ギフターズ
「オタクに優しいギャルは存在しないわ! それは敵が能力で見せる幻覚よ! 応太君、あなたは今、『攻撃』を受けているッ!」
義矢流子の言葉は阿仁応太に届かない。彼は今、超自然の繭に取り込まれていた。目はうつろで時折漏れる独り言から察するに、どうやらギャルと恋愛をする幻覚を見ているようだ。
この日、流子は漫画の資料集めに出かける応太に同行していた。応太は生粋の漫画好きで、読むだけでなく自分でも書いているのだ。
資料集めが終わった後、少し休憩しようと訪れた自然公園で『襲撃』を受けた。
「応太君!」
再度呼びかけても、彼の意識は戻らない。こうなったらと流子は応太を繭から引き剥がそうとする。
直後、真上から殺気が降り注いだ。
「シャァァァァ!!」
木の上に潜んでいた女が、大ぶりなナイフを逆手に持って襲いかかってきた。
流子はとっさに後退して、不意打ちを躱す。刃がわずかにかすめ、前髪が数本はらりと落ちる。
女は即座に次の攻撃を繰り出した。下から逆袈裟に繰りしながら頸動脈を狙っている。
不意打ちだった初撃と違い、今度はまだ余裕を持って避けられる。上体を反らし、最小限の動きでしのいだと思った流子に襲いかかってきたのは横殴りの衝撃だった。
2連撃だ。女はナイフ攻撃から一瞬遅れて回し蹴りを繰り出していた。
蹴り倒された流子は地面を転がる。女は飛び上がり、心臓を狙ってナイフを振り落としてきた。
(もう二度と、使う時は来ないと思ったのに!)
流子は
「カラーネイル・ディフェンスブルー!」
流子の爪が青く染まったのと、冬子のナイフが突き刺さったのは同時だった。
いや刺さっていない。今の流子の肌は岩のように硬く、ナイフは一ミリも刺さっていなかった。
「カラーネイル・パワーレッド!」
流子の爪が、今度は赤く染まった。
倒れた姿勢のまま堅く握った拳を流子は冬子にたたきつけた。女子高生の細腕とは思えないほどのパワーが炸裂し、女はダンプカーに跳ねられたかのように吹っ飛んでいった。
これが流子のギフト能力だ。爪の色に応じて、身体能力が強化される。
青は防御の色。それで肌の強度を上げてナイフの突きを防ぎ、力の色である赤で攻撃したのだ。
「さすがね義矢流子。ボスを倒しただけはあるわ」
冬子は無傷だった。その点は驚くべき事ではない、ギフト使い同士の戦いで思い通りに事が進んだためしがない。
それよりも、見過ごせないのが冬子が口にした『ボス』だ。
「ボス!? それに私の名前を知っていると言うことは、まさかあなたは……」
「ええその通り! 私は夢野冬子! お前が潰した〈結社〉の生き残りよ」
過去が再び現れた。まるで墓から蘇った死者のように。
●
ギフト能力に覚醒した日、流子の人生は変わった。なにもかも。
突然現れた〈結社〉を名乗る黒服の男たち。彼らは流子が目覚めたギフト能力を使って、社会を闇から操る組織だった。
彼らは流子の両親を殺し、〈結社〉の一員になれと脅してきた。
突然襲いかかってきた不幸に嘆く暇も無く、流子は決断を迫られた。
服従か、抵抗か。
流子は抵抗を選んだ。〈結社〉に立ち向かうため故郷を去った。
ギフト能力カラーネイルを駆使し、戦って戦って戦い抜いた。
戦いの中、流子と同じく〈結社〉に抵抗するギフト使いが仲間になった。
そうしてついに〈結社〉のボスを倒したが、しかし後には何も残らなかった。
心を通わせた仲間はみな戦いで命を落とした。流子が勝ち得たものは何もなかった。何かを手にしても、それはわずかに触れるだけで、すぐにこぼれ落ちていった。ただただ失うばかりだった。
