『大急ぎの殺人』

N(えぬ)

大急ぎの殺人

 海山市海山警察署にこの土地出身の若い警官が刑事として着任した。名は風戸明。優れた観察力、洞察力を評価され犯罪の摘発に、刑事としてさらに力を発揮することを期待されていた。

 風戸の紹介も早々に刑事課長が指示をした。

「山城さん。風戸と組んで行ってもらえますか、海山海岸道路の旧道の方で……事故かもしれないけど、最初だからちょうどいいでしょ」

 そうベテラン刑事の山城に説明した。山城は半ば微笑んで、「わかりました」といい、自分が新人刑事を預けられたことに意欲を持っているようだった。

「切れ者だってきいてるよ」山城が振り向いて自分から風戸に歩み寄ると声を潜めてそう言って笑った。

「とんでもないです。若輩者と呼んでください。よろしくお願いします」

 20代後半に差し掛かったばかりの風戸は謙遜し、緊張した面持ちで山城に少し深く会釈した。



 前日から空は暗く断続的に小雪をちらつかせて人手が着かない場所には雪が積もっていた。

 海山町の『古い方』と呼ばれる町の一角があり、そこの辺りだけ道も古い。海岸線に忠実に沿って作られているせいでこの道は細くて少しうねっている。新しい広い道路が内陸側の一段高い場所を真っ直ぐに突き通って作られ、今はそちらの道沿いが町のメインと言うことになっている。

「この辺り、パトロールで何度か通ったことはあります。新しい道路が出来た後は、わざわざ道を外れてこちらに降りない限り地元の人しか使わないような道になってますよね。事故が起きたなんて話も聞いたことが無かったし……ただ、堤防に上って、誤って海に落ちた例は聞いたことがあります」

 濃いブルーブラックの覆面パトカーを運転しながら風戸が言った。

「俺の記憶でも堤防に人が上るのは、むかしからあるなぁ。でも海側に落ちて大けがになったというのは聞いたことがあるけれど、死亡事故はなかったと思うなぁ」

 山城刑事が懐かしさ半分に海側の堤防を見ながら話した。

「死亡したのは現場からそう遠くない場所に住む中年男性らしいが、地元の中年のおっさんがこの堤防に……上るかね?酔ってたのかな」

 山城がそう言うと、

「そうですねぇ」

 風戸刑事が運転席から堤防の方へちらっと顔を向けて覗いた。



 朝の7時頃、夜が明け始めたところで少し沖合に差し掛かった小型の漁船の船員が波消しブロックの上に人が倒れていると言う通報を警察にしたのだった。

 昨夜からしばらく降った雪は今は小やみになっていた。海岸線に沿った道路の堤防の向こうには海が広がっている。現場は海の少し引っ込んだ所で道路側は高さが160センチほどの堤防。堤防の向こうは満潮の海面まで5メートルほどで波消しブロックが積み上げられている。仮に堤防の上から海側に落ちれば、高さはおよそ7メートル。波消しブロックの上に落ちるのだから打ち所が悪ければ大けがや死亡することも容易に想像できる。

 男の死体は波消しブロックの上で少し波に洗われていた。

 車から降りた風戸と山城は堤防の向こうを首を伸ばして覗き込んだ。堤防の上には堤防の灰色と対照的な白い雪がきれいに型取りでもしたように積もっていた。

 風戸は消波ブロックの上に横たわる死体のすぐ上の堤防の所で足を止めていた。

「なんかあるのか?」

 山城がそう言うと、

「あ、ええ。これ、何のあとでしょうか」

 風戸は呟いて、堤防の上野行きを指さした。雪は僅かだが一部分横長に積雪の高さが低くなっていた。

「なるほど。少しほかより低いな」

 山城がそう言うと、風戸はポケットから巻き尺を取り出して、その雪の低い部分の長さを測った。そしてまたそこから堤防下の死体を覗き込んだ。



 発見された死体は荒井伸一55才。妻芳恵52才と25才になる娘裕恵との3人暮らし。

 荒井伸一の死因は頭蓋骨陥没からの脳挫傷。傷の原因は転落によるものかどうかは判然としなかったが、頭部の傷跡には堤防下の波消しブロックと同じ成分の破片がわずかに食い込んでいたのが採取された。被害者が発見された場所から彼の家までは1キロあるかないかという地点だった。

