した。


「イエス! イエス! イヤッホーーーッ!!」


 早く脚本を書きたくてしょうがないといった様子だった。

 のちにこの監督が撮影した映画はヒットして、社会現象を巻き起こすことになる。

 それはまだ先の話だが、はたして地上にはどんな絵が描かれていたのだろうか?

 数年後、アカデミー賞に登壇した監督は、この出来事を振り返ってこう述べている。


「セスナ機の中でお腹が鳴ったんだ。UFOみたいに丸い形で……誰だってあの絵を見たらそうなるよ。ああ、だってアツアツのできたてなんだから」


 その音は福音だと。


 彼はそう言い残して、トロフィーを掲げた。



(おわり)

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才城迷子のカタルシス☆帳 ~シスタークリムゾンの墓標~ 水原蔵人 @natuhayapparisuika

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