その後、〈財団〉を名乗る者が現れた。彼らは〈結社〉と真逆の立場にあり、ギフト使いが普通の生活を送れるよう補佐し、またギフトの悪用を防ごうとする者たちだった。
〈財団〉の協力で琉子は故郷に帰ってこれた。
一見すると日常に戻ったようだが、それはうわべだけだ。
両親と過ごした家にはかつての温もりはなく、そのときの琉子は魂を失った、人の残骸だった。日常のテンプレートをなぞるだけの日々を送るだけだった。
しかし、幸いにも孤独ではなかった。
隣人の阿仁家は以前から家族ぐるみの付き合いをしていて、彼らは両親を失った琉子を何かと気にかけてくれた。
特に心配してくれたのは阿仁応太だった。
応太が寄り添ってくれたおかげで、琉子は心を取り戻せた。自分はすべてを失ってはいない、まだ残っているものがあると思えた。
だがそれをあざ笑うかのように過去が再び襲いかかってきた。〈結社〉の残党という過去が。
●
「私のギフト、ドリームスポイルは相手の願望をかなえる幻覚を見せることで、そこからエネルギーを搾取して自らの力に変換する! さらに、願望が非現実的であればあるほど効果は増す!」
冬子は自分のギフト能力を明かした。それは公平であるためだ。
ギフト使いにとって公平であることは無視できない効果を生む。ギフトは心の力だ。迷いがあれば十全に発揮できない。故に、能力を敵に明かし、自分は公平であるという実感を得て、心の迷いを取り除く。
今の状況は流子にとって極めてまずい。良いといえる要素など、公平さのために冬子が応太を人質にとって抵抗するなと脅してこない事くらいだ。
冬子が動き出した。さらに速いスピード。
このままでは後手に回ってしまう。流子は強化を切り替える。
「カラーネイル・スピードグリーン!」
流子の爪が緑に変わり、スピードが強化される。
真っ向勝負は避けるべきだ。狙うべきは能力の解除! 流子は応太を解放するために走る。
「させないわ!」
冬子がナイフを投擲した。すさまじいパワーによって放たれたそれは、弾丸を超える勢いで流子に襲いかかる。
流子はとっさに回避した。だが高速移動中で無理に回避したせいで転んでしまう。
流子は即座に立ち上がろうとするが、冬子に背中を踏みつけられて動きを封じられる。
「無駄よ! 私がエネルギーを搾取している応太の願望は『オタクに優しいギャル』ッ! その非実在性によって、今の私は全てにおいてお前を上回っているッ!」
これまで流子が使ったカラーネイルの強化は、パワーレッド、ディフェンスブルー、スピードグリーン。他は五感を強化するセンスイエローだが、そんなのを強化したところで冬子に通じるわけがない。
流子が冬子を倒す方法は一つしか無い。カラーネイル最後の色、バイオレンスブラックを使うのだ。
黒! それは暴力の色!
全ての身体能力を強化するが、使えば流子は強烈な暴力衝動に襲われる。
流子の心が深く傷ついたのは、過酷な戦いによるものだが、バイオレンスブラックの暴力衝動も原因の一つだ。
琉子は〈財団〉の職員から言われた言葉を思い出す。
「琉子君、バイオレンス・ブラックは君の人間性を摩耗させていく。だから二度と使うべきではない。もし再び使ってしまったら、君の中にある心は完全に消滅し、暴力の獣となってしまうだろう」
流子の目の前で、繭に囚われた応太の顔色が土気色になっていく。エネルギーの搾取によって命の灯火が消えようとしているのだ。
このままでは応太は死ぬ。
(私は何をためらっているの?)