 伸一は無職で大分前から酒浸り。酔うと妻に頻繁に暴力を振るっていたといい、伸一のそういう行為が始まるといつも娘の裕恵が割って入って諍いになっていたらしい。

 

 被害者の家は静かなこの土地の外れにある古びた一軒家だった。

 風戸と山城が二人で家を訪ね、座敷で濃い赤茶色の座卓を挟み、荒井母娘と対面した。

「あの人が死んだのは事故ですか?」荒井伸一の妻は刑事二人より先に口を開いた。山城はそれに少し目を丸くして口を開くときチャっと舌を鳴らしてわずかに間が開いてから話し出した。

「それがまだわからないんです。目撃者もありませんし。それで皆さんにお話を聞いた上で判断していくことになると思いますので、旦那さんが亡くなった直後に申し訳ないのですがご協力ください」と言い山城と風戸は荒井母娘に頭を下げた。

「亡くなった伸一さんは、いつも22時頃になると車で迎えに来て欲しいと、行きつけのスナック『エレガンス』から電話してきたんですね?」

「ええ。そのあと、家でもまた飲むんですけど、店を出るのは毎日そのくらいでした」

 山城がハッキリとした声で無表情に芳恵に聞くと彼女はうつむきがちに答えた。

「いつも奥さん一人で、車で迎えに?迎えに行く車は外に止めてあるワンボックスですか?」

「はい。家にはあの車しかありませんから」

「ふん。それで伸一さんは奥さんに迎えを頼んで、でも店で待っているわけでは無くて、先に店を出て歩いて家に向かっていたんですか?」

「はい。少しだけ歩くのが癖というか。いつもそうして家の方へぶらぶら歩いてくるのを途中で車で拾ってました」

「なるほどねえ。で、昨日は奥さんが迎えに行ったけれど、途中で伸一さんに行き会わなかった、と」

「ええ。どこまで行き会わないので、飲んでいたスナックまで行って、お店を覗いて聞いたら、もう大分前に店を出たと店の人に言われて引き返しました。それでも姿は見つけられなくて、結局家に帰り着いて。しばらく待っていたんですが、これはおかしいと思って、すぐに警察に電話しました」

「そうですか……。そして伸一さんを探しておられたところで今回のような事態になったことをお知りになった」

「はあ……」ここで、芳恵はこみ上げるものをこらえるように口元に手をやった。

 そのあとも風戸と山城は、荒井母娘に伸一失踪時点の時間ごとの行動についてや、母娘の仕事、日頃の生活の状況など通り一遍の質問をした。

 荒井の家を辞去してすぐ、歩きながら山城は風戸に言った。

「どう?何かピンとくるものがあったかい?切れ者のカンで」

「カン?ですか。カンは無いですが……『切れ者』って言うのは勘弁してください。……この件を殺人と見れば奥さんが被害者を殺害する動機はありますよね。酒に酔って暴力を振るうという。近所の聞き込みでは、伸一さんは外で飲むときは比較的穏やかで気さく。それが家に帰って飲み直しを始めると豹変して暴れ出し暴力を振るう。特に奥さんを限定した暴力という噂ですから、それを強く嫌悪していたのは奥さん本人もそうですが娘の裕恵さんの方もそれはありそうですね」

「んん。母親を可哀相と思い、父親を強く憎んだ……それは理解しやすい根拠だね。それで怒りが爆発して……」

「怒りは溜まっていたのでしょうけど、衝動的に被害者を殺害したのなら手段や行動が雑になって証拠が残っているのが自然ですよね。そわそわしたりおどおどしたりして証拠隠滅を図りそうなものですがそれがぱっと見では、今のところ、あの母娘の周辺に殺害に関わっていそうなそぶりも証拠も全く見当たりません。それが逆に不自然と言えますね。」

「家に帰れば暴れ出すのをわかっていて、姿が見えないと言って一生懸命に探していた母娘っていうのは、理解しにくい?」

「そうですねえ。荒井宅からスナックまでは車で5分程度でつきますが、その道の往復の間に被害者の姿を見つけられなかったからと言って、子供の失踪でもあるまいし、すぐに警察に通報するのは……」

