第6話

 砂山は高くなり、仰ぎ見る程になり、もう積めなくなるのも近い。残っているのはトラックが方向を変えるエリアだけで、とうとう、そこにまで砂を積み上げ、車はバックで坂道を登った。様子を見に来た社長も切迫状況を把握し、慌てて砂の販売先を見つけて来て、どうやら宅地造成の埋め立てに使うらしく、大型ダンプへの積み込みを任された。

 「バックします」

 「ご注意願います」

 「バックしま……」

 砂山に大型ダンプの自動音声が響き、人が居るわけではないので白々しく、間の抜けた呼び掛けとして認知される。

 ユンボの警笛を短く鳴らし、ダンプを停めると、ダンプは荷台の両側の飛散防止シートを蝶の羽根のように開け、積み込む準備が完了する。

 ダンプを停める位置を測る為に砂を掬ったバケットを中空に止めていて、その一杯を荷台に空けたら運転手がドアを開けて出てきた。何の用事なのか、アームを収めエンジンを絞って外に出た。

 「現場が住宅地の真ん中で、アオリを叩けないので上から押さえないで積んでくれ」と、言う。

 普通、一度に沢山積んだ方が良いのは、言を待たない。その為、溢れる程に積み、上をバケットで押さえ、密度を増すようにする。だが、そうすると荷台にこびりついて落ちずに残る事があり、そんな時はいったん前に進み、直ぐに急ブレーキを踏み、開いている荷台のアオリを、扉を勢いよくバタンと閉じるようにして叩き、その振動で砂を落とすのだが、住宅地の真ん中なので騒音になり、それが出来ない。だからソフトに積んでくれと言うのだ。通常とは真逆の要望だが、聞けば納得なのでそのようにしたのだが、それを見回りに来ていた社長が見ていたらしく、積み方が悪いと言ったらしい。でもそれは方便と言うか、こじつけに過ぎない。次男坊がユンボのオペをするらしく、邪魔になったと言う事らしい。もう要らないのだ。しかし、ハッキリとは言わない。「斎藤さんの替わりに選別をやってみないか?」と、提案をしてきた。

 なるほど、目の上のタンコブの斎藤さんを除き息子の居場所を確保する、一石二鳥の奥の手だ。だが、斎藤さんを追い出す手助けはしたくないし、第一、選別が楽な仕事だと思うのは大きな間違いで、終日の立ち仕事は慣れるまで脚の痛みが半端なく、我慢出来ないくらいなのだ。

 「ここへはユンボを操縦したくて応募してきたので、……」と、言うと、「そうか、じゃあ残念だが、」と、演技なのかどうか見抜けないが、社長は逡巡し、砂を田圃のかさ上げに使うが、その運搬でひと月トラックの運転をしないかと、おずおずとした話があり、直ぐに次の仕事が見つかる訳でもないので承知し、もう1ヶ月通う事にした。

 辞めると分かっていて働くのは、気が引けると言うか、興奮がなく、中空から自分を鳥瞰しているような風景の中で、行動のひとつひとつが冷静で他人事だ。2トンダンプでの運搬も面白い仕事ではない。砂の山から川沿いに5キロほど下った低地の田圃の上面の土をブルドーザーでひっぺ返し、そこへ砂を敷き詰め、かさ増しをして高くし、土を戻して前と変わらぬ田圃にしようとしているのだ。レベルを使って水平を計り、目印の杭を打ち、ブルドーザーを運転したのは、土建屋で働いていた次男坊で、若いが測量も仕事の段取りも抜かりはない。これでは、とても太刀打ちなど出来ず、素人オペの出る幕など無い。大人しく去るのみだと観念した。その次男坊は会っても目を合わさず、辞めることを聞かされていて、多少なりとも引け目を感じていたのかと、今になって思うが、社長も他の人には漏らしてはいなかったようで、佐古は専務ならば対抗する隙もあらばこそ、息子ではどうにもならず、自棄気味な愚痴を言うようになり、何だか薄気味が悪い。けれども、佐古が社長への忠誠心を反故にしたのは、もっと酷い事件が起きたからだ。


 まだ石川さんが居る頃、居酒屋に呼び出され、社長、専務、それに途中から駆けつけた佐古と飲んだ事がある。入社したての頃で顔合わせの意味合いだと思うが、道路沿いの貸し店舗のひとつで、車を運転して集まっているのに、飲めと言われても飲む訳には行かず、困った覚えがある。佐古は平気で、社長の焼酎ロック、専務の甘いカルピス割も、進められれば断らずに嬉しそうに飲み、へつらいだけでなく、酒好きな性格なんだと納得したのだが、富さんと知り合ったのも居酒屋だったらしい。意気投合して親しくなり、飲み屋以外でも会うようになり、会社に引き込んだみたいだ。ひょっとしたら富さんの韓ドラも借りて観ているのかも知れない。親子ほど歳の離れた二人が知り合いなのが不思議だったが、酒の取り持つ縁だったのだ。その富さんが溶接を遣り終えた後、アズランの後釜で穴蔵へ回された。佐古が止めなかった事を考えると富さんは嫌ではなかった筈だ。

 猛烈な勢いで粉砕したらしい。ずっと砂山に居たので見てはいないが、斎藤さんの所からコンベヤで落ちてくる、瓦やレンガを貯めておく場所にストックの無いのには気づいていたが、まさか夜まで残業して粉砕していたとは思っていなかった。アスラムの時のように5時前に漏斗を一杯にするどころか、残業代を出して暗くなるまで遣らせたに違いない。まあ、そこまでは良い。多分、ピットの砂出しに業を煮やした富さんは、日曜日に出勤し、独りで粉砕機をどうにかしようとコンベアを動かして改良を試みたに違いない。腕を挟まれて潰され、スイッチを切る人もいないので機械は回り続け、どうにかして逃れた時には半死半生、動脈が切れたのか、出血が甚だしく、コンベアもピットも血だらけで、助けを求めて門を出て倒れ、通っていた車に救われたらしい。


 顛末を語る佐古が怒っているのは、穴蔵の仕事をさせた事でも、残業をさせた事でもない。入院した富さんの労災の手続きをしない事と見舞金すら払わない冷酷さだ。勝手にやった事で責任はないとの姿勢なのだ。けれども、ヤクザだからとか在日だからとか言うつもりはない。知っているのだ、大企業でもそれがあるのを。どうすれば良いのかは分からない。お人好しは淘汰されるのは仕方ないのかも知れない。方丈記の鴨長明も飢饉で早く死ぬのはお人好しだと書いている。自分の食べ物も人にあげてしまうからだと書いてある。砂を山に積み上げ登って叫んでも誰に聞こえるでもなく、山が崩れる訳でもない。それに、辞める頃には砂は運ばれ、山は低くなって何もかも萎んでしまった。

         了

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砂山の上から 1 @8163

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