NINE・「生まれたことを謝りな」
ーーー鉄火の叫び声がこだました後、鉄火は後ろへ伸ばしている右拳を下から前へスイングさせる。
彼の能力も相まってその勢いは凄まじい。
鉄火の前まで拳が来ると、その勢いのまままた後ろへ回転する。それをどんどん1回2回と繰り返してゆく。
ーーーブンッブンッ……
段々とその腕、拳は回転を速める。気がつけば目にも止まらぬ速さ、速すぎて腕の回転がまるで遅く見えてしまうほどである。
ーーーヒュヒュヒュヒュヒュ……
「……これが、この行動こそがお前の謎を解く鍵さ……。」
鉄火は高速で回転するその拳を地面へと接触させる。拳はガガガガというドリルのような音を鳴らすと辺り一面に、ホコリやらチリやらをこの空間に漂わせた。
この時鉄火は回転する拳を使い地面を削り、その削ったことによって出たチリを、空気中に撒き散らしているのだ。
数分が経つ頃、空気はこのチリにより汚染されていた。
「ケホッケホッケホッ……」
さすがに鉄火も佐門もメガネの男でさえも咳き込むほど、高濃度に空気中は汚れて行く。
そして視界はだんだん茶色に染ってゆく。
これにはメガネの男も鉄火が何をしでかす気なのか理解が出来なかった。むしろ奇行に走ったと思った。
(単刀直入に、何をやるつもりなのだ……。)
メガネの男がそう思っていると、突然鉄火は回転をやめてその場に立ち上がり男に向けて話しかける。
「お前、そういえばあまりそこから動かないよな。」
「フッ……動かなければなんだというのだ。」
「いやぁ別に。 気にしないでくれ……それじゃあ続き行くぞ!!」
鉄火はこれまた閃光の如くメガネの男に向けて突っ走る。男は先程と変わらずその場に突っ立ってるだけだった。
そしてさっきと同じように距離2センチに達した頃、次に鉄火はその勢いを殺さずドロップキックで突っ込んだ。
ーーーポァーン…
しかしながら、案の定メガネの男の能力により瞬きをする間もなく鉄火は元いた、走る前の位置に戻された。
……だが、このなんともない、先程と同じようなこの現状は鉄火にとっては男の能力へのヒントとなる。
また鉄火は立ち上がり男に向け話しかける。
「これでわかったぞ……お前の能力。『単刀直入』に言えばお前の能力は、『座標と座標を入れ替える能力』……。まず、この地面のマス目、これは『座標』なんだろ? 最初はわけも分からなかったが、いつの間にか移動している時、毎回キレイに別のマス目に移動している。 そして佐門にぶつけた椅子、見渡せば一つだけ椅子のない机がある。 ここまで綺麗に整理された部屋の中で、一つだけないのは不自然だ。お前は能力で椅子の座標と佐門の目の前の座標を入れ替えてぶつけた、そうなんだろ? 」
メガネの男は鉄火を睨みつける。だが鉄火はそれを睨み返し話し続ける。
「まだある。 お前のすぐしたのマス、よく見てみろよ。」
メガネの男は言われるまま下を向く。するとそこには、縦に削られた大きめの、真っ直ぐな傷があった。
今度は鉄火ではなくこの男が話す。
「……単刀直入に、貴様がさっき腕を回して傷つけたマスだな……お前の元いた、傷がついたマスと何も無い私の目の前のマスを入れ替えたからか。 」
鉄火は頷き話返す。
「そういうこと。さらに、お前の周りのマスは比較的ホコリが俺たちの周りよりも落ちていない。 だがしかし、その入れ替えたマスには濃くホコリが乗っかって汚れている。 俺たちのところも同様、周りがホコリだらけなのに対し入れ替えたこのマスのみ、あまり汚れていないんだ。 これでお前の能力が解けたってわけさ。」
しかし、メガネの男はふふふっと嘲笑うと、メガネを取り、胸元のポケットから出した布切れでキュキュッとレンズを拭く。
拭き終わると、メガネをまたかけて鉄火に向けて話しかける。
「しかしなぁ鉄火くん。単刀直入に言うとそれがわかったから私の能力が回避できる、防御できる訳では無いだろ。なんの能力か分かっただけだ。『
鉄火はそう言われるとしゃがみこむ。そして右拳を上へ挙げ、拳から肩までを金色に光輝かせた。
「……『
そう鉄火が静かに、ボソリと呟くと、優しく上に伸ばすその光る拳を、チョンとその場の地面に当てた。
例えるなら、花を撫でるように優しくというのがしっくりくるだろうか。
そしてその優しく当てた拳をスっと地面から離した次の瞬間である。
ーーーポチャーン……
灰色の地面に、水のように金色に光る波紋が、鉄火を中心として静かに流れた。
この波紋は鉄火が起こした振動エネルギーである。