 その晩、風戸は遅くまで呻ったり頭をかきむしったりしながらパソコンの前に座ったり立ち上がって窓の外を見たりしていた。現場の堤防の上の雪を頭に描きながら。



 昨日同様、風戸と山城は座卓を挟んで荒井母娘と対面した。

「この写真を見てもらえますか」

 風戸は今回の事件現場の写真を一枚、荒井妻娘のテーブルの上に差し出して置いた。母娘は写真には手を出さず博物館の展示物でも覗き込むように傾注してそれを見た。

「堤防ですか……」

 風戸が見せた写真には堤防の上部しか写っていなかった。

「ええ。堤防の上部の雪を見て欲しいんです」

「雪?」

 荒井母娘は、いったん顔を上げて風戸を見てすぐにまた写真に目を落とした。

「よぉく見ると真ん中の辺りが少し、人の肩幅くらいの間隔だけほんのわずかに積もっている雪の高さが低くなっているのがわかりますか?……ここ。この辺りです」

 風戸は写真を覗いている荒井母娘と同じように自分も前傾になって指し示した。

「わかりますか?」

「は、はあ」

 風戸は前のめりの体を元に戻して、

「この低くなっているところの幅、何センチあるかわかりますか?約80センチです。測りました。この巻き尺で」

 風戸はポケットから小さな巻き尺を出して見せた。

「もちろん、後から長さのわかる指標をおいて鑑識に写真を撮り直してもらってますけれど。それはいいんですが……この、わずかに積雪が低くなっているのは、なぜでしょう?堤防のこの部分以外は右も左もずっと同じ高さなんです。ここだけ低い。……雪が降り出したのは事件当日の日が暮れてからです。この辺りだと19時頃からだということです。堤防に雪が積もり始めてそして、その途中誰かがこの部分の雪を払ったか何かがここに置かれて積もった雪が押しつぶされたんでしょう。その上からまた雪が積もっていった。それがこのわずかな高さの違いになったと考えられます。この積雪がわずかに低い地点の向こう側の堤防下で伸一さんは発見されました」

 風戸がこんこんと説明するのを聞いて荒井芳恵が、

「それがどうしたんですか」

 少しうわずった弱々しい声だった。それを聞いて風戸はまた話し続けた。

「もし、伸一さんが酔った勢いか何らかの理由で堤防によじ登り、足を滑らせて消波ブロックの上に転落したのなら、堤防の上の雪は足で踏まれてその跡が雪に残ったはずです。ですがそのような痕跡はありませんでした。そしてもう一つ。意識があって転落したとしたら、落ちまいとして堤防の縁にしがみつこうとするのが普通でしょう?堤防は垂直ではなく急な坂道のような形ですから、縁から落ちるとダイレクトに下まで落下はしません。堤防に沿って滑り落ちる形になります。そうすると手や顔、膝などの体の出っ張りと服もコンクリートの面に擦れて跡が付く。手や顔の肌が露出した部分が擦れれば出血するはずです。でも堤防にはそのような痕跡はどこにありませんでしたし、致命傷になった頭の傷以外、伸一さんの体のどこにも擦れたような跡は見つかりませんでした」

 話を聞いている最中に荒井母娘は顔が少し青ざめていた。

「では、あの人は自分で堤防に上って下に落ちた事故ではないというんですか?」

 荒井芳恵の声に静かな怒気が含まれてきていた。

「そうなんです。伸一さんは鈍器で頭を殴られて、それから堤防の向こうに落とされたのだと私は考えました」

「誰が、どうしてそんなことを?!」

「それを実行したのは、奥さんと娘さん。お二人ですよね?」風戸は荒井母娘の顔を交互に見て言った。

「酷いことを言いますね刑事さん。私たちがそんなこと……」

「出来ませんか?」

「あの堤防は私たち二人の身長くらいあるんですよ。あの人は大柄で体重もあります。わたしたち二人でやったと言われても、そんなこと無理です。持ち上げられません」

 芳恵は今度は早口に口からつばを飛ばして言った。それが彼女の思う『決め手』だったのだろう。芳恵の隣に座る娘は押し黙ったままうつむいている。

「そうですね、伸一さんの体を堤防の向こう側に落とすには、80キロもある体を奥さんと娘さん二人で頭の上くらいまで持ち上げなければなりませんね。……人間の身体を運ぶ場合、よくある方法は一人が頭の方から脇の下辺りを掴んで、もう一人が足の方へ回って股の間に入って両足を抱え込む姿勢です。ですがこれでは、とてもじゃないですが堤防の上には上げられない。持ち上げようと試行錯誤したりすれば時間もかかるし、死体を引きずった痕跡がどこかに残るはずです。……そこでさっきのこの写真なんですが。この積雪の低くなった部分の幅は約80センチだと言いましたよね。お宅の車はワンボックスですね。80センチというのはあの車のスライドドアを開けたときの開口幅に近い。……あの車は後部座席を倒せば全面を平に出来る。そうした上で伸一さんの死体を堤防に横付けした車のスライドドアを開けて下に落としたんです」

