河鹿橋下

 橋の下には特にドアらしいものはなかった。だがモヒカンくんが手をかざすと鳴動音とともに草が根を張った土が崩れ落ち、観音開きで暗い空間が現れた。


「な、なかなか大仰ね」

「しばらく使われてないから結果的にカムフラージュされてるだけですけどね」

 云いながらモヒカンくんが暗闇へと足を踏み入れ、次いでアキラが中へと向かった。


 私とメイは顔を見合わせ、仕方なしについていったが暗闇に見えたのは外からだけで、入り込むと薄暗いながらもきちんと中は見渡せた。


 基地というより機械的な防空壕といった感じだ。


 先行くふたりに追いついて、けれどなお壕は先が見えない。


「てっきり衛兵か何かいるかと思ったけど?」と私が問うと、

「ムラの誰もがここのことを知ってますけど、怖がって近寄らないんで」

「へえ、こわがって。なんで?」

「いつ心臓部コアがまた動き出して無人兵器を生み出すかわからないし、人によっては摂りこまれて兵器にされてしまうと信じてしまう人もいるんです」

「バカバカしい。……けど人ってそんなもんよね。安全だと信じたいもののリスクからは目を逸らすし、危険だと思いたいものの利益はまやかしだと思いたがる」


 壕のおそらく最奥部。

 湧き出る源泉を堰き止めた中に、〇.五平米程の鈍く銀色に輝くケース様のものが沈んでいる。


「あれが心臓部です」


 モヒカンくんが平板な声で云った。


「ちょ、ねえさん、素手で⁉︎」

 よっこらせ、と源泉の中に脚を突っ込んだ私に、アキラが素っ頓狂な声をあげる。

「なーにー、んじゃ、オペラグローブでも用意してくれる?」

「ユイが躊躇しないってことはわかってるってことだから気にすんな」

 とメイ。

「例のボックスBOXとかいうやつですか?」

「そうそう、ヴォックスVOX


 外野の声を聞きながら、私は心臓部を掬い上げ、抱きかかえた。ビショビショだ。

 よいしょ、と源泉の溜まりから抜け出して、私は呆れを隠さず口を挟む。

「正確にはウォクス、ね。まあ、なんでもいいけど。それはそうと本当にいいのね?」


 モヒカンくんがアキラと目顔で何かを伝え合い、それからうなずいた。


「そもそも女王機関クイーンプラントの心臓部なんて、人の手に余るものなんですよ」

「下手な争いの火種になりかねないしな」

「だからって手放すのがムラの総意だとは思えないんだけど?」

「なんだよ姐さん、『そんなことに使わないでくれ!』とか云ってほしいのかよ⁉︎  『それはムラの大事な宝だから』ってさ!」

「それは困る」

「だろ? 余計なこといって混乱させないでくれよ!」

「——と、異成人ミュータントは云ってるけど、あなたはいいの、ほんとに?」


 訊ねると、モヒカンくんにほんの少しの逡巡が見えた。おさの息子だというだけで、長でもないし、長だとしても独断で決めかねることだろう本来なら。


「いや、かしらの言う通りです。 無人兵器群 ノーマンイクイップメントが横行する世界で倭香保わかほがまがりなりにも観光地としてやっていけるのは確かに心臓部のお陰かもしれません。けれど、それも絶対ではないことは今回の件でみな思い知ったと思います。それどころか、あの化け物みたいのがムラに押し入ってきたのは間違いなく心臓部のせいでしょう。ですよね?」


「そうね、あんなのがやってきたのは、そうでしょうね。女王を失って、新たな女王を求めてここへ来た、というのが妥当でしょう。無人兵器群は自己を他者を修理・改修することはできても『産めよ増やせよ』ってわけにはいかないからね」


「姐さん……」とモヒカンくん。「あなたは一体何者なんですか?」


 私がどうくだらない冗句ジョークで交わそうかと考えるいとまもなく、メイが

「ただのシスターズだよ」

 と云った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

KS —ザ・キリングシスターズ スロ男(SSSS.SLOTMAN) @SSSS_Slotman

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