そしてそのエネルギーは、広がるように地面を流れるように駆けていくのだが、流れたあとのその地面は分子レベルで振動してゆく。
……いかなる物体でも、「振動」というものにはめっぽう弱いのだ。
例を挙げるとするならガラス製グラスである。
高い周波数、空気振動を浴びせ続けると、グラスはそれによって揺れ、亀裂が入り更にはことごとくパリンと割れると言うのは、生きている人類皆知っていることだろう。
それは、コンクリートやレンガも例外ではなく、これらも振動と衝撃によって破壊することが可能である。
つまり振動や衝撃は物を破壊するエネルギーなのである。
しかし鉄火はその振動するエネルギーのみを地面に流した。それは破壊ではないある現象を生み出すためである。
それは、「液状化」である。
液状化、それは振動による物体破壊の手前と言うべき状態である。
物体は振動することで分子間に距離ができ、液体のような状態になる。そこへ衝撃が加わることによって破壊が行われる。
鉄火は地面をその液状化で止めたのだ。
ーーーグゴゴゴゴゴゴ……
鉄火によって液状化する地面。周りにある椅子や机を沈むように飲み込み、地面のマス目はぐにゃぐにゃに形を崩していく。
まさに、これこそが、マス目が絵の具を混ぜたように変形し、跡形もなくなることこそが鉄火の作戦なのだ。
そして一方メガネの男はというと、ぐにゃぐにゃになった地面に足が取り込まれ、その場から動けなくなり逃げることができなくなってしまった。
この状況、冷静であった男もさすがに驚きの表情を浮かべていた。
「し、しまった! 」
鉄火は、足が取り込まれて冷や汗をかくメガネの男に向けて言い放つ。
「これでお前はマス目を見失った。 どこをどうすれば入れ替えられるか、これだけは自分の視覚頼りなんだよなぁ。」
鉄火は両脚を金色に光らせる。
ーーーボコン!
「動け……なっ!」
ーーーシュバッァァ!
鉄火は能力を使い、瞼が閉じるよりも速く一瞬にして男の目の前に立った。
男は、焦りで遅れたのか鉄火が近づく前に能力を使うことができなかった。
今2人の間合い、男は能力を使うことは出来ない。使っても意味が無い。
それはマス目があやふやな今、2人はおなじマス目にいる可能性が大きいからだ。
男はメガネを取り鉄火に話す。
「……フッ単刀直入に負けたよ。 地面をドロドロにするとは俺の考えの上を行ったな……。
俺の名前、最後に教えてやるよ……「
彼の目は諦めきった、敗北者の目をしていた。この間合いで目の前には四肢を光らせた探偵がいる……勝ち筋がないと悟っていた。
だが、ここから生きて帰るということは諦めてはいなかった。
浜喜はここから打開しようと、鉄火の胸にリボルバー銃を突きつけ、トリガーに指をかけた。
浜喜は震えた声で鉄火に言う。
「最後の悪あがきさ……せめてでもお前を殺して、そんで家に帰るんだ……。」
鉄火は何も言うことなく頷くだけだった。
それを見た浜喜はトリガーをひく。
ーーーカチッ……バァーーン!
弾丸が射出されたこの数秒、この2人にとっては長く感じる瞬間だった。
銃口から鉛の塊が放たれた刹那、鉄火は光よりも疾くそれをはじき飛ばすと、次に銃をつかみ90度にへし曲げる。
そして一瞬のうちに右拳を後ろへ引き、フルスイングで浜喜の顔面にめり込むように、光の速さで打ち込んだ。
「……『
ーーードブァーン!……ドグゴッ!
思い切り殴られた浜喜は後方へ弾き飛ばされ、壁へ打ち付けられた。
その目に光は宿っていなかった。気絶したようだが、多分五分五分の確率で半身麻痺になるだろう。
鉄火は、彼が大の字で壁に固定されているのを見ると、コートを直しニット帽を被り直した。
そして後ろのふたりへ声を掛ける。
「倒したぜ2人とも……。」
2人は怪我した箇所を抑えながらその場に立つ。
「……ありがとな鉄火……。キレるやつでほんとに良かった……。」
佐門はそう言うと建琉の肩を支えて鉄火の方へ歩み寄った。
鉄火は2人の背中を押すように支え、前方のエレベーターに向けて歩いた。
ーー3人が目指す組長はこのビルの最上階に居る。
エレベーターに乗り込んだ3人、果たして組長討伐、円盤捜索が成功するのか。そして組長の目的は何か。
エレベーターの文字盤を見ながら鉄火は深く考えるのだった。
新人類探偵 ハザマ @hazama_desu
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