「それじゃあ、おかしいんじゃないですか?いくら車に乗せたと言っても少し高さが上がっただけで引き摺ることに変わりないでしょう。死体が堤防の縁に擦れれば痕跡が残る可能性が高いって言ったのはあなたじゃないですかっ!」

 芳恵がひときわ高い声で反論する。

「そう。堤防の縁にも死体にも擦れた痕跡は無い。擦れないように、そして簡単に死体を移動できるように車から堤防に橋を架けたんです。……家に入る前に庭の辺りを見ました。庭の隅に土嚢が4つ。その上にブルーシートが畳んで置いてありました。物干し台には、長さが変えられるタイプの金属の物干し竿が4本ありました」

 ここで風戸は被害者の娘裕恵の方に顔を向けた。

「裕恵さんは老人介護施設でアルバイトをしていて、防災活動の啓発イベントなどでボランティアもよくなさっているそうですね。そこでなのですが、災害時に2本の棒に毛布などを巻き付けて作る簡易の担架を作る方法を知っていたんじゃありませんか?2本の物干し竿にブルーシートを巻き付けて担架にし、堤防の横に車を止めてスライドドアを開けて車から堤防に橋を渡す。その担架の上に伸一さんの死体を乗せて、堤防の向こうへ押し出した」

 風戸がそう言っても裕恵は困惑顔をするだけで反論はしなかったが母芳恵が代わりに声を荒らげた。

「裕恵にそんな罪をなすりつけるなんて。裕恵は何も関係ありませんよ!」

「そうでしょうか?今回のことはお二人が共謀してやったとしか考えられないんです」

「何言ってるんですかあなたはっ。私たちは、あの人が22時過ぎに店から電話してきてから家を出て、あの人が見つからなくておかしいと思って23時前には警察に問い合わせの電話をしたんですよ。1時間も無い間に、そんな大それたことが出来るわけ無いでしょう」

 芳恵がそう言うと風戸は目に力を入れて彼女を見返した。

「警察に連絡したけれど、行方不明と考える程時間がたっていない、と取り合ってもらえなかった。それもあなたたちの計算の上でのことでしょう。伸一さんの死亡推定時刻は21時から0時。スナックに22時過ぎまでいたのは店にいた人たちが証明している。そして23時にはあなたが警察に問い合わせ。そうなると、もし警察があなた方の届け出を聞いて動き出したとしたら23時以降の犯行は難しくなる。自動的にあなた方の犯行も否定的な見解になるはずです」

「そうです。私たちがやったなんて言うのは酷いです。やれた可能性も証拠も無いのに……」 今度は芳恵の方が潤ませた目で風戸を見た。

「出来るんです。出来るように事前に練習を重ねたんですよね?……庭にあった土嚢は伸一さんの体を想定したもので、ひとつが20キロ、4つで80キロですか?あれを使って日々練習を重ねて、手順を体で覚えた。……そして、犯行の夜を迎えた。奥さんがいつものように車を運転して後部席に娘さんが隠れて伸一さんを迎えに走り、現場近くで待っていた。伸一さんが来たところで車の助手席に乗せ、すぐさま背後から鈍器で頭を殴った。使った鈍器は以前に手に入れて置いた欠けた消波ブロックですか?それなら現場で伸一さんの死体を下に落としたときに一緒に海へ投げ落としてしまえば怪しまれない。……そうやって伸一さんを海に落としてからスナックへ走り、店に顔を出して、伸一さんを探していると話して印象づけ、また家に戻ってから今度は警察に連絡した。これで、あなたたち母娘の犯行というのは誰からも想像しづらくなる。……それと、車の中で伸一さんを殴ったときに一撃で死ななくてもいいと考えていたんでしょう。意識不明になるだけでかまわなかった。意識不明にして海に投げ落とせば、伸一さんは死亡するだろうと……おそらく犯行に使われた時間は2分もかからなかったんじゃ無いですか?あなたたちは犯行時間を極限まで短くするために練習を重ねて研究した。そこには娘さんの経験が生かされていた。さっき言った簡易担架のアイディアもそうですが、もう一つ。娘さんは老人介護をするときに、ベッド上で老人の体を介護者が楽に移動させるためにスライディングシートというのを使うことがあるのを知っていたのでしょう。同じ方法で死体を迅速に跡を残さず引き摺って動かす方法として使えます。ですが専用のスライディングシートを使えば、その上に死体を乗せれば痕跡が残り処分に困る。そこで代用品としてゴミ用のポリ袋を使ったのでしょう?車内を全面的にポリ袋で覆えば、伸一さんを殴ったときに血が飛んだ場合でも車内に痕跡が残らないというメリットもある。ポリ袋の上で死体を滑らせ、車の座席から担架へ、担架から堤防の下へと順次移動させ、80キロの伸一さんの体も比較的すいすいと動かせた」