流子は『覚悟』を決めた。
「応太君は私に再び『心』を与えてくれたッ! そんな彼を『守る』ためなら、この『心』、惜しくはないッ!!」
流子の爪がどす黒く染まる。
「カラーネイル・バイオレンスブラック!」
力と暴力衝動が間欠泉のように吹き出す。
「GRUUUUAAAAAAAAAA!!!」
流子は獣のように叫んだ。背中を踏みつける冬子の足を、力ずくではねのけて飛び上がる。
「ボスを倒した力を使ったようね。けど、今の私ならそれでも……」
冬子の言葉を流子の拳が遮った。顔面に直撃を受けた冬子は歯を2、3本飛び散らせながら吹っ飛ばされる。
「ば、馬鹿な。流子のほうが強い!? いえ、私の力が弱まっている!? どうして!? オタクに優しいギャルは存在しないはずなのに!」
否! 否である!
冬子は一つ大きな思い違いをしていた。
そも、ギャルとは何か?
ギャルとは英語のGirlの省略であるGalから来ており、昭和初期では若い女性全般を指す言葉であった。
聡明な読者ならばすでに察しが付いているだろう。
そう! つまり広義において全ての女子高生はギャルである!
そして! 流子は応太を『守って』いる! 守るとは『優しさ』の極地!
オタクを命がけで守る女子高生によって、オタクに優しいギャルの存在が今! ここに証明されたのである。
それがドリームスポイラー弱体化の理由であった。
もはや冬子の勝ち目は皆無に等しかった。
「このまま逃げるというのなら、私は追わない。見逃してあげるわ」
かろうじて残った理性を総動員して流子は冬子に告げた。だが、その行為ははかえって冬子のプライドを傷つけた。
「見逃す? 見逃すと言ったの!? 私から〈結社〉をッ、偉大なるボスを奪っておきながら、情けをかけるというの? ふざけるな!」
冬子はナイフを腰だめに構えて突進してきた。
「この腐れビッチがぁぁぁ!!!」
「GRUUUUAAAAAAAAAA!!!」
流子は無数の打撃を冬子にたたきつけた。
「ああああああ!」
弱体化したとはいえドリームスポイルの強化のおかげか、冬子は全身のあちこちの骨が砕けながらも、致命傷には至らなかった。
だが、死はすぐ目の前にある。どす黒い暴力衝動に囚われた義矢流子という死が。
「GUUUUUU」
バイオレンスブラックの暴力衝動によってかすかに残っていた人間性はもう残されていない。ここにいるのは流子の姿をした獣だった。
もはや冬子は立ち上がれず、完全に再起不能状態だ。トドメを指すために暴力の獣が冬子に近づく。
「流子ちゃん!」
その声に、暴力の獣の動きが止まる。
衰弱した体に鞭を打って立ち上がろうとする応太の姿があった。冬子の戦闘不能によってドリームスポイルが解除されたのだ。
暴力の獣は応太を一瞥するだけだった。冬子にトドメを指すべく、腕を振り上げる。
「駄目だ!」
応太が暴力の獣に立ちはだかる
「この人を殺したら、君は二度と戻れなくなる!」
暴力の獣が一歩踏み出す。そして拳を振り上げた。
応太は暴力の獣から目を離さずに言う。
「君は強い女の子だ。オタクで、意気地なしの僕とは違う。君が使う不思議な力が何何であるかわからないけ。でも君ほどの女の子が力に振り回されるはずはない! だから正気に戻って!」
応太の目には確信があった。琉子は必ずもとに戻ると。
「GU、GUUUUU」
暴力の獣が頭を抑えて悶える。
「琉子ちゃん!」
応太が呼ぶ。その時、コールタールのようにどす黒い精神の奥底で眠っていた、琉子の人間性が目覚める。
「応太君……」
琉子の目に、理性が戻る。
「よかった。正気に戻ったんだね」
理屈はわからない。だが琉子は応太の声を聞くと穏やかな気持ちになれた。
琉子は応太に抱きつく。
「りゅ、琉子ちゃん!?」
「お願い、少しの間だけこうさせて」
「……うん」
思えば、応太は幼い頃からずっと一緒だった。
彼こそが琉子にとっての、日常の最後の砦なのだ。
その彼の声が、バイオレンス・ブラックの暴力衝動から琉子を救った。
「応太君がいる限り、私はくじけない」
琉子は静かにそうつぶやいた。
オタギャル☆ロマンス 銀星石 @wavellite
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