愉しみ

 そう遠くない場所に心臓部コアがあるのはわかっていた。同心円上に結界があるなら、その中心部にあるだろうというのは推理するまでもない。問題は、そこに障害なく辿り着けるかどうかと時間の猶予。


「そんなあっさり案内してくれるとは思ってなかったわ。もっとゴネるかと思った」

 先頭を行くモヒカンくんも、後ろからついてくるアキラも何も云わなかった。

 私たちは石段を登っている。


「とりあえずまだカンノンは動きを見せないな。仮定の上に仮定を立てるのも微妙な話だけど、やっぱりあいつも痛いのは嫌みたいね」

「痛い……?」とメイ。

「『畏れ』を理解するということは『痛み』を理解することと同義よ」

「そんなもんかね」


 石段は結構長い。軽く息が上がる。一時の喧騒は収まり、風の揺らす木々のざわめきがあるだけだ。


 見下ろすまでもなく、白衣の巨人の姿が見え、おそらくかつてそうであったように人々を見守っているよう。実際は逆なのだが。


「第二湯本とかってあたりなのかな?」

 前を行くふたりに声をかけると、振り向かずにアキラが答える。

「その近くの河鹿かじか橋の下だ」


 しばしの沈黙が続いたあと、振り向いてアキラ、

「なあ、姐さん。どうしておさの息子がいるとか思ったんだ?」


「どうしてって。……普通に考えて、山賊が手助けに来たからってハイそうですかってムラの人も受け入れないでしょ。ましてや指揮権渡してるぐらいの勢いだったし。長の息子ってのはハッタリだったけど、ゆかりあるのはまるわかりだったよ」


 ぼそりとモヒカンくん。「僕らがいなくても女王機関クイーンズプラント心臓部コア所在ありかなんてあらかたわかってたのでは?」

「それはわかってたけど、でも探す時間もないし、衛兵いてもおかしくないし、無闇に人をあやめるのもねえ?」


「……るの前提かよ……」とアキラ。


「流石キリング・シスターズ……」とモヒカンくん。


「だから無闇に殺めないっていってんでしょーが‼︎ ね、メイ……?」


 メイの頭が一段低いところにあった。立ち止まって、白衣の巨人を見つめていた。何か動きがあったようには見えないが——


「伏せろっ‼︎」


 声に反射的に私たちは地面に伏せた。背後の木々が折れて倒れるバサバサという音が響いた。


「なにあれ怖い……」

 ひいっと私が呻くと、メイが「ああ、怖ェな」と続けた。


「アレは『畏れ』や『痛み』だけでなく、『愉しみ』まで理解してるみたいだぜ。気のせいだろうけどよ、ニタァってわらったように見えたよ……」


「は、早く行きましょう!」

 立ち上がったモヒカンくんが私の腕をつかむ。


「ちょ——」

 引っ張られる力に反発する私に、

「大丈夫、あいつのアイドリングタイムかどうかは知りませんけど、射出間隔は1分以上は」


 メイが私ごと引っ張りおろして危うくモヒカンくんは階段落ちをするところだった。


 が、刹那に再びの木々の悲鳴。


「『愉しみ』ってさっきいったろ」メイが声を潜める。潜める意味があるのかは謎だが。「動かずあそこでじっとしてるのも、連射ができないように思わせてるのも、きっと全部遊びなんだよ」


「てことは、そもそも女王の心臓部なんて」


 蒼白な顔をしたモヒカンくんに、私は首を振った。


「いや、それはないわ。心臓部を欲しがる理由は間違いなくある。心臓部があるから近寄れないということはなかったとしてもね」


「ほんとうか⁉︎」

 アキラが割って入る。

「疑ってかかるつもりはないけども、姐さんの勘ってだけじゃついていけない」


「その点は大丈夫だ」

 メイが私の代わりに応える。そして、こちらを向いて確認するように目顔で訊ねる。


「まあね」

 私は頷く。

「これは『私』の知識じゃないからね」

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