 風戸の自信は声からわかったが、芳恵の顔つきにもまだ余裕がある様だった。

「そんなの、みんなあなたの想像でしょう?どこに証拠があるんです?さっきも言いましたけど、証拠が無いでしょ?」

「証拠はあります。証拠があるので、こんな推論をお話ししているんです。お二人が犯行に使った他の道具は元々家にあったものばかりで、犯行後に始末せずにいても問題ないように考えられていた。ただし死体に直接密着した道具、血が付いたものは処分しなければならない。燃やしてしまう必要も穴を掘って埋める必要も無い、家にあっても怪しまれず、すぐに捨てて不自然では無いもの。そこでわたしは、ゴミ袋を思いつきました。ゴミ袋はゴミとして捨てればいい。ですがゴミ袋ばかりを集めて捨てれば怪しまれる。そこで犯行に使ったゴミ袋をゴミにするのではなく、中に普通のゴミを入れて『ゴミ袋』として使おうと考えたのではないかと。それに思い当たって昨夜にここのゴミ集積場所に来て出されていたゴミを回収しました。こちらのお宅から出されたゴミ袋であることは、中身を調べればすぐにわかりました。中身のゴミにはお二方の指紋や毛髪が沢山付いていましたから……ゴミ袋は12枚回収しました。……その内ゴミ袋の外側に伸一さんの血液が付いている袋を7枚見つけました。使う前に洗ったのでしょうが、洗い残しも多かった。血液は元々、痕跡が残りやすいですからね。それが、動かぬ証拠です」

 風戸が言い終わると、娘の裕恵がワッと泣き出した。

「私。私が母さんに持ちかけたんです。私が悪いんです」

 それを遮って母芳恵が大声で、

「娘は何もしていません。全部私が一人でやりました。この子には何の関係もありません刑事さん。何の関係も無いんです。わかってください。全部私の責任です」


 二人はそれぞれ別の警察車両に誘導された。

 裕恵はうなだれて泣き続けていて。芳恵は車に乗せられてドアが閉まってもまだハッキリ聞こえる声で「娘は関係ない」と言い続けていた。


 風戸と山城は自分たちの車で署に向かった。

「酔っ払いの事故が計画殺人に変わって、それも急転直下で解決。さすが『切れ者』にふさわしい」

 山城は楽しそうに言った。

「ああ、だからその『切れ者』というのは勘弁してください」

「いいじゃないの。こうなれば避けられない事実だよ。……けどね、ひとつ言うなら、あの母娘は近所じゃ評判がよかった。飲んだくれで暴力を振るう亭主に虐げられ、周囲の人は母娘を哀れんでた。この事件で母娘を逮捕した警察は酷いと思う人もいるだろうね……そういうこともあるってことを心して置きなよ」

「なるほど……そういう人も。解決すれば正義というわけじゃ無いですね。僕はやはり、経験の足りない若輩者です」

 風戸がそう言うとフロント硝子に風で滑り込むように雪が吹き付け始めた。

「今日のこの雪は、積もるらしいですよ」風戸はそう言ってワイパーを動かした。

「積もるのかぁ。ウチは雪かきが大変なんだ」山城が嘆いた。



おわり

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『大急ぎの殺人』 N(えぬ) @enu2020

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